12
文字数 2,208文字
田舎に出発する前に、店番のシータと泳ぎに行く約束を果たした。シータとは、軽食と飲み物とを持って浜辺で落ち合う間柄になっていた。
皆で過ごす田舎の日々を考えると、気持ちが重くなった。このまま、この小さな入り江の砂浜で過ごす姿を想い描いた。話は下手でも聞き上手で料理が得意なシータと、一夏だけなら我慢できた。田舎に出掛ける話を聞くとシータは、最初から興味を示した。砂浜から眺める海辺の景色の気怠さが僕を緩慢させていたのだろうか。
「どうかな……、僕が向こうに到着しなくても、彼奴らはそれなりに楽しむさ。」
僕は、口に出さなくてもいい話をしてしまった。それを聞いたシータの考えは明瞭だった。約束の尊さを語った。僕は、論争する気力を無くしていた。夏の午後の浜辺に降り注ぐ陽射しを浴びすぎたのかもしれない。僕は、口付けをしたくなり片手を伸ばした。
そこに、シータの歳の離れた弟が、クシィの伝言を持って駆け付けた。
「カイさんが、姉ちゃんの料理を待っているよ。」
急いで立ち上がったシータは。僕の座ったまま残る姿に戸惑った。
「……一緒に行かないの。」
「君のご指名だよ。」
僕は、素っ気なく取り合わなかった。
「あの人は、料理の尊さがよく判っている。」
「知り合いでしょう。この前もカイさんは、逢いたそうだった。」
シータは、非難するように言った後、少しばかり辛抱強く待った。僕は立ち上がり、無言で海に向かった。後ろからシータの声が聞こえた。
「……あたしも、田舎に連れて行ってくれるでしょう。明日の朝、バス停で待っているから。」
彼らが田舎の古民家に向かうのは、早くても三日後だった。その瞬間まで、僕は行くのを迷っていた。だが、シータの言葉で出発の日が決まったのが可笑しくて僕は、独り声を上げて笑った。潮騒を掻き消すような自分の声に気付いた僕は、深く溜息を零して思った。
『……僕は、退屈しているのか。この海辺の町に戻ってきたのは、自分の意志だったはずなのに。』
その日は、夜まで砂浜で過ごした。海に浸かっている時間が大半だった。ひと夏を一日で済まそうとする無茶な姿は、周りを困惑させただろうか。疲れ果てた僕を待っていたのは、深い眠りと遠い昔に鬻ぐ夢だった。
朝早くに目覚めた僕が忙しく身の回りの用意を始めると、パイは顔を覘かせて探る視線を向けた。
「お早いご出発ね。誰かさんと待ち合わせなの。」
パイが、皮肉たっぷりに探った。僕は無視して荷造りを急いだ。
「持つべきは、親友ね。」
タウが、昨日の内に食料品を発送してくれていた。
「お兄ちゃんには、過ぎたる友達よ。」
妹の喋り方が、母親に似ているのを改めて気付かされた僕は複雑な思いだった。だから少しばかり気持ちを塞ぎながらも一言いい残したのだろう。
「タウを都合よく扱き使うなよ。彼奴は、お前が考えているよりも真面目だ。」
「わたしは、ド真面目さんが好みなの。知っていたでしょう。」
パイがタウを連れて朝市に出向くのを見送って僕は出発した。
漁村の一つ手前のバス停でシータは、大きなバッグを手に待っていた。単車に二つの荷物を括ると、後ろの席が狭くなった。一時間余しかかる距離をシータの重みを受け止めて走った。僕は、少し遠回りをした。
漁村で生まれ育ったシータには、山の中の田舎が珍しく新鮮だったのだろう。海辺にいるよりも多くを語るようになった。
「……大きなお屋敷ね。」
「幽霊を住まわせているから部屋数が多いんだ。」
僕の冗談にシータは、真顔で睨んだ。漁村を離れてもシータの実直さは変わらなかった。田舎での最初の感動が収まるとシータは使命感のようなものを感じたのか、海辺でいる頃よりも時間を大切に使った。僕は、その素直さが少し疎ましく、何度かその性格と行動力とを揶揄った。シータが少し拗ねた仕草を見せた田舎での夏は、僕のなかで細やかな思い出となって残った。
家の中を案内してから、僕は独りで近所の老人の家に送っている荷物を取りに出掛けた。途中の畑に老人はいた。僕が小さい頃から姿が変わらなかった。何時も畑で仕事をしている印象しかなかった。僕が近付くと、手を休めて天候の話を始めた。毎回同じ話を聞かされても不思議と退屈しなかった。むしろ僕は、その話を聞くのを楽しんでいたのだろう。父も同じで、老人と長々と立ち話をしている姿を憶えていた。
荷物を受け取って戻ると、シータは部屋の掃除を始めていた。僕は、シータの自主的な行動を眺めながら、彼女の田舎に馴染む様子を見て気持ちが和む思いだった。
シータは、昼食の準備を整えると、僕を誘って近所を一回りした。
「素敵な場所ね。羨ましいな。」
シータの世辞でない感想は、僕を少しばかり考えさせたが、つまらなさそうに否定した。
「隣の芝は、良く見えるものだよ。」
「捻くれ者ね。」
シータは、小さく溜息混じりに非難した。
「素直になりなさいよ。」
僕は、シータを伴ってきたことに後悔も失望もしなかった。幼馴染のように語り合い時間を過ごした。二人になっても馴れ合わなかったが、睦まじく見えたのだろうか。田舎では新婚家庭の噂が広まった。
何時訪れるか分からない友達を気に掛けることもなく僕は、本を片手に木陰のベンチで過ごすのが日課になった。シータは、家事の合間の暇な時間を独りで村を巡り歩いた。日々新しい発見をして目を輝かせ報告した。
皆で過ごす田舎の日々を考えると、気持ちが重くなった。このまま、この小さな入り江の砂浜で過ごす姿を想い描いた。話は下手でも聞き上手で料理が得意なシータと、一夏だけなら我慢できた。田舎に出掛ける話を聞くとシータは、最初から興味を示した。砂浜から眺める海辺の景色の気怠さが僕を緩慢させていたのだろうか。
「どうかな……、僕が向こうに到着しなくても、彼奴らはそれなりに楽しむさ。」
僕は、口に出さなくてもいい話をしてしまった。それを聞いたシータの考えは明瞭だった。約束の尊さを語った。僕は、論争する気力を無くしていた。夏の午後の浜辺に降り注ぐ陽射しを浴びすぎたのかもしれない。僕は、口付けをしたくなり片手を伸ばした。
そこに、シータの歳の離れた弟が、クシィの伝言を持って駆け付けた。
「カイさんが、姉ちゃんの料理を待っているよ。」
急いで立ち上がったシータは。僕の座ったまま残る姿に戸惑った。
「……一緒に行かないの。」
「君のご指名だよ。」
僕は、素っ気なく取り合わなかった。
「あの人は、料理の尊さがよく判っている。」
「知り合いでしょう。この前もカイさんは、逢いたそうだった。」
シータは、非難するように言った後、少しばかり辛抱強く待った。僕は立ち上がり、無言で海に向かった。後ろからシータの声が聞こえた。
「……あたしも、田舎に連れて行ってくれるでしょう。明日の朝、バス停で待っているから。」
彼らが田舎の古民家に向かうのは、早くても三日後だった。その瞬間まで、僕は行くのを迷っていた。だが、シータの言葉で出発の日が決まったのが可笑しくて僕は、独り声を上げて笑った。潮騒を掻き消すような自分の声に気付いた僕は、深く溜息を零して思った。
『……僕は、退屈しているのか。この海辺の町に戻ってきたのは、自分の意志だったはずなのに。』
その日は、夜まで砂浜で過ごした。海に浸かっている時間が大半だった。ひと夏を一日で済まそうとする無茶な姿は、周りを困惑させただろうか。疲れ果てた僕を待っていたのは、深い眠りと遠い昔に鬻ぐ夢だった。
朝早くに目覚めた僕が忙しく身の回りの用意を始めると、パイは顔を覘かせて探る視線を向けた。
「お早いご出発ね。誰かさんと待ち合わせなの。」
パイが、皮肉たっぷりに探った。僕は無視して荷造りを急いだ。
「持つべきは、親友ね。」
タウが、昨日の内に食料品を発送してくれていた。
「お兄ちゃんには、過ぎたる友達よ。」
妹の喋り方が、母親に似ているのを改めて気付かされた僕は複雑な思いだった。だから少しばかり気持ちを塞ぎながらも一言いい残したのだろう。
「タウを都合よく扱き使うなよ。彼奴は、お前が考えているよりも真面目だ。」
「わたしは、ド真面目さんが好みなの。知っていたでしょう。」
パイがタウを連れて朝市に出向くのを見送って僕は出発した。
漁村の一つ手前のバス停でシータは、大きなバッグを手に待っていた。単車に二つの荷物を括ると、後ろの席が狭くなった。一時間余しかかる距離をシータの重みを受け止めて走った。僕は、少し遠回りをした。
漁村で生まれ育ったシータには、山の中の田舎が珍しく新鮮だったのだろう。海辺にいるよりも多くを語るようになった。
「……大きなお屋敷ね。」
「幽霊を住まわせているから部屋数が多いんだ。」
僕の冗談にシータは、真顔で睨んだ。漁村を離れてもシータの実直さは変わらなかった。田舎での最初の感動が収まるとシータは使命感のようなものを感じたのか、海辺でいる頃よりも時間を大切に使った。僕は、その素直さが少し疎ましく、何度かその性格と行動力とを揶揄った。シータが少し拗ねた仕草を見せた田舎での夏は、僕のなかで細やかな思い出となって残った。
家の中を案内してから、僕は独りで近所の老人の家に送っている荷物を取りに出掛けた。途中の畑に老人はいた。僕が小さい頃から姿が変わらなかった。何時も畑で仕事をしている印象しかなかった。僕が近付くと、手を休めて天候の話を始めた。毎回同じ話を聞かされても不思議と退屈しなかった。むしろ僕は、その話を聞くのを楽しんでいたのだろう。父も同じで、老人と長々と立ち話をしている姿を憶えていた。
荷物を受け取って戻ると、シータは部屋の掃除を始めていた。僕は、シータの自主的な行動を眺めながら、彼女の田舎に馴染む様子を見て気持ちが和む思いだった。
シータは、昼食の準備を整えると、僕を誘って近所を一回りした。
「素敵な場所ね。羨ましいな。」
シータの世辞でない感想は、僕を少しばかり考えさせたが、つまらなさそうに否定した。
「隣の芝は、良く見えるものだよ。」
「捻くれ者ね。」
シータは、小さく溜息混じりに非難した。
「素直になりなさいよ。」
僕は、シータを伴ってきたことに後悔も失望もしなかった。幼馴染のように語り合い時間を過ごした。二人になっても馴れ合わなかったが、睦まじく見えたのだろうか。田舎では新婚家庭の噂が広まった。
何時訪れるか分からない友達を気に掛けることもなく僕は、本を片手に木陰のベンチで過ごすのが日課になった。シータは、家事の合間の暇な時間を独りで村を巡り歩いた。日々新しい発見をして目を輝かせ報告した。