死神と堕天使 第十一話

文字数 2,844文字

 昨日、ゼィを襲撃した一団は、その戦いを遠くから観戦していた。リオスの領旗を掲げていた。隊長は、通称ジンクと呼ばれる元流れ者だった。傭兵として雇われ実力で今の地位を得ていた。
 「おぅ、強いな。」
 ジンクは、荒くれらを相手に戦うゼィの奮迅を感心して見入った。
 「これでは、彼奴ら全滅するぞ。どう見る。」
 ジンクに意見を求められた副官が感想を述べた。
 「力押しでは、無理な相手です。」
 「だな。あんな剛の奴が部下にいれば、仕事も楽なんだがな。」
 ジンクは、笑った。
 「それにしても、ご苦労なことだ。」
 【死神】と呼ばれるゼィが金塊を運んでいないのをジンクは見極めていた。
 『金目がないと分かれば、これ以上の係わりは必要ない。後は、彼奴の好きにするさ。』
 ゼィを襲撃する集団は、ラウンの宿場から追ってきた流れ者らが含まれていた。率いていたのは、ラウンの保安官だった。保安官と旧知の仲のジンクは、昨夜の酒席の会話を想い出した。腹の底が読めない保安官だったが、珍しく息巻いていた。その理由をジンクは、分かっていた。
 ジンクは、保安官の戦いを眺めながら思った。
 『私怨で戦わないと言っていたが、見え見えだ。大事な恋人を亡くしてはな。』
 「……まぁ、仕方ないが。」
 そう呟くと、副官に確かめた。
 「本隊からの連絡を聞こう。」
 「本日、日没迄に帰営せよとの達しです。」
 「雇われ兵だからな。命ぜられるままよ。」
 新たな傭兵を率いて先鋒の一角を担わされるジンクは、この先も厳しい戦いになるのを覚悟していた。
 「使える傭兵が集まっていればいいのだがな。」
 ジンクは、少し心残りなのを吹っ切るように命令を下した。
 「さてと、最後まで観戦したいが。そろそろ行くか。」
 部隊を率いて城下に向かった。

 ゼィの戦う後方で新たな戦火が起こった。賊の一団は、予想もしない後方からの攻撃に混乱した。その変化にゼィは、目敏く気付いた。使えるものは何でも使う柔軟さと決断ができたからこそ、今まで生き延びてこられたのだった。
 勝機と見たゼィは、近くの甲冑の足を撃ち抜いて威嚇すると、その混戦の渦中に近寄った。紅蓮色の甲冑に見覚えがあった。駆け付け加勢しているのは、ウィンの【紅蓮の戦鬼】だった。
 「……愚かな。」
 アナマは、思わず呟いた。ゼィも紅蓮の甲冑の勇み足に危惧した。
 「【紅蓮の戦鬼】、見参。」
 ウインが伝えた。
 「義によって、助太刀をさせてもらう。」
 「いいだろう。死ぬなよ。」
 ゼィも答えた。
 「頃合いを見て逃げる。後れるなよ。」
 「オウッ。承知。」
 ウィンは、期待以上の活躍を見せた。ゼィの後ろで楯となる献身的な戦いは、ゼィの攻撃を助けた。
 『若いの、使えるな。』
 ゼィは、嬉しかった。直向きに戦う姿が昔を思い起こさせたのだろう。
 囲いの一角が崩れつつあった。
 『急いては詰めを誤るが、今だな……。』
 ゼィは、撤退の頃合いと見て合図を送り突破した。紅蓮の甲冑も後に続いた。数で囲み斃すつもりの襲撃は、ゼィの反撃で逆に打ちのめされ翻弄された賊に追いかける余裕も力も残っていなかった。ゼィは、急激な動きの変化をつけながら脱兎のごとく戦場から距離を稼いだ。紅蓮の甲冑も後を追った。
 充分に離れた。追手の姿もなかった。
 その時、長距離砲が轟いた。正確な射撃が、紅蓮の甲冑を貫いていた。崩れ落ちるように甲冑が蹲り停止した。
 「どこだ……。」
 ゼィが、呻くように言って警戒した。アナマは告げた。
 「……太陽の中、丘の頂です。二射めきます。」
 ゼィは、疑わずに甲冑を回避させた。左肩に被弾した。装甲の一部が剥がれた。
 「正確な射撃だな。なら、接近戦でかたをつける。」
 そう言うと、ゼィは迷うことなく丘に向かって駆けた。意表を突く変化を繰り返して接近した。ゼィの動きに狙撃手は状況を読んだのだろう。続く射撃が起こらなかった。
 頂きの岩場に狙撃手の甲冑はいなかった。既に遥か遠くの丘陵の陰に逃げ込む白い甲冑が遠目に確認できた。
 「白い奴、逃げ足が速いな。」
 ゼィは、見切りが好く逃げ上手を相手にする場合の対応を判っていた。ゼィが、悔しさに小さく呻き言った。
 「追えば、罠があると見た方がいいか。」
 「……トラップを仕掛けているでしょう。」
 アナマも警告した。

 夕日に染まる裾野で紅蓮の甲冑は、鼓動を止めていた。操縦席の中でウィンは、絶命していた。苦悶した死顔は、誇りを成し遂げた男のように見えた。
 アナマは、指を伸ばして目を閉じさせた。
 「……見事な戦いでした。」
 静かに称賛の言葉を手向けた。
 ゼィは、埋葬しながら兵士の頃を思い出していた。
 『墓なんか、二度と掘らないと誓ったんだがな‥‥。』
 「お前は、何がしたかったんだ。」
 ゼィは、墓の前で呟いた。アナマが供えた花が夕闇の中で揺らいだ。

 その日は、街道から少し離れた。標高がある森林地帯の絶妙な位置を捜した。そこから炭鉱町迄は、目と鼻の先だった。トラップを仕掛け野宿の準備に掛かった。その日の戦いから続く襲撃を受けないとゼィは読んでいた。
 混戦で装甲の至る所に損傷があった。駆動系の不都合はなかったが、発動機系に負荷が掛かり微細ながら不具合を負っていた。予備の武器も残り少なかった。
 ゼィは、年甲斐もなく感傷的になっているのを隠した。酒を呑みたい気分だった。アナマは、心身とも消耗する戦いの後でも普段と変わらなかった。
 「お嬢ちゃんは、機械人形じゃないよな。」
 ゼィは、溜息混じりに揶揄った。アナマが静かな視線を向けて言葉を返した。
 「……生のお尻を触らせましょうか。」
 「ガキの尻を触る趣味はない。」
 ゼィは苦笑した。アナマの思いがけない人間らしい返事に気持ちが楽になった。
 「お嬢ちゃん相手に、オヤジの昔話を聞かせるか。」
 「……いいでしょう。」
 アナマは、静かな視線を向けて相手の言葉を促した。
 「……お受けしましょう。」
 「嬢ちゃんが生まれる前の話だ。」
 ゼィは、語り始めた。
 「一人旅をしたことがあった。兵学校の入学前だ。その頃は、この国も平和だった。山育ちの俺は、お袋から聞いた海の話に憧れていた。海辺の町で生まれたお袋は、俺が幼い頃から海の話を子守歌のように聞かせてくれた。」
 一人旅のゼィが、各地の領国を巡りながら海を目指した話を続けた。ゼィは、話の途中から子供相手に語っているのが滑稽に思えた。しかし、アナマが黒曜石のような瞳を逸らせることなく聞き続ける姿に感情を移入させているのに気付いたからだろうか。言葉を飾らずに伝えた。
 「初めて海を見て、どう感じたと思う。」
 ゼィの質問にアナマは、無言のまま先を待った。
 「母を想い出して泣いてしまった。死ぬまでにもう一度、海を見たいと言っていた。」
 ゼィは、満天の星空を仰ぎ見た。アナマの表情が和らいだ。
 「……マザコンでしたか。」
 「違うだろう。感動の話を聴いていなかったのか。」
 ゼィは、小さく声を出して笑った。
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