第20話 秘書と官僚

文字数 2,714文字

 厚労省医政局である。
津田は痩せて胃の弱そうな『係長』であった。
起立して伴と名刺交換をする津田。

 『津田の手は若干、震えていた』

津田は名刺を見て、

 「伴さんは・・・初めてですね」
 「ハイ。お世話になります」
 「・・・応接に行きましょうか」

津田が奥の小部屋に案内する。

 二人はテーブルを隔てて対峙する。
津田は伴を見て、

 「よく秘書さんが変わりますね。青木サンは?」
 「あ、青木サンは地元事務所の秘書に移動」
 「イドウ?・・・そんなに中尾先生は厳しいんですか?」
 「え? あ、いや」

津田は肩を揉みながら、

 「・・・伴さんはゴルフはやらないんですか」
 「ゴルフ? いや、あまり・・・やります。大好きです」

奇妙な答え方をする伴を見て、

 「今度、武智さんを交えて行きましょうか」
 「是非!」
 「で、・・・後援会長ですって?」
 「はい」
 「五十番目位ですね」
 「ご、五十番!? そんな先ですか?」
 「・・・危ないんですか?」
 「余命半年らしいです」
 「ハントシ? 困ったなあ~。・・・ちょっと待ってくれます。夕方、伴さんに電話しますよ」

 伴が会館事務所に戻って来る。
高木が、

 「お帰りなさい」

応接室のドアーが閉まっている。

 「あれ? 本人が戻ってるんですか」
 「はい」
 「 誰か来てるんですか?」
 「川場村の村長です」
 「う〜ん・・・」

応接室のドアーが開き武智が出て来る。
その後に村長と助役、課長が。
そして先生が続く。
村長は振り向いて先生に、

 「じゃ、よろしくお願いします」
 「分かった。あの件は私も気にはしていたのよぉ〜。任せなさい。ハハハ」

武智は急いで中尾事務所のドアーを開け一言、

 「お世話になります」

村長達が事務所を出て行く。

先生は立っている伴を見て、

 「何だ、居たのか」
 「ハイ! お疲れ様です」
 「お疲れ? 疲れてなんかない! バカ者。ちょっと来い!」
 「ハイ!」

武智と伴が応接室に入り、伴がドアーを静かに閉める。
先生が上座のソファーにドップリと座り、

 「で、例の件はどうしたの?」

武智が、

 「ハイ! 医政局の津田さんに・・・」
 「キミに聞いているのじゃない。伴クンだ」
 「ハイ、医政局の津田係長代理に」
 「そんな事どうでも良い。結論ッ!」
 「ハイ! 五十人待ちです」
 「ゴジュウニン? バカ者ッ! それを何とかするのが秘書の仕事だ。陳情処理だッ! もっと相手の身に成って考えろ。この中尾の所に駆け込んで来たんだぞ!」
 「ハイ。勉強になります!」

先生がボソッと一言。

 「・・・順環堂の児玉(コダマ)が良い」

伴が驚く。

 「えッ! 先生、児玉先生をご存じで」

先生が鼻クソをホジリながら伴を見て、

 「? 松野サン(代議士)から聞いた。児玉は私の医大の後輩だ。私の名刺を持って家に行って来い」
 「ハイ!」

先生がテーブルの小さな名刺箱の蓋を開け、名刺を一枚取り、裏に一筆。
伴に渡し、

 「コレを持って直ぐに行って来い」
 「ハイ!」

先生はソファーを立って応接室を出て行く。
武智、伴、高木が急いで先生を見送る。

 「行ってらっしゃいませ~」
 「あれ? 車は」
 「党本部だから歩いて行ったんでしょう」

高木の事務机の電話がなる。
津田からの電話である。

 「お世話になります。中尾事務所です。あ、津田さん! いま武智さんに代わります」

津田が、

 「伴さんは居りますか?」
 「あ、伴ですか? 居ります。少しお待ち下さい」

高木が応接室で武智と寛ぐ伴を見て、

 「伴さん、 津田さんからです」
 「えッ! 津田さん?」

高木が電話を応接に切り替える。
伴が受話器を取り、

 「イヤ~、先程は突然ですいませんでした」
 「児玉先生は今アメリカに行ってますよ。戻って来るのは週明けみたいです」
 「週明け? ・・・四日後か」
 「大丈夫ですか? 逝っちゃうとか・・・」
 「いや、まだそこまでは・・・。分かりました。有難う御座います。あ、ゴルフの件、武智に聞いたたら是非にと。楽しみにしています」

電話が切れ、伴も受話器を置く。

 四日後の午後。
児玉邸の応接室である。
伴と児玉がテーブルを隔てて話しをしいる。
テーブルの上に伴の名刺が。
児玉は猫を抱きながら、

 「そうですか。中尾くんが財務副大臣に。やはりお金に興味が有るんですねえ」
 「いや、それ程でもないみたいです。本人の座右の銘が『愛と灯』ですから」
 「愛と灯? ハハハ、中尾くんらしいや。昔から直情派のロマンティストだったからなあ」

児玉はテーブルの紅茶を一杯飲み、

 「じゃッ、その方のカルテ、病院の私宛に廻してくれますか。それを見て判断しましょう」

伴は驚いて、

 「えッ! やって頂けるんですか?」
 「死んでしまったら、もともこもないじゃないですか。私の座右の銘は『人を助ける』ですから」

伴は感動しソファーを立ち、児玉と熱い握手をすし、

 「お世話になりま~す」

 中尾事務所応接室。
武智が立ってコーヒーを飲みながら向かいの第二議員会館の五木田事務所を見ている。
伴が事務所に戻って来る。

 「あ、お疲れ様です」
 「いや~、歩道で僕の肩にカラスが糞をかけて行っていきやがって・・・」
 「あら、ホント。ウンが向いて来たのですよ。今、拭き取りますからちょっと動かないで」
 「あ、すいません」

高木はティシュを水道で濡らし肩の糞を拭き取る。

 「・・・ここまでしか取れませんねえ」
 「あ、有り難うございます。後はクリーニングに出しますから」
 「伴さんは彼女、居ないんですか?」
 「彼女? いや~、そんな言葉久しぶりに聞いたなあ」
 「忙しいですものねえ」

応接室から武智の声が。

 「おい! 何をしている。早く来い!」
 「あ、ハイッ!」

伴が応接室に入り、静かにドアーを閉める。

 「どうだ」
 「バッチリです」
 「バッチリ?・・・」

武智は疑いの目で伴を見る。

 「至急、カルテを廻してくれと」
 「ヨシッ! デカした。背広買ってやる!」
 「本当ですか?」

武智は向かいの第二議員会館の五木田の事務所を睨んで独り言を言う。

 「・・・これで五百、いや千は堅いな。オヤジの株は上がるぞ~」

伴がボソッと、

 「秘書の仕事ですか・・・」
 「うん? 何か言ったか」
 「いや、面白いですね~」
 「ああ、こう云う仕事か? ヨロズ屋だよ。オヤジがよく言ってるだろう。ゴム紐が無ければゴム紐を売りに行く。死にそうな人が居たら親身に成って話しを聞いてやる。愛と灯が無ければ金も票も集まらねえ。俺達はただのメ・カ・ケだ! 光輝く菊のバッチを裏で支える『カバン持ち』だ」
 「何かどっかで聞いた様なセリフですね」
 「うん?」
 「いや、格好良いッすね」
                    つづく
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