【09-2】拡がる不穏(3)―2

文字数 1,859文字

「グエン君、どうかした?」
「木村さん、これ何ですかね?」
木村の問いにグエンは、底にたまった水を指しながら訊き返してきた。

近づいた木村が底を見ると、確かに黒っぽいものが管の底に沿って横たわっている。
――何だろう?
そう思い、その場にしゃがんで見ると、それは何か管の様なものだった。

「どうしたの?何かあったの?」
気づくと背後から、二人の刑事が木村の肩越しに水底を覗いていた。
「ちょっと待って下さいね」
そう断って、木村は腰に差した工具を取り出すと、管の様なものを摘まみ上げ、足元に引っ張り寄せた。
その際に一部が千切れて水に落ちてしまう。

「何ですかね、これ?」
「植物、かな?」
木村が引き上げた管の様なものの一部を持ち上げてみせると、高橋と岡村はめいめいに口にする。
二人とも(いぶか)し気な表情を浮かべていた。

「こういうのって、下水管の中に普通に転がってるの?」
高橋が訊いてきたので、
「いやあ、こんなのは見たことないなあ。初めてですよ」
と、木村は返した。
実際こんなものを見たことも、同僚から耳にしたこともなかったからだ。

「これ、結構先まで続いてますよね。ところどころ切れてますけど」
岡村が言った。

「どこまで続いてるんだろう?
岡村君、そっち見て来てくれない?
俺はこっちの方を調べてみるわ」
高橋の指示に、「了解です」と言って片手を挙げた岡村は、水底を確認しながら歩いて行った。
それを確認すると、岡村も反対方向に向かって歩き始める。

その後姿を見送りながら、木村とグエンは管の様なものをしげしげと観察してみた。
実際それは管らしく、中が空洞になっていて、水が少し溜まっているようだった。

「これ何でしょうね?大きなホースみたいですけど」
「そうだなあ。でも何か植物みたいだしな。
何か最近ニュースでやってる、外来種とかいうやつかなあ」
「はあ」

結局それが何かという結論は出ないまま、二人の会話は途切れた。
そして気がつくと、暑さで作業着まで汗が染みてきている。
管内は外より少しはましといっても、やはり暑い。

「警察の人は?どこ行ったの?」
その時突然背後から声が掛かったので、木村とグエンは驚いて、同時に声の方に振り向いた。
そこには、いつの間にか降りて来たらしい、田中の姿があった。

「刑事さんたちは二手に分かれて、この先を調べに行きましたよ」
「二手にって、あんたらは何でぼおっと突っ立ってるの?
あの人らに何かあったら、責任問題になるでしょうが」

尊大な下水道局員の偉そうな言いように、木村は腹を立て言い返した。
「別に一緒に来てくれとは言われてないんで」

しかし木村の反論を遮って、田中は木村とグエンを睨みつけながら言った。
「いいから、つべこべ言ってないで探しに行きなさいよ」

険悪な雰囲気になって来たのを察したグエンが、
「木村さん、僕はこっちに行きますから、木村さんはあっちをお願いします」
と割って入り、木村の顔を見て微かに首を横に振った。

その顔が、止めときましょう――と言っている。
木村は小さく溜息をついて、
「じゃあグエン君、そっち頼むわ」
と言うと、田中のことは無視を決め込み、岡村が向かった方へと歩き始めた。
グエンも黙って反対方向に向かう。

――馬鹿相手に腹立ててもしゃあないわな。社長にクレームが行っても気の毒だしな。
歩いているうちに、田中に対する腹立ちも少し収まってきた。
しばらく歩くと、下水道管の行き止まりの所まで辿り着いた。
見れば、岡村刑事がしゃがみ込んで底に溜まった水の中を覗きこんでいる。

「刑事さん、何かありましたか?」
声を掛けると、岡村刑事はこちらに顔を向けて立ち上がり、木村に手招きした。

木村が近づくと、
「さっきの管なんですがね、ここの底の方に続いてるみたいなんですよ。
さっきの道具で引っ張り上げてもらえませんかね?」
と、若い刑事は下水道の行き止まりにある水溜りを指さしながら言った。

その場所はかなり深くなっているようだ。
木村が覗き込むと、確かに管の様なものは、下水道管から下に向かって伸びている様子だ。
腰のベルトに掛けた道具を抜き、管に引っ掛けて持ち上げようとしたが、かなりの重量がある。

「大分と水を吸い込んでますね。
無理に引っ張ると、さっきみたいに切れそうですけど。
いいですかね?」
木村が言うと岡村は少し考え、
「ちょっと待って下さい。
高橋さんと相談してからにします」
と言った。

その時、来た方向から「ザザッ」という大きな音がする。
何か水の流れるような音だったが、それはすぐに止んだ。
二人は一瞬首をかしげたが、無言で肯きあうと元の場所に戻って行った。
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