第21話 心に沁み入るお説教
文字数 2,348文字
定例の週初めの会議である。
武智・伴・相原(相原政治・新人)が、襟を正してソファーに座っている。
先生は上座に深々と座り、背広の内ポケットから議員手帳を取り出す。
テーブルの上には水コップ・コーヒー・お茶が並ぶ。
高木は事務室で電話中である。
「さあ、始めよう」
伴と武智、少し遅れて新人の相原が起立する。
伴と武智は声をそろえて、
「宜しくお願いします」
少し遅れて相原が。
「宜しくお願いします」
先生はきつい目で相原を見る。
二人がソファーに座る。
相原が遅れて座る。
先生が、
「・・・で。武智君! ど~お?」
「ハイ! 五百です」
「トータルで?」
「千です」
「歩留まりは?」
「七百・・・でしょうか」
先生は小首を傾げて怪訝な顔。
「・・・。で、伴くんは?」
「ハイ! 三百です」
「・・・歩留まりで百だな」
先生が手帳に書き取って行く。
突然大声で高木を呼ぶ。
「高木く~ん」
「ハイ!」
「地元は?」
高木がドアーをそっと開け、メモを伴に渡す。
「これです」
「あ、ハイ。すいません。」
伴がメモを読み上げる。
「前橋が五百、沼田が四百、伊勢崎が四百、それから・・・」
「やめなさい。結論!」
「あッ! 二千です」
「二千? 七百だな。・・・合計で千五百か」
先生は手帳にメモ書きをして背広の内ポケットに仕舞いこむ。
ソファーに座る三人をジッと見て、
「・・・常に一歩! 更に二歩! 皆さんだったら分かるね。余った券は『パーテーが終わっても売り続ける』事! この余韻を忘れずに」
伴と武智が、
「ハイ!」
少し遅れて相原が、
「? あッ、はい」
電話が鳴る。
高木の声。
「はい。お世話になります。中尾事務所です。はい、・・・はい」
先生は武智を見て優しく一言。
「武智君。高木くんを呼んで来なさい」
「あ、いま電話中」
先生のきつい一言。
「呼んで来なさいッ!」
「ハイ!」
武智が応接室を出て行く。
武智は高木の傍に行き、無言で「電話を切れ」のサイン。
電話中の高木は受話器を指さす。
武智が両手でバツを作り高木に示す。
高木が頷(ウナズ)き、
「あ、すいません。急な電話が入りました。折り返しお電話致します」
高木は受話器をそっと置く。
武智が手招きをする。
高木と武智が応接室に入って来る。
武智がそっとドアーを閉める。
先生は高木を見て優しく、
「高木くんも座ってくれる」
高木は緊張して、
「はい」
高木がソファーの隅にそっと座る。
武智もそっとソファーに座る。
相原は緊張しながら二人をジッと見ている。
先生は高木を見て、
「高木くん、君の電話の応対の仕方は誰におそわったの?」
「あ、はい。それは・・・」
高木は首を傾げる。
「はい、分かった。誰にもおそわってない!」
「はい」
「それなら仕方がない。いいですか、電話と云うのは声では無い。顔だ。高木君。君の声は暗い。明るく! 総理事務所の今田さん! あれは素晴らしい! 電話の大会で一等賞を取ってるらしい。君も一度聞きに行きなさい。『ハイ、石田文雄事務所です!』この透き通るような声! 君なら出来るはずだ。ちよっとやってみなさい」
「えッ!? ここでですか」
先生はキツく、
先生「やりなさいッ!」
「ハイ!」
相原は目を丸くして先生を見ている。
高木は一度、咳払いをして、
「ウン・・・。ハイ、中尾博康事務所です」
「そう! いいねえ~。やれば出来るじゃないの。常に挑戦する事! いいですか、電話の対応一つにしても向上の精神が無いとダメ」
高木が清々(スガスガ)しく、
「ハイ」
「そう! それッ! その調子で頑張りなさい」
電話が鳴る。
高木は席を立とうとする。
「待ちなさい! 私の話は終わってない」
「先生、電話が」
「ほっときなさい。どうせ、宗教団体だ」
「え?」
事務室の電話が鳴り続ける。
相原は電話の音が気に成って落ち着かない。
先生の説教は更に続く。
「それから、ナニナニですね。で切ってはだめッ! ナニナニでしょうか。この謙譲語で応対をしなさい。中尾の品位に関わる」
あいかわらず電話は鳴り続けている。
先生は高木を見て、
「やって御覧なさい?」
「・・・ハイ、そうでしょうか」
「そうッ! その通り。じゃッ、どう~ぞ」
高木はソファーを立って急いで事務室で電話を受ける。
先生は高木の電話応対を耳を澄まして聴いている。
事務室から高木の声が、
「お待たせしました。中尾博康事務所です。・・・ハイ。今日は地元勤務です。何かお伝えする事でも。・・・あ、そうでしょうか。分かりました。そのように伝えます」
先生は大声で、
「素晴らしいッ! で、ダレから?」
「よく電話してくる所です」
「結論ッ!」
「ハイ。統生教会です。秘書サンの売り込みです」
「断りなさい。相手にするな。武智クン、まさか券を売りに行ってないでしょうね」
「ハイ。隣りの前川先生の事務所では三百枚ほど捌いてもらったそうですが」
「ダメ、ダメ! ワタシは小選挙区から出馬しているんだ。そんな事が知れ渡ったら全てが水の泡だぞ。絶対に近寄るな」
「ハイ」
「皆んなにも言って置く。地味に無理せず、陳情処理の結果の勝負で売り捌く事。副(副大臣)は『一.五』の枚数で良いんだからね」
「ハイ」
「残りは『パーテーが終わってから』捌けば良い」
「ハイ」
先生は相原を見て、
「相原くん。こんな簡単な打ち合わせを週の始めにやっている。君も大いにここで議論しなさい」
「え? あッ、ハイ!」
「伴くん! アナタがシッカリと丁寧に教えてあげなさい」
「ハイ!」
相原は伴を見て起立。
丁寧に、
「宜しくお願いします」
武智は俯(ウツム)いて、呆れた顔で溜息をつく。 つづく
武智・伴・相原(相原政治・新人)が、襟を正してソファーに座っている。
先生は上座に深々と座り、背広の内ポケットから議員手帳を取り出す。
テーブルの上には水コップ・コーヒー・お茶が並ぶ。
高木は事務室で電話中である。
「さあ、始めよう」
伴と武智、少し遅れて新人の相原が起立する。
伴と武智は声をそろえて、
「宜しくお願いします」
少し遅れて相原が。
「宜しくお願いします」
先生はきつい目で相原を見る。
二人がソファーに座る。
相原が遅れて座る。
先生が、
「・・・で。武智君! ど~お?」
「ハイ! 五百です」
「トータルで?」
「千です」
「歩留まりは?」
「七百・・・でしょうか」
先生は小首を傾げて怪訝な顔。
「・・・。で、伴くんは?」
「ハイ! 三百です」
「・・・歩留まりで百だな」
先生が手帳に書き取って行く。
突然大声で高木を呼ぶ。
「高木く~ん」
「ハイ!」
「地元は?」
高木がドアーをそっと開け、メモを伴に渡す。
「これです」
「あ、ハイ。すいません。」
伴がメモを読み上げる。
「前橋が五百、沼田が四百、伊勢崎が四百、それから・・・」
「やめなさい。結論!」
「あッ! 二千です」
「二千? 七百だな。・・・合計で千五百か」
先生は手帳にメモ書きをして背広の内ポケットに仕舞いこむ。
ソファーに座る三人をジッと見て、
「・・・常に一歩! 更に二歩! 皆さんだったら分かるね。余った券は『パーテーが終わっても売り続ける』事! この余韻を忘れずに」
伴と武智が、
「ハイ!」
少し遅れて相原が、
「? あッ、はい」
電話が鳴る。
高木の声。
「はい。お世話になります。中尾事務所です。はい、・・・はい」
先生は武智を見て優しく一言。
「武智君。高木くんを呼んで来なさい」
「あ、いま電話中」
先生のきつい一言。
「呼んで来なさいッ!」
「ハイ!」
武智が応接室を出て行く。
武智は高木の傍に行き、無言で「電話を切れ」のサイン。
電話中の高木は受話器を指さす。
武智が両手でバツを作り高木に示す。
高木が頷(ウナズ)き、
「あ、すいません。急な電話が入りました。折り返しお電話致します」
高木は受話器をそっと置く。
武智が手招きをする。
高木と武智が応接室に入って来る。
武智がそっとドアーを閉める。
先生は高木を見て優しく、
「高木くんも座ってくれる」
高木は緊張して、
「はい」
高木がソファーの隅にそっと座る。
武智もそっとソファーに座る。
相原は緊張しながら二人をジッと見ている。
先生は高木を見て、
「高木くん、君の電話の応対の仕方は誰におそわったの?」
「あ、はい。それは・・・」
高木は首を傾げる。
「はい、分かった。誰にもおそわってない!」
「はい」
「それなら仕方がない。いいですか、電話と云うのは声では無い。顔だ。高木君。君の声は暗い。明るく! 総理事務所の今田さん! あれは素晴らしい! 電話の大会で一等賞を取ってるらしい。君も一度聞きに行きなさい。『ハイ、石田文雄事務所です!』この透き通るような声! 君なら出来るはずだ。ちよっとやってみなさい」
「えッ!? ここでですか」
先生はキツく、
先生「やりなさいッ!」
「ハイ!」
相原は目を丸くして先生を見ている。
高木は一度、咳払いをして、
「ウン・・・。ハイ、中尾博康事務所です」
「そう! いいねえ~。やれば出来るじゃないの。常に挑戦する事! いいですか、電話の対応一つにしても向上の精神が無いとダメ」
高木が清々(スガスガ)しく、
「ハイ」
「そう! それッ! その調子で頑張りなさい」
電話が鳴る。
高木は席を立とうとする。
「待ちなさい! 私の話は終わってない」
「先生、電話が」
「ほっときなさい。どうせ、宗教団体だ」
「え?」
事務室の電話が鳴り続ける。
相原は電話の音が気に成って落ち着かない。
先生の説教は更に続く。
「それから、ナニナニですね。で切ってはだめッ! ナニナニでしょうか。この謙譲語で応対をしなさい。中尾の品位に関わる」
あいかわらず電話は鳴り続けている。
先生は高木を見て、
「やって御覧なさい?」
「・・・ハイ、そうでしょうか」
「そうッ! その通り。じゃッ、どう~ぞ」
高木はソファーを立って急いで事務室で電話を受ける。
先生は高木の電話応対を耳を澄まして聴いている。
事務室から高木の声が、
「お待たせしました。中尾博康事務所です。・・・ハイ。今日は地元勤務です。何かお伝えする事でも。・・・あ、そうでしょうか。分かりました。そのように伝えます」
先生は大声で、
「素晴らしいッ! で、ダレから?」
「よく電話してくる所です」
「結論ッ!」
「ハイ。統生教会です。秘書サンの売り込みです」
「断りなさい。相手にするな。武智クン、まさか券を売りに行ってないでしょうね」
「ハイ。隣りの前川先生の事務所では三百枚ほど捌いてもらったそうですが」
「ダメ、ダメ! ワタシは小選挙区から出馬しているんだ。そんな事が知れ渡ったら全てが水の泡だぞ。絶対に近寄るな」
「ハイ」
「皆んなにも言って置く。地味に無理せず、陳情処理の結果の勝負で売り捌く事。副(副大臣)は『一.五』の枚数で良いんだからね」
「ハイ」
「残りは『パーテーが終わってから』捌けば良い」
「ハイ」
先生は相原を見て、
「相原くん。こんな簡単な打ち合わせを週の始めにやっている。君も大いにここで議論しなさい」
「え? あッ、ハイ!」
「伴くん! アナタがシッカリと丁寧に教えてあげなさい」
「ハイ!」
相原は伴を見て起立。
丁寧に、
「宜しくお願いします」
武智は俯(ウツム)いて、呆れた顔で溜息をつく。 つづく