死神と堕天使 第七話

文字数 2,615文字

 リオス領の炭鉱町までは、宿場を使って街道を進むのが最適だった。だが、領主の暗殺で領内は混乱しているのが予測できた。炭鉱町までの宿場も人が離れて無法地帯になっていると見なければならなかった。
 ゼィは、三つのコースを検討した。街道は、頻繁に賊や夜盗の類が出没して応戦の覚悟が必要だった。山岳地帯を抜けて炭鉱の横手から入る山越えは、遠回りになっても危険が少ないと考えられた。渓谷を上るのは最短でも、襲撃に会えば対応が難しかった。情報屋からの話も気になっていた。
 どれも一長一短だった。出来うる限りの情報を集め計画を練って導き出したのは、街道に沿って進む案だった。炭鉱町迄は、五つの宿場があった。スーレ領の残る一つ宿場を過ぎれば、リオス領の宿場になり治安は最悪と見ていた。
 ゼィは、要点を踏まえて手短に説明した。アナマは、行程に注文を付けなかった。そのかわり、ゼィに理由を尋ねた。
 「小細工するより街道沿いを行くのが、今回は最善と見た。用心棒の勘だ。」
 「……勘ですか。お任せします。」

 その後も、薄暗くなるまでその場から離れなかった。何時もより用心深いゼィは、考えていた。流れ者の一団は、リオス領の宿場にゼィが到着していないのを知ると、引き返しながら探索の手を広げるだろうと。
 ゼィは、少し先に進み街道から離れた岩場の中腹に野宿を決めた。護りやすく奇襲がしにくい場所を探した。周りに罠を仕掛けて甲冑と装甲貨車に偽装を施した。ラウンの宿場町からあまり離れない場所で野宿するのは、相手に予測させないゼィの周到な策の一つだった。
 「今夜から、この甲冑で寝泊まりする。」
 ゼィは、機中泊を伝えた。
 「嬢ちゃんには相当に不便だが、辛抱してもらうぞ。」
 「……分かりました。わたしなりに、準備はできます。」
 アナマは、驚かなかった。
 野宿時のゼィは、甲冑の中で睡眠をとった。不便でも操縦席にいれば奇襲を受けた場合は、自動で起動する機能もあり対応がしやすかった。
 アナマは、携帯食を嫌な顔一つせずに口にした。その様子がゼィには、面白かった。
 「美味いか。」
 「……わたしは、大丈夫ですが。」
 「栄養価を第一に作られているからな。これでも、昔より味は良くなってる。」
 食べ終わると、ゼィは早々に眠りにかかった。
 「着くまでは、食べれる時に食べて、眠れるときに眠る。嬢ちゃんも、そうした方がいいぞ。」
 「……お節介さんでしたね。ですが、ご教授、戴きました。」
 「俺は、少しイビキをかくが、大目に見てくれ。」
 「……蹴ったりしませんよ。」
 「有難い。」

 その夜は、何事もなく過ぎた。早朝に準備を終えると、ゼィは昨日のように装甲貨車を前にして出発した。街道沿いを警戒しながら進んだ。速度と方向を変化させた。その予測されない動きが、この地形では最善なのを今までの経験から上知っていた。それでも、ゼィは辺りの様子を集中して探った。待ち伏せる方が戦いに有利なのは、戦術としての常識で誰もが理解していた。しかし、ゼィはその逆手を取る方法も心得ているつもりだった。
 宿場間の中程に差し掛かった頃、近くで戦闘の音が伝わってきた。なだらかな起伏の荒れ野が続いていた。ゼィは、その中でも高い丘の頂まで陽を背にして移動した。
 街道で行商の隊列が、賊らしき二十機ばかりの甲冑に襲撃されていた。商隊を七機の甲冑が護り応戦していた。その中で白い甲冑の動きが、ゼィの目に留まった。
 「慣れてるな……。」
 白い甲冑は、強いというよりも巧い戦い方をした。乗り手の性格が窺えた。七機の護衛は、どれも手練れだった。その中でも白い甲冑は、一人で数機の賊を相手にしていた。慌てることなく遅い賊から一つずつ潰した。ゼィは、その余裕を残した動き方に何か引っかかるものを感じた。
 「……白い甲冑は、遊んでいるの。」
 アナマの感想が辛辣に聞こえた。ゼィから見ても、白い甲冑は余裕で戦っていた。アナマの観察眼に驚きながら言った。
 「戦いを遊びにしている奴もいるさ。」
 「……不謹慎と思いますか。」
 「そいつの勝手だ。」
 「……貴男は、しないでしょう。」
 「勿論だ。俺は、それほど器用でないからな。何時だって、生き延びるために必死で戦う。」
 ゼィは、本当のことを話した。
 「それと、それが、相手に対しての礼儀だと考えているのでな。」
 「……ロマンチストですね。」
 「褒めるなよ。」
 「……それでも、これまで生きてこれたのは、力があるからでしょう。」
 「買い被りだ。運がよかっただけだ。」
 「……そうでしょうか。」
 商隊の護衛は少ないが優勢だった。そのまま守り通せるように見えた。ゼィは、このような状況も読んでいた。
 「彼奴らには、申し訳ないが。これを利用させてもらう。」
 ゼィは、少し街道から離れ迂回を始めた。街道を大きく外れるのは、危険が増すと考えなければならなかった。警戒をより密にした。複雑な予測されない動きを続けて移動した。ゼィは、スーレ領内の最後の宿場を最初から使わない計画だった。流れ者が網を張る中での戦闘は避けたかった。
 「嬢ちゃんが、甲冑酔いしなくて助かったよ。」
 「……おしゃべりが過ぎますと、転びますよ。」
 「ぬかせ。」

 宿場を大きく迂回してリオス領に入った。
 午後の早いうちに野宿地を決めた。丘陵の荒れ野から山岳に近く、険しい岩肌が至る所に覗く地形に変わった。森林もある山地は、昨夜の野宿地以上に護りやすい場所だった。罠を仕掛け甲冑と装甲貨車の偽装をした。
 アナマは、近くの岩に立って空を見上げていた。
 「少し早いが、夕食にする。」
 ゼィは、呼んだ。足元の悪い岩場でもアナマは、危なげなく動きに隙がなかった。ゼィは、感心して揶揄った。
 「嬢ちゃん。運動神経が良いんだな。」
 「……そうかもしれません。」
 「鳥でも観ていたか。」
 「……空を見ていました。明日、雨になりますね。」
 アナマの言葉にゼィも頷いた。天候の変化に気付いていた。甲冑の気圧計の変化からも低気圧の接近が予測できた。
 夕食は、甲冑の陰で始めた。携帯食でも外で食べれば、気分も変わり美味しく感じた。
 アナマの野宿になれた様子を見ると、ゼィは少し気持ちにゆとりも生まれた。
 「昔、一緒に行動した同僚を想い出すよ。」
 ゼィの呟くような話にアナマは、静かな視線を向け尋ねた。
 「……軍人さんだったのでしょう。」
 「昔の話だ。」
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