第27話 裏口は裏口からご挨拶

文字数 3,533文字

 伴の前を通り過ぎる一台のタクシー。
タクシーが急停止し、バックして戻って来る。
ドアーが開く。
運転手が、

 「ドーゾー」

武智が先に乗る。

 「おい、早く乗れ!」
 「ハイッ」
 「どちらまで?」
 「え〜と、とりあえず外堀通りを真っ直ぐ行ってくれる」

 外堀通りを走るタクシー。
車内で、

 「武智さんは凄い! 多いに勉強に成ります」
 「バカ野郎、こんなの序の口だ。おい、仲間組は十! 覚えておけ」 
 「えッ? 五十じゃないんですか」
 「こんなモノは、歩留り三割以下が良いとこだ。会長、社長、総務部長と関係支店長で十枚ってとこだ」
 「そんなものですか?」
 「そんなモンよ。あのな、パー券の後捌き(アトサバキ)は、売るんもんじゃねえ。置かせてもらうんだ」 
 「売らないんですか?」
 「買う訳ねえだろ。『カラ手形』だし」
 「カラテガタ?」
 「パーテーは終わってんだぞ」
 「ああ、そう云う事か」
 「だから、言ったろう。ただの『キッカケ作り』だと。キッカケまで話しを持って行く事。秘書はバカじゃ出来ねえんだ」
 「じゃ、ボクには無理です」
 「うん? 分かれば、バカじゃない」
 「は?」

武智が外の景色を見ながら独り言を言う。

 「・・・裏口か」
 「エ?・・・ああ、後援会長の息子さん件ですね」
 「オヤジの息子と同じ大学って言ってたな」
 「ハイ」

武智は突然、運転手に。

 「あッ、運転手さん。その交差点を左に曲がってくれる」
 「はい」
 「おい、事務所に連絡!」
 「あ、そうだ」

伴は背広の内ポケットからスマホを取り出し事務所に電話する。

 「伴です。お疲れ様です。・・・ハイ。・・・ハイ、分かりました」
 「何か有るか?」
 「本人(代議士)が十五時に事務所に戻って来ます」
 「十五時? 」

武智は腕時計を見る。

 「うーん・・・そうか。それだけか?」
 「ハイ。今の所は」

突然、武智が、

 「おい、稲大に行くぞ」
 「え、イナダイ? 貸し金業者じゃないんですか?」

武智はいぶった気に伴を見て、

 「あんな所の献金は政連(政治連盟)に一本化してある。一言で門前払いだ」
 「へ~」
 「でもオレは後で行くけどな」
 「キッカケ作りに?」
 「勿論よ。顔繋ぎにもなるし、それが『窓口作り』だ」
 「勉強になります」
 「何が?」
 「いや、武智先輩の一挙手一投足が」
 「おい、褒めてるのか?」
 「もちろんですよ」
 「バカ野郎、もっと勉強しろ!」
 「すいません」
 「だから稲大はオメーが一人で行って来いよ」
 「えッ! ヒトリ!」
 「そうだ。オメーが本人(代議士)から渡された仕事だろ。ならオメーがやらねえとダメだ」
 「私には無理ですよ」
 「バカ。陳情処理だ。政治家の秘書はそれが仕事だ」
 「でも・・・」
 「でも何だ!」
 「何て話したら良いのか分かりません・・・」
 「いいから事務局長にオメエの名刺を渡して来い」
 「えッ、それだけで良いんですか?・・・でも、どうやって」
 「お世話になってますだろう。決まってるじゃないか」
 伴 「ええ?」

武智は情けない顔の伴を見て、

 「天気の話でもして渡してくれば良いんだよ」
 「そんなあ〜・・・。あ、パー券の!」
 「オマエはバカか。事務局長がパー券を買うか? だいたい、オヤジは文教族じゃねえぞ」
 「じゃ、今話題の補助金の方で行きましょうか」
 「おお! 冴えてきたな。でも、まだ陳情は来てねえ」
 「じゃあ、どんな?」
 「うん?・・・試験は来年だ。しかし、こんな事は半年前に決まっている。どこの大学だって『秘密の特別枠』がある。この枠をいじくれるのは理事長かその上のヤツだ。所詮(ショセン)、事務局長なんて三下(サンシタ)だ。オヤジとオマエの名前を覚えてもらえば良い。名刺は空(ソラ)からから撒いた警告チラシみてえなもんよ。その内、頭に一トン爆弾をドカーンと落としてやる」
 「武智さんて本当に凄いですねえ」
 「バカ野郎。政治だよ、セ~ジ! 下から上からジワーと素早く攻めるのよ」
 「凄いッ! 勉強に成ります。で、何と言って近づきましょう」

武智はまたいぶった気に伴を見て、

 「オマエ、本当に頭が悪りいな。そんなんで地元でオヤジの運転手をよくやってたなぁ」
 「後ろの座席で新聞を読みながら、叱咤激励されてました」
 「何?」

運転手が二人の会話を聞いて話し掛ける。

 「営業は大変ですねえ」
 「ああ、仕事はみんな大変ですよ」
 「ハハハ。おっしゃる通りです」

タクシーが早稲田通り入る。

 「お客さん、どこまで行きます?」
 「おう! そうだ。え~と、・・・そこの交差点を左に曲がってくれる」
 「はい」
 「それで・・・、その道を真っ直ぐに」
 「はい」

タクシーの正面に大学が見えてくる。
運転手が、

 「稲大ですか?」
 「そう」

タクシーが暫く走る。
武智が、

 「運転手さん! ワリーけど裏に回ってくれる」
 「裏口(ウラグチ)ですね」

タクシーが裏門に停まる。

 「ワリーけど、ここで少し待っててくれる」
 「分かりました」

武智が伴を見てこずく。

 「おう、着いたぞ。俺は車で待ってるから、ゆっくり話して来い」
 「ええ!?」

タクシーのドアーが開く。
伴が不安そうにタクシーを降りる。
武智がタクシーの窓を開けて、

 「上手くやれよ!」
 「上手くやれって、どこへ行くんですか?」
 「何?! ああ、そうか。まだ言ってなかったな。教務課だ。受付でオマエの名刺を出せば、どっかへ連れて行ってくれるよ」

伴は武智を見て不安そうに、

 「え~ッ、何て言うんですか?」

武智は仕方が無くタクシーの外に出て来る。
小声で、

 「バカ野郎! 良いか、こう言うんだ。『大島理事長様には大所高所から大変お世話に成っております。大木戸の長男も御校(オンコウ)を出させて頂いて、今、直木賞に引っ掛かっています。今日は稲門会の議員親睦会に代議士の付き添いで御伺いしました。それでついでに、チョコッとご挨拶に立ち寄らせてもらった次第です。忙しい所、申し訳ありませんが、宜しく御見知りおき下さい』とでも言って来い」

伴は感心して、

 「なるほど、勉強になります。でも~・・・」
 「デモ? 何だ! 早くしろ。皆なが見てるじゃねえか」
 「居なかったらどうしましょう?」
 「居るよ~。早く行け!」

伴は気合いを入れて、

 「はい! じゃッ、行って来ます」
 「伴!」

伴が武智の声に振り向く。

 「頑張れよ」
 「ハイ!」

武智は手でコブシを作り親指を立ててガッツポーズを見せる。
伴も得も言われぬ顔でガッツポーズを送り返す。
カバンを小脇に抱え、裏門から急いで校内に消えて行く伴。

 暫らくして、伴が停車中のタクシーに戻って来る。
タクシーのドアーが開き、運転手が、

 「大変ですねえ・・・」

伴は解放された表情でタクシーに乗り込む。
武智が伴の表情をじっと見つめ、

 「ご苦労さん。で、どうだった?」
 「いやあ〜、緊張しました。山野美容学校とはぜんぜん違います」
 「そりゃー、オメエ~美容学校は正門しかねえからなあ」

運転手がタクシーのエンジンキーを捻り、

 「どうしますか?」
 「あ、永田町に行ってくれる」
 「はい」

タクシーが走りだす。
運転手はルームミラーで後部座席を見て、

 「・・・秘書さんですか?」

武智が、

 「うん? セールスマンです」

運転手が、

 「?」

武智は窓の外を見ながら、

 「居たか?」
 「はい。応接に通されて、少し待たされましたけど」
 「どうだった?」
 「先生の事をよく知ってました」

武智は伴を見て、

 「ソリャーそうだろう。昔、野党の議員を野次(ヤジ)り過ぎて、出入り禁止に成る寸前だったからな」

伴が驚いて、

 「デイリキンシ? そうだったんですか? それで?」
 「そんな事はどうでも良い。それで?」
 「ああ、・・・息子さんの事も良く知ってましたよ」
 「ムスコを?」
 「文豪さんて在学中はバレー部だったんですってね」

武智はまた外を見ながら、

 「バレーか・・・。アイツ、タッパ(身長)が有るからな。バレーボールには持って来いだ」
 「いや、モダンバレーです」

武智は驚いて、

 「モダンバレー? ・・・ダンスか?」
 「そうです。随分、男女にモテタらしいです」
 「ダンジョに?」
 「モデルもやっていたらしいです。何か事務局長も昔、フアンだったようです」
 「おい、人違いじゃねえか? 文豪はジェンダーじゃねえぞ」
 「いや、間違い有りません。直木賞の五回落選も知ってました」
 「何! アイツ、五回も落ちているのか。こればっかりはオヤジの力じゃどうする事も出来ねえしな。・・・まあ良い。今回はオマエの名前を覚えてもらえば上出来だ。後アトは下(天下り)った大島を突っつけば何とか成る・・・」
                    つづく
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