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文字数 2,198文字

 夜の早いうちに室内に移った。誰かがこの田舎の伝承を尋ねた。僕らは深く酔っていたが、思案を巡らせる冷静さを残していた。土地に語り継がれる話が必要かと、僕は改めて問うた。
 「ここで何を期待しょうとするんだ。ここにいるだけで充分だろう。」
 誰も反論しないが賛成もしなかった。
 それでも、各自が故郷の逸話を語ることになった。その後、語る順番を巡ってひと騒ぎが起こった。
 最初に語るのは、イプシから誘導されてタウに決まった。タウが語る都市伝説は、僕の期待を裏切らなかった。僕が密かに憧れている世界が垣間見えたようで聴き入っていた。
 イプシの雪深い遠い町の深刻な話が続き、シータの漁村の話が終わった。デルタが異国の珍しい話を始めろと、僕らは彼女の国籍が違うのに気付いた。
 僕は、譲られたような状況で田舎の伝説を語り、アルファの話が最後になった。アルファは、浜辺の古城に纏わる伝承を語った。田舎から移り住んだ僕が、噂でしか知らなかった古城の話に僕は、息苦しい思いになってしまった。海辺の町で育ちながら、故意にその話を聞かないように避けていたのだろうか。そう思うと、僕はいかに周りを見ようとしていなかったことに気付かされた。
 夜は更けていった。僕らの酔いはより深くなっていったが、相手の話を聴く礼節は残っていた。
 「……俺は、彼の語る浜辺で迷ったよ。」
 イプシは、僕の耳元で囁くように打ち明けると、周りに悟られないように尋ねた。
 「あの古城には、辿り着けるのか。」
 「誰でもが行けると思うが、行けないかもしれない。」
 僕のその答えを予測していたようなイプシの表情だった。
 「面白い言い方をする。お前は試みたとみたが……。それはいい。俺が、辿り着けないのは、未だ真の旅人でないということか?」
 イプシは、真顔になって確かめた。僕が、揶揄したつもりでないのは伝わっていた。
 「俺は、憐れまれたのか。あの場所に。」
 「僕なら、行こうとも考えないよ。」
 僕は、親身になって言葉を返した。
 「この海辺の町で住む人は、近付かない謙虚さを知っている。」
 「面白い、話せよ。……否、いい。俺が自分の耳で尋ねて自分の足で彷徨って自分の目で確かめよう。」
 イプシの真剣な眼差しは、迷っていなかった。それ以上の忠告を必要としない決意が見えた。僕は、それだけを最後に打ち明けた。
 「昔、僕も行こうとした。」

 翌朝早く、イプシは独りで散歩に出かけた。その時間に起きていたシータは、後で僕に確かめるように尋ねた。
 「……あのお友達は、眠らないの。」
 「彼は、堕天使と契約しているからな。」
 僕の冗談が許せなかったのか。シータは、本気で非難した。
 「軽々しく口にしてはいけないわ。誰かに聞かれるれたらどうするの。」
 シータの少し拗ねたような表情が可愛く思えたからだろう。僕は、彼女の手の甲を優しく叩いて謝った。
 「君の傍には、まだ神様がいるのを忘れていた。」
 あの夏の田舎で、シータは一人料理を作り続けた。僕らの存在がシータの気持ちを昂らせていたのだろう。使命感につかれたように工夫を凝らし腕を振るった。料理の資質が備わるシータは、手際よさと応用力で僕らを驚かせた。一言居士のイプシでさえ、料理の盛り付けと味に感心して僕を冷やかし称賛した。
 「お前が探していたのものが解ったよ。女神は、すぐ近くにいるものだな。」
 シータは、料理をしていないときは、デルタと語り合い連れ立って散歩をしていた。僕は、束縛のない解放された気軽さに安堵して独りで、幼い頃の記憶を頼りに、懐かしい場所で過ごした。葡萄畑が広がる丘の頂の舟の形をした巨石の上で本を読み耽った。疲れると、青空に広がる雲の流れを目で追った。昔よりも空を眺める時間が多くなっているのに気付きながら。静かに日々が過ぎていった。
 イプシの行動は、田舎でも変わらなかった。一日中歩き回っていた。空腹になると古民家に戻ってきた。気儘な猫のような習性にシータは、驚きながらも甲斐甲斐しく食事の世話をした。僕らは、イプシの行方を心配しなかったが、新たに誰かを見つけて連れ帰らないかと期待していたのだ。
 「彼は、同じだね。向こうでも君の町でもこの田舎でも。」
 タウの愉快そうな様子が可笑しくて、僕は軽く脅かしたのだ。イプシの本性を誇張して彼の将来の姿を描いて語った。
 「イプシは、振り返ると死んでしまうからな。」
 「……待てよ。確か彼は、小さい頃から親の仕事の関係で各地を転々と移ってきたと言っていたね。」
 タウは、自分なりに結論を引き出そうとしていた。
 「彼の親の仕事の影響からだろうか。あの忙しい性格は。」
 「親と子は、同じのように見えも別もんだよ。」
 僕の正論にタウは、少し考え込んでから納得し切れずに呟いた。
 「でも……、そう思うなら納得するけど。」
 数日後には、イプシが老人と酒を酌み交わす仲になっていた。僕は、最初その噂を信じられず冗談に捉えていた。それでも、冷静に考えてみれば、老人の警戒心をイプシなら解けるだろう。老人が作業場にしている納屋の軒下で二人が座り込んでいる姿を目にして僕は納得した。何度か二人を遠くから見かけたが近寄らず気付かれないように注意した。

 アルファは、あの田舎で何をしていたのだろう。今になっても想い出せなかった。木陰で独りで過ごす姿を見かけたが、僕とは違っていた。
 
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