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文字数 2,091文字
夕食の後、翌日の計画で話が粉砕した。イプシは、自説を曲げずに町の探索の重要性を説いた。浜辺での遊泳を楽しみにしていたタウだが、僕の忠告を素直に受け入れた。それでも挫折した思いを引き摺っていたのだろう。新しい考えが思い浮かばずに全てを否定した。この二人の不毛な対話を聞きながら独りで田舎の家に出掛けようか、と僕は考えた。
「大学のように三人で行動することもないよ。ここは、浜辺だから。」
タウのその理屈にイプシは、冷ややかに笑って挑んだ。
「やはり、お前は解っていない。なぜ我々が向こうで連帯していたか……。」
「暇だからさ。」
僕が言葉を遮って酒を継ぎ足した。イプシは、顔を顰めて肩を竦め非難した。
「それを言うか。お前は冷たいな。」
「冷静なだけだ。」
僕が少し溜息まじりに言い切るのをパイは、目の端でとらえて鼻の先で笑った。僕は、苛立ちを隠して気付かないふりをした。そこまで辛抱強く聞いていたパイは、立ち上がり後片付けを僕らに命じた。
「皆さん。居候は仕事が多いですよ。後片付け全てヨロシクです。」
パイは、自分の部屋に向かう途中で立ち止まった。思い出したように告げた。
「……そうだ。ミューさんが、兄貴のことを聞いていたよ。」
パイの含みある言葉にイプシは、敏感に反応した。
「気付かなかったな。お前の沈黙の後ろに隠れていたのは、そういうことだったのか。」
イプシの皮肉を受け流して僕は、手短に元同級生のミューを説明した。
「高校に入学する前から舞台で歌っていた。彼女の努力は、尊敬に値する。それだけだ。」
僕は、悪魔の誘惑に似たパイの唐突な言葉に本気で叱りそうになった。
『海辺に戻っている僕の姿を見せたところでどうなるものでもない。でも……、驚かせるのも、一興かな。』
僕は胸の中でそう言い聞かせた。気持ちを落ち着かせるように思った。ミューの優しい笑顔を思い浮かべながら。
『……ミューは、昔のままだろうな。』
パイの話に興味を示したイプシは、皆の意見も聞かずに酒場に出掛ける用意を始めた。心配性のタウが、いつものように肩を竦めてイプシの行動を咎めた。
「未成年は出入り禁止だろう。」
「迷うな我が友よ。舞台に上がる未成年がいる店だ。遠慮はいらない。」
イプシの言葉は、明快だった。僕は、自分の言葉の正当性を立証するためにも同行することにした。
路面電車を使って港の繁華街に向かった。僕らにとって幸運だったのだろうか。その夜、ミューは非番だった。それでも、僕らは楽しむことを忘れなかった。知り合いを見つけて合流し再会に歓喜して飲んだ。
「彼女を呼び出せよ。」
イプシは、酔いに任せて意見を譲らなかった。
「連絡を待つ女子を独りにしておくのは、誰の罪だ?」
「君から罪の話を聞かされようとは思わなかったよ。」
横からタウは、地の料理を褒めながらイプシに噛みついた。
「人に罰を与えられるのは、我々でないだろう。」
「おおぉ‥‥。誰か、此奴を夢から覚まさせてやってくれ。手遅れにならないうちに。」
イプシの言葉は、本気だった。
「そうだ。君の彼女に頼んで、この男の愚かさを悟らせよう。名案だろう。」
僕は、酔っぱらいの意見を取り入れなかった。僕は思った。ミューは僕が海辺の町に帰っていると信じないだろう。不吉な冗談にとらえて雨戸の閂を掛けなおすかもしれない。そう思うと、この海辺に戻ってきたことが、どれほどの話題と混乱を提供するか分かり嘆息した。僕は、自然と酔いが深くなっていた。陽気に燥ぎ気持ちを高ぶらせながら僕は、何度か席を立ちかけた。だが、その都度、僕の尋常でない様子に気付いたのだろう。誰かが引き留め話題を振った。
「……僕らは、まだまだ冷静だ。そうだろう。」
僕は、幾度も同じ言葉を宣言して新たな酒杯を干した。
夜も更けて、店がはねるまで飲み明かした。
「三人で、別行動だな……。」
店を出て家に向かって歩きながら僕は言った。
二人は、無言で同意した。
翌日から別行動になった。イプシは、朝早くから出掛けた。タウは、パイから情報を仕入れて、路面電車を使い図書館に向かった。何日か後になってパイの紹介でタウが短期のバイトを始めた。僕は驚かなかったが、イプシは哀れむような視線を投げかけて落胆した。
「……まさかな。ここで本当にバイトをするなんて。奴は、自分を何様と思っている。愚かにもほどがある。」
「僕らよりもここでの生活を楽しもうとしているタウを羨ましがることもないさ。」
僕の正直な感想にイプシは、苛立たし気に空を仰いだ。
「羨ましいね。愚かな男は幸せだ。俺は、そこまで達観はできない。」
イプシは、自嘲するように言ってお道化てみせた。僕が出掛ける支度をする姿にイプシは、探るように尋ねた。
「……それで、賢明な君は。まさか、女子との約束じゃないだろうな。」
「賢明な男は、いつだって孤独だよ。」
僕の言い残した言葉は、納得させる効果があったのだろう。その夏の間中、イプシは僕の行動に一目置いてくれた。期待もしていない言葉が効を奏する結果に僕も暫くは楽しんだ。
「大学のように三人で行動することもないよ。ここは、浜辺だから。」
タウのその理屈にイプシは、冷ややかに笑って挑んだ。
「やはり、お前は解っていない。なぜ我々が向こうで連帯していたか……。」
「暇だからさ。」
僕が言葉を遮って酒を継ぎ足した。イプシは、顔を顰めて肩を竦め非難した。
「それを言うか。お前は冷たいな。」
「冷静なだけだ。」
僕が少し溜息まじりに言い切るのをパイは、目の端でとらえて鼻の先で笑った。僕は、苛立ちを隠して気付かないふりをした。そこまで辛抱強く聞いていたパイは、立ち上がり後片付けを僕らに命じた。
「皆さん。居候は仕事が多いですよ。後片付け全てヨロシクです。」
パイは、自分の部屋に向かう途中で立ち止まった。思い出したように告げた。
「……そうだ。ミューさんが、兄貴のことを聞いていたよ。」
パイの含みある言葉にイプシは、敏感に反応した。
「気付かなかったな。お前の沈黙の後ろに隠れていたのは、そういうことだったのか。」
イプシの皮肉を受け流して僕は、手短に元同級生のミューを説明した。
「高校に入学する前から舞台で歌っていた。彼女の努力は、尊敬に値する。それだけだ。」
僕は、悪魔の誘惑に似たパイの唐突な言葉に本気で叱りそうになった。
『海辺に戻っている僕の姿を見せたところでどうなるものでもない。でも……、驚かせるのも、一興かな。』
僕は胸の中でそう言い聞かせた。気持ちを落ち着かせるように思った。ミューの優しい笑顔を思い浮かべながら。
『……ミューは、昔のままだろうな。』
パイの話に興味を示したイプシは、皆の意見も聞かずに酒場に出掛ける用意を始めた。心配性のタウが、いつものように肩を竦めてイプシの行動を咎めた。
「未成年は出入り禁止だろう。」
「迷うな我が友よ。舞台に上がる未成年がいる店だ。遠慮はいらない。」
イプシの言葉は、明快だった。僕は、自分の言葉の正当性を立証するためにも同行することにした。
路面電車を使って港の繁華街に向かった。僕らにとって幸運だったのだろうか。その夜、ミューは非番だった。それでも、僕らは楽しむことを忘れなかった。知り合いを見つけて合流し再会に歓喜して飲んだ。
「彼女を呼び出せよ。」
イプシは、酔いに任せて意見を譲らなかった。
「連絡を待つ女子を独りにしておくのは、誰の罪だ?」
「君から罪の話を聞かされようとは思わなかったよ。」
横からタウは、地の料理を褒めながらイプシに噛みついた。
「人に罰を与えられるのは、我々でないだろう。」
「おおぉ‥‥。誰か、此奴を夢から覚まさせてやってくれ。手遅れにならないうちに。」
イプシの言葉は、本気だった。
「そうだ。君の彼女に頼んで、この男の愚かさを悟らせよう。名案だろう。」
僕は、酔っぱらいの意見を取り入れなかった。僕は思った。ミューは僕が海辺の町に帰っていると信じないだろう。不吉な冗談にとらえて雨戸の閂を掛けなおすかもしれない。そう思うと、この海辺に戻ってきたことが、どれほどの話題と混乱を提供するか分かり嘆息した。僕は、自然と酔いが深くなっていた。陽気に燥ぎ気持ちを高ぶらせながら僕は、何度か席を立ちかけた。だが、その都度、僕の尋常でない様子に気付いたのだろう。誰かが引き留め話題を振った。
「……僕らは、まだまだ冷静だ。そうだろう。」
僕は、幾度も同じ言葉を宣言して新たな酒杯を干した。
夜も更けて、店がはねるまで飲み明かした。
「三人で、別行動だな……。」
店を出て家に向かって歩きながら僕は言った。
二人は、無言で同意した。
翌日から別行動になった。イプシは、朝早くから出掛けた。タウは、パイから情報を仕入れて、路面電車を使い図書館に向かった。何日か後になってパイの紹介でタウが短期のバイトを始めた。僕は驚かなかったが、イプシは哀れむような視線を投げかけて落胆した。
「……まさかな。ここで本当にバイトをするなんて。奴は、自分を何様と思っている。愚かにもほどがある。」
「僕らよりもここでの生活を楽しもうとしているタウを羨ましがることもないさ。」
僕の正直な感想にイプシは、苛立たし気に空を仰いだ。
「羨ましいね。愚かな男は幸せだ。俺は、そこまで達観はできない。」
イプシは、自嘲するように言ってお道化てみせた。僕が出掛ける支度をする姿にイプシは、探るように尋ねた。
「……それで、賢明な君は。まさか、女子との約束じゃないだろうな。」
「賢明な男は、いつだって孤独だよ。」
僕の言い残した言葉は、納得させる効果があったのだろう。その夏の間中、イプシは僕の行動に一目置いてくれた。期待もしていない言葉が効を奏する結果に僕も暫くは楽しんだ。