【06-4】友の失踪(4)

文字数 1,790文字

駐車場を出た先の車道には信号や横断歩道はなかった。
勇は通行する車がなかったのを幸い、駐車場の出入口から直接車道を横断し、向こう側の歩道に出ることにした。
車道を渡りながら、道交法違反かな?――などと自嘲気味に思う。

渡った先の歩道は整備されていて、両脇の芝も綺麗に刈り込まれている。
歩道からは川面がすぐそこに見えた。

――大雨でも降ったら、この辺は水に浸かるんじゃないか?
そんなお節介なことを考えながら、勇は中島が向かったという方向に少しゆっくり目のスピードで歩き始めた。

何か引っかかるものがないか、周囲に注意しながら進む。
――刑事時代に戻ったみたいだな。
ふとそう思って、勇は苦笑を浮かべた。
体に染みついた刑事の習性は、警察を辞めてもう何年も経つのに、中々抜け切らないようだ。

しばらく歩くと、前方に川を跨ぐようにして作られた電車の駅が見えた。
歩道はその下を通り、向こう側へと通じているらしい。

駅舎に近づくと、歩道の一部がなくなっている場所が目についた。
近づいて確認すると、何かでその部分をこそぎ取ったような風である。

歩道から荒川に続く地面を見ると、やはりその場所だけ芝がなく、土がむき出しになっていた。
勇はその場にしゃがむと、こそぎ取られた部分を調べて見た。

その断面は、滑らかな半楕円形をしていた。
削られた芝生の方は近くで見ると、新しく雑草が芽吹き始めているようだった。

勇がその周囲を見回すと、直ぐ近くの芝の上に、何か金属の様な物が落ちているのが見える。
それに近づき手に取って見ると、自転車の車輪の残骸だった。

持ち上げて間近で見ると、車輪の半分ほどが、すっぱりと一直線に切り取られているようだ。
スポークの断面も、そしてタイヤのゴムすら真直ぐな平面状の切り口をしていた。

――どうやったら、こんな風に綺麗に切れるんだろう?
勇は車輪の残骸を手に持ったまま、その場に立ってしばらく考え込んだ。
しかし納得出来る回答は浮かんでこない。
歩道を歩いていた中年女性が、こちらを怪訝そうに見ながら通り過ぎて行く。

勇は気を取り直すと、周囲の地面を丁寧に探し始めた。
何か他に見つかるかもしれないと思ったからだ。

すると少し雑草が伸びた辺りに、メガネのレンズらしいものが落ちているのを見つけた。
周辺を探して見ると、少し離れた場所にも、対と思われるレンズが落ちていたが、メガネのフレームは見当たらなかった。

勇は両手の親指と人差し指に一つずつレンズを挟み、目の前にかざして見た。
そして中島がかけていた、金属フレームのメガネを思い出してみる。
何となく似ているような気もするが、ここで中島が行方不明になったかも知れないという先入観が、そう見せているのかも知れない。

勇は冷静になろうと思い、一つ大きく呼吸した。
仮に中島がここで何らかの理由により消息を絶ったとして、どの様な状況が考えられるだろう。

一番ありそうなのは、運河に転落した可能性だ。
――しかしその場合は自転車ごと転落したのだろうか?
――あるいは自転車を、後から来た誰かが持ち去ったのだろうか?

先程拾った自転車のタイヤの残骸が、どうしても心に引っかかる。
もちろんそれが、中島の自転車の残骸だという証拠はない。

そもそも目の前の運河に落ちて、溺れるということがあるのだろうかと、勇は思考を切り替えた。
確かに護岸には遮るものがなく、転落しても不思議ではない。
川面と護岸の高低差もそれ程なさそうだ。

――深さはどうだろう?
そう思って運河を覗きこんだ勇の目が、何か異質な物を捉えた。

護岸から1、2メートル先の川底を、運河の流れに沿って黒っぽいロープのような物が横たわっている。
その色彩は、川底の土の色と同調しているため、余程気を付けてみないと、気づかなかっただろう。

勇が目で追っていくと、それは川底に沿って運河の下流から上流の方までずっと続いていた。
水中ケーブルか何かを通すパイプかとも思ったが、何となく人工物のような感じがしない。

勇はしばらく川底に横たわるそれを注視していたが、何故か急に背中に寒気を覚えた。
理由は分からないが、それが何となく危険な物に感じられたからだ。

勇は何故か、その場にいることが居た堪れなくなり、慌てて川岸から離れると、直ぐ近くにある駅に向かった。
何かが分かると期待していた訳でもなかったが、むしろ疑問が深まり、返って靄々(もやもや)とした不安感が深まるばかりだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み