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文字数 2,239文字
各自に用意された広い客室は、整い過ぎていた。居心地悪さからか最初に現れたのが、タウだった。
「……礼拝堂に掛けられていた肖像画は、本当にルーミナイなのかな。」
タウは、そう言って考え過ぎて寝付けない、と話した。
「この館の女主に似ていないか?」
「訊けば済むことだろう。明日にでも確かめればいい。」
話せることで落ち着きを取り戻していたが、僕は突き放すような喋り方になった。
「今夜の晩餐で身に付けていた女主の衣装は、肖像画に描かれていたものと同じだったね。」
タウが、記憶を確かめるように慎重に言葉を選んでいた。僕も気付いていたが、話に乗らなかった。興味がない仕草で言った。
「ここの女主は、客の持て成しを心得ている、と言うことだ。」
「えっ……、それだけか。」
「それ以外に何がある。」
「……君は、もう少し思慮深いと思っていたけど。」
タウは、話を続けたくて僕の目色を窺った。僕が少し愉快そうにしていたからだろう。
「イプシは、何をしているかな?」
二人でイプシの部屋を覗くと、静かな冷笑が返ってきた。ゲームしていた手を休め皮肉った。
「館の探検でもするかい?」
「森よりも安全だ。」
僕が揶揄うと、タウが心配した。
「おぃおぃ。二人とも本気かよ。よそ様の家だぞ。」
「先ずは、彼を奇襲しよう。」
イプシの言葉に迷いがなかった。
「彼は、部屋にいるだろうか。」
「どっちでもいいが。」
「余計な妄想は、止めよう。」
アルファは、部屋にいなかった。僕らは、最初色めき立った。しかし、直ぐに冷静になった。客室が並ぶ三階の中央広間に灯りが点っているのに気付いたタウは正しかった。広間から張り出したバルコニーの椅子でアルファが独り月を眺めていた。僕らの姿に驚かなかった。
「月が綺麗な夜は、こうして楽しめます。」
アルファは、そう語って酒を勧めた。演舞会が出来る二階の広いバルコニーが見下ろせた。石造りの手摺からは、湖水越しに遠く港町の灯りが眺望できた。作り物のように見える神秘的な街灯りの景色と雰囲気に僕らは魅入られたからだろう。その夜に思い付いた目論見は、実行に移さなかった。月明りの下で酒を酌み交わしながら僕らは、アルファの告白を期待していたのかもしれない、
翌朝早く、ふと目覚めた僕は、夜が白み始める中を女主が独りで館の裏門から森に入っていく後ろ姿を目撃した。昨日に森で救われた時と同じ白い衣装だった。僕は、夢の続きのような思いで見ていたからだろう。素直に受け入れて二度寝をした。
遅い朝食に女主は、姿を見せなかった。アルファの様子から、何かを聞かされているのが窺えた。女主の不在の館で昼間際まで滞在した。
アルファの車で、運河沿いの会員制のレストランに招かれた。昼食の後、港から船で沖合に出た。船員が乗り込む小型船は、数日滞在できる客室が設えられていた。
「沿岸は流れが複雑ですが、少し沖に出れば穏やかです。」
アルファは、そう説明すると錨を下した船から海に真っ先に飛び込んだ。僕らは、初めて海の真ん中で泳いだ。波間から見える古城が建つ岸辺の景色を眺めながら、僕は古城にまつわる噂を想い出していた。
家に帰った僕らの顔が幸せに満ちていたのだろう。マルガリータの館で一泊したのを知ると、パイは呆れ憐憫のような視線を向けただけだった。
パイは、ミューが舞台に立つ日時を調べていた。
「ほんとうに、行かないの。」
僕は、興味が無い素振りで妹の言葉に取り合わなかった。パイの少し意地悪い視線が、僕の中のあざとい変化を見透かしていたのかもしれない。館での一泊の余韻にひたる僕は、少しばかり思い違いをしているのに長く気付けなかった。
不意なパイの言葉が、僕を慌てさせ気持ちを逆撫でした。
「……田舎に行くつもりだったりしてた?」
妹が意図する誘導の策略に僕は無言で顔を顰めた。
田舎に古民家がある話を聞き出したイプシは、直ぐにも出掛けようと言った。しかし、妙案が浮かんだのか独り合点して僕らに尋ねた。
「あの男を誘わない手はない。誰が連れてくる。」
話の展開に流された僕は、反対をするつもりもなく、収拾がつきそうにない話に最初から距離を置いた。
「取り敢えずは、地図を描いておくから、後から追いかけてくるといい。」
僕がそう提案してから、君らの到着が来年の夏になっても心配しない、と伝えた。タウが珍しく冗談にもとれる質問をした。
「迷いやすい道は、地図なんか頼りになるだろう?」
「俺たちに来てほしくない、と心配しているのか。そういう画策は、できない奴だよ。」
イプシは、タウを哀れむように説明した。
「それをする奴なら、俺もお前もこの海辺までついてきたりしないさ。」
「イプシは、ひねくれ過ぎてるよ。」
タウが僕に助けを求めて視線を向けた。
僕らの纏まらない会話を辛抱強く聞いていパイだったが、堪りかねて口を挟んだ。
「……それで、ミューさんの舞台は。どうするの。」
パイが子供らを諭すように確かめた。僕が肩を竦めて。夏休みを有意義に使う重要さを語るのを聞いたパイは、険しい目つきで言い捨てた。
「わたしは、伝えましたよ。」
イプシの提案で僕以外は、ミューの舞台を観てから田舎に向かう話で纏まった。
「これが、最善の策と理解しょう。諸君。」
イプシは、満足して話を纏めた。
部屋を出ようとするパイは、密かに僕の脇腹を小突いて囁いた。
「……この夏は、いろいろ面倒がありそうね。」
「……礼拝堂に掛けられていた肖像画は、本当にルーミナイなのかな。」
タウは、そう言って考え過ぎて寝付けない、と話した。
「この館の女主に似ていないか?」
「訊けば済むことだろう。明日にでも確かめればいい。」
話せることで落ち着きを取り戻していたが、僕は突き放すような喋り方になった。
「今夜の晩餐で身に付けていた女主の衣装は、肖像画に描かれていたものと同じだったね。」
タウが、記憶を確かめるように慎重に言葉を選んでいた。僕も気付いていたが、話に乗らなかった。興味がない仕草で言った。
「ここの女主は、客の持て成しを心得ている、と言うことだ。」
「えっ……、それだけか。」
「それ以外に何がある。」
「……君は、もう少し思慮深いと思っていたけど。」
タウは、話を続けたくて僕の目色を窺った。僕が少し愉快そうにしていたからだろう。
「イプシは、何をしているかな?」
二人でイプシの部屋を覗くと、静かな冷笑が返ってきた。ゲームしていた手を休め皮肉った。
「館の探検でもするかい?」
「森よりも安全だ。」
僕が揶揄うと、タウが心配した。
「おぃおぃ。二人とも本気かよ。よそ様の家だぞ。」
「先ずは、彼を奇襲しよう。」
イプシの言葉に迷いがなかった。
「彼は、部屋にいるだろうか。」
「どっちでもいいが。」
「余計な妄想は、止めよう。」
アルファは、部屋にいなかった。僕らは、最初色めき立った。しかし、直ぐに冷静になった。客室が並ぶ三階の中央広間に灯りが点っているのに気付いたタウは正しかった。広間から張り出したバルコニーの椅子でアルファが独り月を眺めていた。僕らの姿に驚かなかった。
「月が綺麗な夜は、こうして楽しめます。」
アルファは、そう語って酒を勧めた。演舞会が出来る二階の広いバルコニーが見下ろせた。石造りの手摺からは、湖水越しに遠く港町の灯りが眺望できた。作り物のように見える神秘的な街灯りの景色と雰囲気に僕らは魅入られたからだろう。その夜に思い付いた目論見は、実行に移さなかった。月明りの下で酒を酌み交わしながら僕らは、アルファの告白を期待していたのかもしれない、
翌朝早く、ふと目覚めた僕は、夜が白み始める中を女主が独りで館の裏門から森に入っていく後ろ姿を目撃した。昨日に森で救われた時と同じ白い衣装だった。僕は、夢の続きのような思いで見ていたからだろう。素直に受け入れて二度寝をした。
遅い朝食に女主は、姿を見せなかった。アルファの様子から、何かを聞かされているのが窺えた。女主の不在の館で昼間際まで滞在した。
アルファの車で、運河沿いの会員制のレストランに招かれた。昼食の後、港から船で沖合に出た。船員が乗り込む小型船は、数日滞在できる客室が設えられていた。
「沿岸は流れが複雑ですが、少し沖に出れば穏やかです。」
アルファは、そう説明すると錨を下した船から海に真っ先に飛び込んだ。僕らは、初めて海の真ん中で泳いだ。波間から見える古城が建つ岸辺の景色を眺めながら、僕は古城にまつわる噂を想い出していた。
家に帰った僕らの顔が幸せに満ちていたのだろう。マルガリータの館で一泊したのを知ると、パイは呆れ憐憫のような視線を向けただけだった。
パイは、ミューが舞台に立つ日時を調べていた。
「ほんとうに、行かないの。」
僕は、興味が無い素振りで妹の言葉に取り合わなかった。パイの少し意地悪い視線が、僕の中のあざとい変化を見透かしていたのかもしれない。館での一泊の余韻にひたる僕は、少しばかり思い違いをしているのに長く気付けなかった。
不意なパイの言葉が、僕を慌てさせ気持ちを逆撫でした。
「……田舎に行くつもりだったりしてた?」
妹が意図する誘導の策略に僕は無言で顔を顰めた。
田舎に古民家がある話を聞き出したイプシは、直ぐにも出掛けようと言った。しかし、妙案が浮かんだのか独り合点して僕らに尋ねた。
「あの男を誘わない手はない。誰が連れてくる。」
話の展開に流された僕は、反対をするつもりもなく、収拾がつきそうにない話に最初から距離を置いた。
「取り敢えずは、地図を描いておくから、後から追いかけてくるといい。」
僕がそう提案してから、君らの到着が来年の夏になっても心配しない、と伝えた。タウが珍しく冗談にもとれる質問をした。
「迷いやすい道は、地図なんか頼りになるだろう?」
「俺たちに来てほしくない、と心配しているのか。そういう画策は、できない奴だよ。」
イプシは、タウを哀れむように説明した。
「それをする奴なら、俺もお前もこの海辺までついてきたりしないさ。」
「イプシは、ひねくれ過ぎてるよ。」
タウが僕に助けを求めて視線を向けた。
僕らの纏まらない会話を辛抱強く聞いていパイだったが、堪りかねて口を挟んだ。
「……それで、ミューさんの舞台は。どうするの。」
パイが子供らを諭すように確かめた。僕が肩を竦めて。夏休みを有意義に使う重要さを語るのを聞いたパイは、険しい目つきで言い捨てた。
「わたしは、伝えましたよ。」
イプシの提案で僕以外は、ミューの舞台を観てから田舎に向かう話で纏まった。
「これが、最善の策と理解しょう。諸君。」
イプシは、満足して話を纏めた。
部屋を出ようとするパイは、密かに僕の脇腹を小突いて囁いた。
「……この夏は、いろいろ面倒がありそうね。」