【06-3】友の失踪(3)

文字数 2,176文字

徳永が言っていた通り、公園には10分ほどで到着した。
料金を支払ってタクシーから降りた勇は、公園の中に入り、屋台のアイスクリーム屋を探すことにした。

公園の中は彼が想像していたよりも、はるかに広かった。
入口から周囲を見渡したが、平日の真昼のせいか、人の数は思ったよりも多くない。

おそらくこの暑さの影響もあるのだろう。
今年は7月に入ってから雨が少なく、連日35℃を超える猛暑日が続いている。
――日中はおそらく、人間の体温を超えているかも知れないな。

そう思った途端に、顔や首筋、背中にかけて、体全体から一斉に汗が噴き出しているのを感じた勇は、持ってきたハンドタオルで顔と首筋の汗を拭うと、公園の奥に向かって歩き出した。

園内には遊具や噴水のような、勇が勝手にそう思い込んでいる公園の付属物は一切見当たらず、何となく殺風景な雰囲気だった。
広々とした芝生の合間を、舗装された歩道が縫うように続いている。
公園というよりも、広場と呼んだ方がふさわしいのかも知れない。

都営住宅らしい背の高い建物が、公園の向こう側に文字通り林立しているのが見えた。
もう少し気候が良い頃には、おそらく子供を遊ばせるのに持ってこいのスペースなのだろう。
現に暑い中で子供を遊ばせている母親の姿も、ちらほらと見ることが出来た。

熱中症にならなきゃいいがな――などとお節介なことを考えながら、勇はぶらぶらと歩道を歩いてみたが、目当てのアイスクリームの屋台は見つからなかった。
諦めかけていると、歩道の向こうから勇と同年配の男性が歩いてきたので、これで駄目なら引き上げよう――と思いつつ、男に声を掛けてみた。

相手は突然呼び止められて少し驚いた様子だったが、勇がアイスクリーム屋台を探していると言うと、
「それなら、向こうの駐車場の所に出てますよ」
と、その方向を指さしながら教えてくれた。

勇は男に礼を言って、その方向に歩き出す。
既に背中は汗でびっしょりと濡れている。
5分程歩くと車道が見え、その手前に何台か車が停まっているのが見えた。
近づくと、その中に屋台風の1台がある。

勇は一瞬立ち止まって、どうしようか――と考えたが、無暗に声を掛けるよりも、アイスクリームを買ってからの方がいいだろうと思い、車に近づいて行った。

車は屋台用に改造された軽のワゴン車で、傍に制服らしい縞模様のTシャツと、明るい空色のズボンをはいた学生風の男が立っていた。
Tシャツの胸に付けた名札には、<平井>と書かれている。

勇はワゴンの壁に掛かったメニューを見た。
ソフトクリームやカップのアイスも置いているようだったが、とにかく喉が渇いていたのでイチゴ味のシャーベットを注文した。

平井青年は愛想よく注文を受けると、社内のアイスボックスから透明のカップ入りのシャーベットを取り出し、プラスチック製のスプーンを添えて勇に手渡した。

受け取った勇は料金を支払いながら、以前旅行をした際に中島を写した携帯電話の写真を彼に見せ、中島の消息が途絶えた前日に、ここに立ち寄っていないか聞いてみた。
もちろん中島が失踪したことは伏せてだが。

意外なことに平井青年は、
「ああ、その人なら確かにその日ソフトクリームを買っていかれましたよ」
と、あっさりと答えたので、大して期待していなかった勇は慌てて聞き返した。

「本当に?その日に間違いないかい?」
「ええ、間違いないです」
と、平井青年は断言する。

「えらくはっきりと憶えてるね」
「ああ、それはですね。その日が僕のバイト初日だったんですよ。
研修終わって、前の人との引き継ぎで最初にこの店に立った日なんですよ。

で、その人が、『初めてだね』って声かけてくれたんで、よく憶えてます。
そう言えばあれ以来買いに来られてないですね」

平井の答えに、勇は重ねて訊いた。
「それ以来、その人は来てないんだね?間違いない?」

「何だか刑事さんに聞かれてるみたいですね」
「すまん、すまん。
実は以前刑事やってたもんで、ついその時の癖が出るんだわ。
気を悪くしないでね」

「え、本物の刑事さんだったんですか?
緊張するぅ。何か事件ですか?」
平井はそう言って、好奇心むき出しの眼差しを勇に向けてきた。

「いや、事件というわけじゃなくて、単なる人探しなんだよ。
それより、その日からこの人を見かけないというのは確かかい?」

「ええ、あれからほぼ毎日この店に立ってますから。
多分間違いないですよ。

ああいう風に話しかけてくれたお客さんは、あの人だけだったんで。
もし買いに来られたら、憶えてるはずです。
こう見えて、割と記録力はいい方なんで」

「そう。少なくともそれ以来、ここでソフトクリームは買ってないわけだ」
「はい。まあ店に寄ってないだけで、前を通ったかもしれませんけど。
さすがにそこまでは気づかないですねえ。
すみません」

「いや、助かったよ。それでその日、この人はどっちの方に行ったとか憶えてない?」
平井青年は少し考える風だったが、
「確かあっちの方に歩いて行かれたと思います。
何となくですけど。

中川沿いの歩道を散策して帰ると仰ってたと思います。多分――」
と言いながら、運河沿いの道を指した。

「ありがとう。助かったよ」
勇は平井青年に礼を言うと、その場を離れた。
「ありがとうございました」
後ろから明るい声が追いかけてきたので、振り向いて軽く会釈する。
なかなか感じのいい若者である。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み