【10】<ソミョル>起動

文字数 1,963文字

<ソミョル>はついに定着する場所を得た。
この惑星に漂着し再起動してから、既に17年以上が経過していた。

<ソミョル>は<共生者>の補助によって、自身の外殻の延伸に必要な養分の補給を受けながら外殻内、そして人間が地中に張り巡らせた導管内を移動し続けて来た。

<ソミョル>が到達した場所は、周囲に生命体が豊富に存在していた。
それらの生命体は<共生者>の襲撃に対して無防備で、捕食に適していた。

その場所の周囲には豊富な流体が存在していることも好条件だった。
それに加えて、その場所では広範囲に渡って軟らかい地盤が広がっていたので、爆発的な成長開始の基点となる強固な外殻を形成するのに適していた。

<ソミョル>は自身に組み込まれた生物兵器としてのプログラムに従い、成長を開始した。

***
江東区、木場公園。
異常に蒸し暑い夜だった。
最近は連日熱帯夜が続いていたが、その夜は格別の暑さだった。

そんな暑さの中、木村由美子は、高校の同級生の男女5人で深夜の木場公園に来ていた。
特に何か目的があった訳でもなく、高校生活最後の夏を、自宅で無為に寝て過ごすのが嫌だっただけだ。

「だったら受験勉強でもする方が、よっぽど有意義でしょうに」
彼女の両親は小言を言うが、由美子はそれもまっぴらだった。

今更どれ程頑張ったところで、自分が入れる大学のレベルは知れているし、駄目なら駄目で専門学校に行くか、いっそのこと卒業したら、そのまま働いてもいいと由美子は思っていた。
だから尚更、高校生最後の夏休みを1分1秒でも長く楽しまなければならないと信じて疑わなかった。

――でなきゃ、きっと後になって後悔する。
そう自分に言い聞かせ、深夜の公園を友達と徘徊しているという訳だ。
一緒に来た4人の事情も、彼女と似たり寄ったりだった。

だが由美子は既に後悔していた。
とにかく暑い。
Tシャツが汗で体に纏わり付くのが気持ち悪い。
おまけに蚊に食われた跡が痒くて仕方がない。

――やっぱりクーラーの効いたカラオケボックスに行った方がましだったよ。それを裕司(ゆうじ)の馬鹿がごねるから。
そう思いながら、由美子は仏頂面で4人の後を付いて行く。

「由美子、どうしたん?」
香奈(かな)が、こちらを振り返って訊いた。
「別に何でもない」
由美子は不愛想な返事を返す。

「何かさっきから、ご機嫌斜め?」
裕司がお茶らけて言うのが更にむかついた。
――お前が金ないとか言ってごねるからだろうがよ、まったく。
そう思いながら由美子は、「暑いの」と、突っけんどんに言った。

彼女の顔が益々険しくなるのを見て、香奈と裕司は顔を見合わせる。
「噴水の方に行こうよ。あっち行ったら涼しいんじゃねぇ?」
それを見かねたように俊哉(としや)が取りなし、隣にいた浩介も頷いて同調する。
4人が由美子の返事も聞かずに、さっさと噴水広場に向かって歩き出したので、彼女も仕方なく後に付いて行くことにした。

昼間は人で賑わっている公園だが、さすがにこの時間になると、人通りは皆無だった。
そもそも高校生が出歩くような時間帯ではなく、警官にでも見とがめられたら、補導されかねない。

由美子が少し遅れて噴水広場に入ると、先に到着していた4人が噴水の前で何か騒いでいるのが聞こえて来る。
――くそ暑いのに何はしゃいでんだか。まるでガキじゃねぇ?
自分のことを棚に上げて、そう思いながら近づいていくと、「ザザッ」という大きな音と共に、突然噴水から大量の水が噴き出すのが見えた。

噴き上がった水は、まるでそれ自体が意思を持つように4人目掛けて覆いかぶさったかと思うと、映像を巻き戻した様に噴水に吸い込まれていく。
そして辺りは静寂に包まれ、噴水の周りに、もはや香奈たちの姿は見えなかった。

由美子は自分が今目撃した情景が何だったのか理解できず、しばらくの間、呆然とその場に立ち尽くしていたが、突然我に返ると噴水に向かって駆けだした。
今の出来事があまりにも非現実過ぎて、恐怖心すら麻痺していたのだ。

噴水に近づくと、今まで見たことのない物がそこにあった。
由美子の記憶にある噴水は、半円形をした大きく浅い水たまりの中央に、一部分がカットされた金属製の円盤を数枚、不規則重ね合わせたモニュメントが設置してあったのだ。

しかし今その金属製の人工物はそこになく、替わりに斑模様の巨大な物体が生えている。
それは地中から突き出した、筍のような姿をしていた。
その巨大な筍は、噴水の下の地面から生えてきているようだった。

恐る恐る半円形の水溜りの中を覗いたが、やはりそこにも同級生たちの姿はない。
「香奈!裕司!」
同級生の名を呼んだが、返事は返って来なかった。

突然恐怖に襲われた由美子が駆けだそうとした時、背後から「ザザッ」という大きな音が響いてきた。
反射的に振り向いた由美子の目に映ったものは、一直線に自分に襲いかかって来る奔流だった。
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