第29話 縁は票と円に繋がる

文字数 2,963文字

 夜。首都高速を流れる光の川。
ここは『赤坂』、柳城飯店である。
招待黒板に『昇竜の間 中尾博康様 御一行様 六時半』と書いてある。
真っ赤な絨毯通路を武智が足早にエレベーターに向かう。
武智の後(アト)を先生と高木が続く。
武智がエレベターのボタンを押す。

 「先生!」
 「うん」

先生と高木が先に乗る。
続いて武智が。
五階のボタンを押す武智。

 五階。
エレベーターが止まる。
武智が先に出てエレベーターのドアーの縁(フチ)を左手で押さえる。
武智は右手で奥の『昇竜の間』を手を広げて指(サ)し示す。
先生と高木が楽しそうに話しながらエレベーターから出て来る。
先生は武智の示す方向を見て、

 「うん」

先生と高木はまた話始める。

 「そうだったの。あなたのお爺さんは大谷村に住んで居るの。あれ~? 高木先生は栃木じゃなかった?」
 「ハイ。でも、父は婿養子ですから」
 「おう、そうか。高木先生は養子だったの。へえー・・・。お母さんは良いのをもらったなあ。で、お爺さんは健在なの?」
 「ハイ。今、九六歳で農業をやってます」
 「九六でノウギョウ! いや〜、高齢化だねーえ」

先生は高木との話に夢中になり「昇竜の間」を通り過ぎる。

 「あ! 先生、こちらです」

廊下の予約板に『大石元久様 ほか六名』と書いてある。

 「おお、ここは大石様か。ハハハハ、そうかそうか。間違えちゃたなあ」

武智がドアーを開けて、

 「こちらです。どーぞ」

先生は武智を一瞥して、

 「ウン?・・・うん」

武智は急いで奥に入り上座の椅子を引く。
先生がゆったりと座る。

 「武智君、もういいから今日は無礼講で行こう。ジャンジャン食べてスタミナを付けなさい。ねえ、高木君!」

高木は嬉しそうに、

 「ハイ! 頂きます」
 「? 伴君はどうしたの」
 「車を駐車場に廻してから来ます」
 「あ、そう。分かるかなこの部屋」

ドアーをノックする音。
ドアーが開き、『ウエイトレス』がワゴンに料理を載せて運んでくる。
先生がソレを見て、

 「おお! 来た来た。さあ、食べるぞ」

ウエイトレスがテーブルの上に料理を配膳して行く。

 「おお! これは旨そうだ。・・・で、お姐(ネー)さんはどこの出身?」

ウエイトレスは突然のその言葉に驚いて、

 「えッ! あ、はい、新潟です」

先生は大声で、

 「ニイガダッ! いやー、懐かしい。僕は学生の時よく山を越えて新潟までゴム紐を売りに行ったんだ。大きな自転車を引いてねえ。それがまた、よく売れるのよ。で、お姐(ネー)さんは新潟のどこ?」

ウエイトレスは恥ずかしそうに小声で、

 「あ、あの~・・・六日町って云う所です」

先生は驚いて、

 「何、ムイカマチ! いや~、いやいや、これまた懐かしい。湯川の近くだ!」
 「はい、あそこの温泉にはよく行きました」
 「おう! そう。あそこの温泉はパンツのゴム紐がよく売れるんだ。アンタのお母さんも私の売ったパンツの紐で生活していたかもしれないぞ。・・・で、隣の群馬には親戚は居ないの?」
 「居ます」

先生は更に驚き、

 「ええッ! そう。どこ?」
 「水神に婆ちゃんが」
 「ミズカミ!? そう・・・。で、元気なの?」
 「はい。元気で農業してます」
 「ノウギョウ! それは良い」

先生は天井の一点を見詰めながら、

 「ドコもココも、農村はますます高齢化してるねえ。・・・で、お姐(ネー)さんのお名前は?」

先生はウエイトレスの名札を見て、

 「山川由紀。ユキちゃんか?」
 「はい」
 「で、由紀ちゃんの婆さんの名前も山川さん?」
 「はい」

先生は武智を見て、

 「武智君! 名刺を渡して」
 「え? あ、ハイ!」

武智は由紀に名刺を渡す。
由紀は周りの空気が読めず、照れ臭そうに名刺を無造作にポケットに仕舞い込む。
そして、

 「失礼します。どうぞ、ごゆっくり」

空のワゴンを押しながら急いで部屋を出て行く山川由紀。

 「武智君、直ぐに水神にご挨拶!」

武智は先生のその一言に驚いて、

 「えッ! あ・・・ハ、ハイ!」

高木は目の前のエビチリに耐え切れず、箸を伸ばす。

 「高木君! あなたも聞いて下さい」

高木は急いで箸を引っ込め、箸置きに置く。

 「ハイ!」
 「いいかな、これで二十票は硬い。縁(エン)だよ、ゴエン! 伴君にも言ったはずだが一日、二十枚私の名刺を配りなさい。あの、蜘蛛の巣のような大きな繋がりも、たったこの一枚の紙切れ(名刺)から始まる。いいね! 高木君、アナタもですよ。どこに縁が落ちてるか分からない。縁は『円』に通じる! あ、武智君。あの山川由紀の婆(バア)さんに会ったらユキちゃんは元気に料理屋で勤め上げてると言ってあげなさい。それが、私の云う『愛』なんだ」

武智はかしこまって、

 「はい! 勉強に成ります」
 「よし、さあ、食べよう。伴君遅いねえ」
 「あ、そうですねえ。ちょっと確認してみます」

武智は席をたち、隅で背広の内ポケットからスマホを取り出す。
小声で、

 「もしも、・・・おい、何やってんだ。喰っちまうぞ!」
 「あ、すいません。あのー・・・」
 「アノー、じゃねえよ。オヤジが心配してるぞ」
 「ハイ、あのー・・・実は車を駐車場でぶつけてしまって」

武智は驚いて、

 「何ッ! で、相手は・・・」
 「相手? 居ません」
 「お前の言ってる事はよく分かんねえ。5W1Hだ!」
 「すいません。あの、バックしてたら後ろの壁に」
 「カベ? で、車は?」
 「車は異常無いんですけど~・・・壁の方が」
 「壁なんてどうでもいい。早く来い!」
 「でも、壁にヒビが・・・」
 「バカ野郎。違う所に車を突っ込んどけ。分かりはしねえよ! オメーは本当に気が小せえな。そんなんじゃ、またオヤジにどやされるぞ」
 「あ〜、そうですね。武智さんは頭が良いですね」
 「お前がバカなんだよ。早く来い!」

武智がスマホを仕舞う。
先生が心配そうに、

 「何か遭ったの?」
 「あ、伴君ですけれど急に腹痛を起こしたらしく、クスリを買いに行って今こちらに向かってます」
 「そう。彼はオナカが弱いの。いい、先に始めよう!」

 何となく賑やかな食事会である。
ドアーがそっと開く。
文豪がドアーの向こうから覗く。
高木が文豪に気付き嬉しそうに、

 「あッ! 文豪さーん」
 「いやー、すいません。電車の事故で遅れてしまって」
 「事故? また、飛び込んだか?」
 「ええ、高田馬場駅で・・・」
 「変な病気が増えたねえ。みんな政治が悪いんだ。その内、日本も飛び込むぞ。ハハハハ。よし、これでみんな揃った。さあ、食べましょう!」

文豪は先生の隣の席に座り、ナフキンを開いて膝の上に乗せる。
するとまたドアーをノックする音が。
伴 憲護がドアーを開けて静かに入って来る。

 「すいません。遅くなりました」
 「おお。君、大丈夫か? 胃腸が弱いみたいだねえ」
 「は?」

武智が人差し指を鼻先に。
伴はそれを見て、

 「いえ、朝、立ち食い蕎麦を食べてからチョッ・・・」 
 「天ぷらか? 油が古かったんだろう」
 「はい。多分」

先生は相変わらずの大声で、

 「そんな安い物を喰っているから腹を壊すんだ。こう云う物を食べなさい。食アタリなんか直ぐ治る」

先生は急に猫なで声で、

 「待ってたんだ。みんな迷惑してるぞ。さあ、二人とも早く座って食べなさい」
 「ハイ!」
                    つづく
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