第23話 キッカケ作り

文字数 1,792文字

 朝、衆議院第一議員会館。
十階の廊下。
女事務員(一般職員)が小冊子を台車に乗せて押して行く。
各議員の部屋のポストに小冊子を投函して行く事務員。

 『中尾博康事務所』のドアーが開き、高木が送付書類(ハガキ・封書)を持って出て来る。

 「すいません。ちょっと投函して来ます。電話、よろしくお願いしま~す」

武智の声が、

 「アイヨー」

 応接室。
武智が日経新聞を読み終えテーブルに置く。
両手を大きく上げて欠伸(アクビ)をする。

 「ア~~ア」

お茶を啜っている伴。
武智はコーヒーを一口飲み、

 「 ・・・良かったな」
 「はあ?」
 「戸倉の心臓が治って」
 「ああ、・・・はい」
 「あのカアチャン、何か言ってたか」
 「あらためてお礼に伺いますと」
 「オレイ?」

鋭い目で伴を見る武智。

 「何か?」
 「何でもねえ。ちゃんと『報告』しろよ」
 「ホウコク? はい」
 「さ~て、残りのパー券でも売りに行くか」

伴は驚いて、

 「えッ! パーティーは終わりましたよ?」
 「だから何だ?」
 「だからって言っても・・・、ダカラ?」

武智が奇妙な話しを持ち出す。

 「おい、そこの新聞掛けに掛かっている一週間分の『日経』を持って来い」
 「え? あ、はい」

伴はテーブルに日経新聞を置く。

 「株式欄だけを抜き取れ」
 「はい。・・・」
 「例えばその中の建設株を見ろ」
 「はい」
 「無配以外で上がり下がりが激しいモノだ」
 「・・・ああ、これか」
 「それから自動車株」
 「はい・・・」
 「それから精密機器!」
 「・・・」
 「あと、建設株」
 「はい」
 「今日はとりあえず土建屋を廻ろう」
 「ドケンヤを廻る?」

武智は伴を見て、

 「愛(ウ)いなヤツよのう」

武智は伴を見てニヤリと笑う。
伴が、

 「何かオカシイですか? 」
 「何でもない。そこの建設株の中で起伏の激しいのを見てみろ」

伴は株式欄を数枚捲る。

 「キフクの激しい・・・ああ、これか」
 「たとえばそう謂う会社を今日は揺さぶってみようか」
 「揺さぶる?」
 「『挨拶廻り』だ。おい、今日は俺と動こう」
 「 はい。・・・あ、そうだ。地元で先生から『この名刺』を渡されました」
 「メイシ?」

伴は背広のポケットから名刺入れを取り出し、中から預かった名刺を武智に渡す。
武智がその名刺を見て、

 「枝野 誠一? 後援会長の名刺だ」

武智は名刺の裏を見る。

 「・・・」

伴が、

 「そんな事出来るんですか?」
 「うん? ・・・うん。ここに来た陳情は総てやらなくっちゃな。ああ見えてもオヤジは副大臣だ。出来ないものはないと信じている。それに、この名刺の依頼者は博康会の後援会長だ。息子の『裏口入学』ぐらい何とかしてやらねえと」
 「この大学って文豪(フミタケ・中尾代議士の息子)さんと同じですよね」
 「うん? オメー誰から聞いた」
 「博子(中尾の愛娘)さんからです」
 「ヒロコ? ふ~ん・・・まあ良い。コレは後から作戦を考えよう。いずれにしても、バッチリ放り込んでやる」

 高木が事務所に戻って来る。

 「すいません。投函口の所で柿坂先生のミッちゃんと会っちゃって。何か電話有りました?」

応接室から武智が、

 「無いよー。あ、俺達ちょっと出かけて来る。後で電話入れるから」
 「分かりました」
 「おい、行くぞ!」
 「え、もうですか?」
 「バカ野郎、釣りと行商は早く行った方が大物をゲット出来るんだ」
 「ギョウショウ?」
 「そうだ。偉い奴らはスケジュールが詰ってるからな」
 「ああ。そう云う事ですか。勉強に成ります」
 「おい、パー券忘れるなよ。終わっても、三ヶ月は撒き続ける! ホットな内にな。『キッカケ作りと顔売り』だ」
 「キッカケ?」

高木がいつの間にか応接室にパーティー券を一束(百枚)持って来る。
テーブルに置きながら、

 「その『キッカケ』で結構売れるんですよ」

伴はテーブルの上のパー券を見詰めている。
と、武智が、

 「おい! 何、見惚(ミトレ)れてる。早くカバンに入れろ。今日はそれ全部置いて来るからな」
 「え? はい」
 「俺は先に行くぞ」
 「あッ、ちょっと!」

伴は急いで『パー券』をカバンに押し込む。

 事務所のドアーが閉まる音。

伴が振り向くと武智が居ない。
急いで武智の後を追ってドアーを開ける。
高木が伴の背中に、

 「頑張って下さいね」
 「え? あッ、ハイ!」

ドアーがゆっくり閉まる。
                    つづく
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