第30話 先生の息子

文字数 2,146文字

 伴は文豪(先生の息子)の隣の席に座る。

 「はじめまして。秘書の伴 憲護です」
 「文豪(ブンゴウ)です。宜しく」

初めて会う文豪に驚き、

 「えッ? ブンゴウさんですか?」
 「はい」

伴は、まじまじと文豪の顔を見る。

 「何か?」
 「あ、いや、ちょっと・・・」

文豪は回転テーブルを回し、シュウマイに箸を。
伴も同じくシュウマイに箸を。

 「あ、どうぞ!」
 「いや、どうぞ」
 「いや・・・」
 「そうですか。じゃあ、失礼してお先に・・・」

高木は色気も無く手当たりしだい食べまくっている。
文豪を見て、

 「文豪さん、彼女はどうしました?」
 「彼女? そんなの居ませんよ」
 「ええ? 先週の日曜日、銀座の周文堂で見かけましたよ」
 「あ、居たんですか。なんだ、声を掛けてくれたら良かったのに」
 「・・・年増(トシマ)好みですね」
 「ああ、あれは同人誌の先輩ですよ」
 「そ〜ですか? そうは見えなかったけど・・・」

伴は二人の会話に割り込む。

 「文豪さんはバレーをやってたんですか?」

文豪は伴の問い掛けに驚いて、

 「え! 誰に聞きました?」
 「いえ、ちょっと・・・。ああ謂うのって恥ずかしくないですか?」
 「恥ずかしい? どこがですか」
 「ドコがって、何て言ったらいいのか・・・。僕は自信がないなあ」
 「自信が無い方が良いんですよ。最初はみんな自信が無いものです」
 「え? そ、そうですよねえ。その方が目立たないし・・・」
 「伴さん、何か勘違いしていませんか」
 「勘違い? ああ云うのは特殊なサポーターなんて有るんですか?」
 「伴さん、やだなー。バレーは芸術ですよ。昔はオペラの一部だったんです。あまり、そう云う所は見ない方が」

伴は『オペラ』と聞いて目を輝かせる。

 「え! そうだったんですか」
 「そうですよー。」
 「あの、僕この仕事する前に『オペラ歌手』を目指していたんです」

文豪は驚いて、

 「オペラ歌手!? 本当ですか! いや〜、伴さんと話が合いそうですねえ」
 「ところで、文豪さんはどんなジャンルの作品を書いてらっしゃるんですか?」
 「ああ、小説ですか? 僕は、アバンギャルドな作品が多いんです。おそらく直木賞の上を行ってるんじゃないかなあ。だから賞は取れないんですよ。まあ、今の審査員の顔ぶれを見ても、トボケタ連中が多い。伴さん、知っているかなあ、僕の作品」
 「え? ・・・?」
 「『愛と真(マコト)のルネッサンス』。 今、全国でひそかに話題に成ってるんですよ。屈折したこの世の中で細々と肩を寄せ合いながら生計を立てている家族。物干し竿を軽トラに載せて売り廻る夫婦と三人の子供の愛と感動の物語。昔、伴さん知っているかなあ。「名も無く貧しく美しく」って云う、松山善三先生の映画」
 「勿論、知っていますよ。夫婦の聾唖者が空襲のとき拾った孤児を内職しながら自衛隊員に成るまで育て上げるヤツでしょう。でも、最後が悲しいですよね。その義理の母親がリッパに成長した『孤児の息子』を見に、家の外に飛び出したら車に轢かれて死んじゃう・・・」

高木はつまらなそうにチャーハンを食べている。

 「そうです。詳しいですね。まあ、あれを彷彿とさせる名作で、涙無くては読めないものです。僕も書いている内につい涙腺を刺激されて・・・」
 「それって、ゴム紐の話に似ていませんか?」
 「ゴムヒモ? いや、物干し竿です」

と、そこに先生が話しを割って入ってくる。

 「おい、文豪!」
 「はい」
 「オマエ、稲大の理事長を知ってるか?」
 「大島さんでしょう」
 「その大島ってヤツはうちの親戚らしいな?」
 「ああ、オフクロの姉さんの旦那です」

先生は驚いて、

 「何ッ! あのオヤジが? ただのインターネットの株屋かと思ってたぞ。人は見かけによらないねえ」

先生はシューマイをほおばり武智を見て、

 「おう、そうだ! それから、さっき気に成ったんだけど隣の部屋の大石元久って、あれは主計局長の大石か?」
 「え?・・・ちょっと確認して来ましょうか?」
 「そうだね」

武智は席を立ちドアーを開けて出て行く。

 暫らくして武智が戻って来て来る。
先生の傍に寄り耳元に、

 「間違い有りません。『箇所付け』の時に、陳情に行きましたから」
 「ふーん・・・。おい! 由紀ちゃんを呼びなさい」
 「ハイ!」

武智が部屋の隅の小テーブルに置いてある、受話器を取る。
暫らくして部屋をノックして、由紀が入って来る。

 「お呼びでしょうか?」
 「おお、由紀ちゃん! ワリーね。隣の部屋のお客さんに老酒を三本、お出ししてくれる」
 「はい!」
 「それから、この名刺を大石さんと云う方にお渡ししてくれる。老酒は私の方に付けといてね」
 「あ、はい!」

由紀が部屋を出て行こうとドアノブに手を。

 「あ、由紀ちゃん。ちょっと! ちょっと来なさい」
 「はい!」

山川が先生の傍に来る。

 「まだ何かありますか?」
 「これは、由紀ちゃんのお駄賃だ」

先生は小さくたたんだ『五千円札』を由紀のエプロンのポケットに。
由紀は驚いて、

 「え! 困ります。支配人にきつく言われてますから」
 「いいから貯金しておきなさい」
 「でも~・・・」
 「いいから! あ、マネージャーには内緒にね。どーぞ」
                    つづく
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み