第17話 ホストとカバン持ち

文字数 1,589文字

 カラオケ「庵」の看板に灯りが点る。
中尾文子主催の『文子のカラオケドンガチャ』の催し会場である。
駐車場の隅に漆黒のアルファードが控えめに停車している。
先生は車内で「博康の文字」を丸くプリントした黄色のブルゾンに着替え、鼻糞丸めながら新聞を見ている。
伴は外を眺め、

 「・・・奥さん遅いですねえ」
 「 壁塗りで手間が掛かってるんだろう」
 「カベヌリですか?」

 白い軽のワンボックスカーが駐車場に入って来る。

 「あ! 奥さんが来ました」

中尾先生は無関心に、

 「ふ~ん」
 「ヨネさんとお爺さん、あ、博子さんも到着です」
 「ふ~ん」
 「先生! そろそろ」
 「いい」
 「え?」
 「盛り上がってからで良い。疲れたろう。君も少し寝なさい」
 「えッ? ア、はい」

暫く時間が過ぎる。
と突然、先生が、

 「おい! いつまで寝てる。行くぞ」

伴は飛び起きて、

 「えッ、ア! ハイ。すいません」

 『カラオケ会場』は大いに盛り上がっている。
博子が楽しそうに歌っている。
博文はどこかの「熟女」と踊っている。
文子は席を回ってビールを注いでいる。

 伴が後ろのドアーをそっと開けてヨネを手招きする。
ヨネは伴に気付き、そっと席を立って廊下に出て来る。

 「先生が到着しました」

ヨネは調子良く、

 「アイヨ〜」

ヨネは舞台横から中央のステージに行き、博子からマイクを取り上げる。

 「は~い、皆さんお待ちどうさまでしたー。スペシャルゲストが到着しましたよー。拍手でお迎えしましょうかねー」

満場は拍手と歓声の嵐。
廊下では髪の毛の後ろを伴に見せ、

 「おい、立ってないか」
 「ハイ! 今の所は」
 「ヨシッ!」

伴が上座の引き戸を力強く開ける。
満場のご婦人?達が、

 「先生~、素敵~ッ!」
 「待ってたのよ~、何か歌って~」

中尾先生が壇上(舞台)上がり、おもむろに、

 「イヤ~、いやいや、お待たせしてすいませんねえ~。総理との打ち合わせが長引いちゃって。・・・さっき地元の事務所に着いたんですよお。おまけに東京の秘書の運転じゃ道は間違うし時間は掛かるしの~。ハ~ハハハ。・・・しかし、道は良く成りましたねえ~。東京から此処まで二時間ですよ。私が皆さんの為に車の中でカラオケの練習をしていたらもう群馬の事務所!・・・ね~。この道路は私と皆さんがいつも使っているガソリンから造られているんです。しかし、このガソリンの値段。高く成りました。この中尾は微力ながら精一杯、ガソリンな値段を下げるための勉強会を立ち上げました。ウクライナとロシアの戦争にかこつけた連動値上げ。肥料代、飼料代の値上げ。私は真っ向からこの値上げと物価高、低賃金の是正に戦って行きます。・・・ところで、昨今、防衛費増税と称して消費税を更に十パーセント迄引き上げようと先走りするバカな議員が居ます。この中尾博康は真っ向から反対! 消費税は減税! 所得税も減税! 経済の動静をもわきまえず何かと言うと国民に負担を強(シ)いる。この財務副大臣の目の黒い内は是々非々で大反対するつもりであります。・・・え~、消費税増税下に於ける住宅ローン特別減税案推進の件でありますが・・・」

すると先生の前のご婦人が、

 「先生、やめてよ~。そんな事どうだって良いじゃない。座がシラケちゃうわよ。早く歌って~」

他の奥のご婦人が、

 「いつもの五木ひろし~! 早く~」

ヨネが突然、カラオケのボリューを上げ「五木ひろし」のイントロを流す。
伴はビールを持ちながらホストのように片膝を突いて、婦人達の間をサービスに回る。

 「お世話んなりま~す」

注がれた婦人が伴を見て、

 「あら~、アンタ良い男じゃない」

隣りの婦人が、

 「肌が綺麗~。ちょっと触らせて」

伴の頬を触る婦人。
それを見ていた、あちこちの婦人達から、

 「ギャ~、ダメよ~。ダメダメ」

ホストの伴はモミクシャである。
                    つづく
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