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文字数 2,232文字
昼食は、若い僕らにとっての冒険だった。給仕が付く正式な会食は、僕らの中で後々まで話題になり楽しんだ。
僕の父を知っていた女主は、赴任先で会った話をした。僕が大学で社会学を専攻しているのを聞き出すと、親子の接点を見つけ出そうとしたのだろうか。
「確か、御父君は美術史がご専門でしたか。」
僕の説明に女主は、視線を逸らすことなく静かに最後まで聞き続けた。
「‥‥御父君とは、違うのですね。」
僕の性格を見定めるような言葉に少し身構えていた。少し後になって女主が言葉に秘めた真の意味を知ることになった。
会話が一段落した後で、アルファが尋ねた。
「もう、占いはしていないのですか。」
「憶えておいででしたか。」
そう言葉を返してから女主は、答えた。
「頼まれれば、観ます。」
女主は、僕らに視線を移した。
「必要なお方が、この中にいらっしゃるようにもお見受けしませんが……。」
「もし宜しければ。」
イプシが、恭しく申し出た。
「彼と私共の出会いを、お願いできないでしょうか。」
「面白いことを聞かれましたね。」
女主の言葉に、すこし辛辣さが含まれていた。
「確かめたくなるものでしょうか。」
「たぶん。」
イプシは、静かに迫った。
「久々に満ち足りた日々を過ごしていますから。」
「御大層な。」
女主の瞳が、イプシの気持ちを慮るように煌めいていた。
「宜しいでしょう。」
女主は、道具を何も使わなかった。静かに見つめた後、小さく何事か呟いた。そして、夢見を語るように告げた。
「……期待する以上でも、以下でもないでしょう。夏の風のように通り過ぎていきます。」
そこで一息置くと、女主はイプシの意志を促すような言葉を続けた。
「……貴男は、少しばかり距離を取り過ぎているでしょう。後悔しないように。」
イプシが恭しく頭を垂れて謝意を表した。
女主の象徴的な神託は、後々にまで僕らの中で強い思い出となった。
昼食の後、アルファを残して僕らは敷地の散策に出た。
何か言いたくてうずうずしていたイプシは、僕に見解を求めた。
「年若い女主か……。お前の感想が聞きたい。が、その前に知っている噂でもいいから、話せよ。」
僕は、薄い記憶の中を探り話した。その曖昧な説明に納得しなかったが、イプシは新たな興味を見出したのか幸福そうだった。
「この海辺は、退屈しないな。」
「僕らとは住む世界が違う住人相手に、詮索して無駄な動力を使うこともないさ。」
僕は、冷たく言い放ち二人に尋ねた。
「礼拝堂を見に行くかい。」
最初、個人のためだけに古い礼拝所を改修し再建された造りに、タウが感嘆の声を上げ眺めた。
「凄いね。これを建て直した人は、何者だよ。」
「都会の人だったらしい。亡くなった話を聞かないから、この館を譲った後も、どこかで生きていると思う。」
僕は、面倒になり手短に説明した。浜辺に建つ古城の話をしてから、その所有者の親類の男が、この場所に移り住んで礼拝所を改修して敷地内に館を建てた経緯を説明した。
「歌姫のルーミナイを知っているか。彼女は、若い頃にこの館で暮らしていた。」
「……本当なの。」
意外にも最初に声を上げたのがタウだった。一世代前の歌姫を知っているタウに驚かされたのだろう。イプシの冷笑する横顔が全てを物語っていた。
「噂は、本当だったのか。」
タウの感心する声が続いた。
「それなら、この肖像画は、ルーミナイの若い頃の姿なのかな。」
祭壇近くに掛けられた肖像画は、封建時代の古い衣装を纏う等身大の女性が描かれていた。
「君が、歌姫の信奉者だと夢にも思わなかった。」
嫌味を含ませた僕の言葉は、相手に届いていなかっただろう。タウが感動のままに肖像画を見上げる姿は、僕の記憶に良い印象となり長く残った。
「真実を隠すのが噂であるなら。」
イプシは、その場の話題を納めた。
「我々は、騙されたふりをすればいい。振り回されるのも、楽しいものだよ。」
その足で僕らは、礼拝堂を離れた。館の裏手の湖水に出掛けた。
「……人工湖なのか。」
湖の造りに先ず気付いたのが、イプシだった。僕は、裏門の脇から深い森に降る緩やかな石畳の古道に目を奪われていた。
「この館を建てる時に、湖水を造ったのかな。」
タウの考えにイプシは、鼻先で笑い冷たく説明した。
「新しいものでないだろう。礼拝所の創建頃に造られたと見るのが妥当だ。」
イプシは、礼拝所が古い時代に建てられ、改築を重ねて今に至っているのを見抜いていた。
「たぶん。それでいいだろう。それより、この土地に伝わる面白い話はないのか。」
僕は尋ねられたが、多くを語れず期待に応えられなかった。
「有史以前とは言わないが、古の伝説を聞いたことがある。」
「面白い。何故、人工湖が必要だったんだ。……いや、待てよ。……問題は、もっと別のところに隠されているのか。」
そう呟き思案するイプシは、興味を見つけ自分の迷宮に深く落ちていった。そのような時のイプシは、満ち足りた幸せな顔をした。
僕が微かな違和感を覚えたのは、人口湖と礼拝所の位置関係だった。設計者の意図があったとしても配置は、殺風景過ぎた。僕は、湧き上がる気持ち悪さを払拭するように誘った。
「……それより、この古道を行ってみないか。」
僕の提案に、イプシは悦びタウが怖気づいた。
「深そうな森だな……。それに、暗い。これは楽しめるぞ。」
「……何かが、潜んでいそうだよ。」
僕の父を知っていた女主は、赴任先で会った話をした。僕が大学で社会学を専攻しているのを聞き出すと、親子の接点を見つけ出そうとしたのだろうか。
「確か、御父君は美術史がご専門でしたか。」
僕の説明に女主は、視線を逸らすことなく静かに最後まで聞き続けた。
「‥‥御父君とは、違うのですね。」
僕の性格を見定めるような言葉に少し身構えていた。少し後になって女主が言葉に秘めた真の意味を知ることになった。
会話が一段落した後で、アルファが尋ねた。
「もう、占いはしていないのですか。」
「憶えておいででしたか。」
そう言葉を返してから女主は、答えた。
「頼まれれば、観ます。」
女主は、僕らに視線を移した。
「必要なお方が、この中にいらっしゃるようにもお見受けしませんが……。」
「もし宜しければ。」
イプシが、恭しく申し出た。
「彼と私共の出会いを、お願いできないでしょうか。」
「面白いことを聞かれましたね。」
女主の言葉に、すこし辛辣さが含まれていた。
「確かめたくなるものでしょうか。」
「たぶん。」
イプシは、静かに迫った。
「久々に満ち足りた日々を過ごしていますから。」
「御大層な。」
女主の瞳が、イプシの気持ちを慮るように煌めいていた。
「宜しいでしょう。」
女主は、道具を何も使わなかった。静かに見つめた後、小さく何事か呟いた。そして、夢見を語るように告げた。
「……期待する以上でも、以下でもないでしょう。夏の風のように通り過ぎていきます。」
そこで一息置くと、女主はイプシの意志を促すような言葉を続けた。
「……貴男は、少しばかり距離を取り過ぎているでしょう。後悔しないように。」
イプシが恭しく頭を垂れて謝意を表した。
女主の象徴的な神託は、後々にまで僕らの中で強い思い出となった。
昼食の後、アルファを残して僕らは敷地の散策に出た。
何か言いたくてうずうずしていたイプシは、僕に見解を求めた。
「年若い女主か……。お前の感想が聞きたい。が、その前に知っている噂でもいいから、話せよ。」
僕は、薄い記憶の中を探り話した。その曖昧な説明に納得しなかったが、イプシは新たな興味を見出したのか幸福そうだった。
「この海辺は、退屈しないな。」
「僕らとは住む世界が違う住人相手に、詮索して無駄な動力を使うこともないさ。」
僕は、冷たく言い放ち二人に尋ねた。
「礼拝堂を見に行くかい。」
最初、個人のためだけに古い礼拝所を改修し再建された造りに、タウが感嘆の声を上げ眺めた。
「凄いね。これを建て直した人は、何者だよ。」
「都会の人だったらしい。亡くなった話を聞かないから、この館を譲った後も、どこかで生きていると思う。」
僕は、面倒になり手短に説明した。浜辺に建つ古城の話をしてから、その所有者の親類の男が、この場所に移り住んで礼拝所を改修して敷地内に館を建てた経緯を説明した。
「歌姫のルーミナイを知っているか。彼女は、若い頃にこの館で暮らしていた。」
「……本当なの。」
意外にも最初に声を上げたのがタウだった。一世代前の歌姫を知っているタウに驚かされたのだろう。イプシの冷笑する横顔が全てを物語っていた。
「噂は、本当だったのか。」
タウの感心する声が続いた。
「それなら、この肖像画は、ルーミナイの若い頃の姿なのかな。」
祭壇近くに掛けられた肖像画は、封建時代の古い衣装を纏う等身大の女性が描かれていた。
「君が、歌姫の信奉者だと夢にも思わなかった。」
嫌味を含ませた僕の言葉は、相手に届いていなかっただろう。タウが感動のままに肖像画を見上げる姿は、僕の記憶に良い印象となり長く残った。
「真実を隠すのが噂であるなら。」
イプシは、その場の話題を納めた。
「我々は、騙されたふりをすればいい。振り回されるのも、楽しいものだよ。」
その足で僕らは、礼拝堂を離れた。館の裏手の湖水に出掛けた。
「……人工湖なのか。」
湖の造りに先ず気付いたのが、イプシだった。僕は、裏門の脇から深い森に降る緩やかな石畳の古道に目を奪われていた。
「この館を建てる時に、湖水を造ったのかな。」
タウの考えにイプシは、鼻先で笑い冷たく説明した。
「新しいものでないだろう。礼拝所の創建頃に造られたと見るのが妥当だ。」
イプシは、礼拝所が古い時代に建てられ、改築を重ねて今に至っているのを見抜いていた。
「たぶん。それでいいだろう。それより、この土地に伝わる面白い話はないのか。」
僕は尋ねられたが、多くを語れず期待に応えられなかった。
「有史以前とは言わないが、古の伝説を聞いたことがある。」
「面白い。何故、人工湖が必要だったんだ。……いや、待てよ。……問題は、もっと別のところに隠されているのか。」
そう呟き思案するイプシは、興味を見つけ自分の迷宮に深く落ちていった。そのような時のイプシは、満ち足りた幸せな顔をした。
僕が微かな違和感を覚えたのは、人口湖と礼拝所の位置関係だった。設計者の意図があったとしても配置は、殺風景過ぎた。僕は、湧き上がる気持ち悪さを払拭するように誘った。
「……それより、この古道を行ってみないか。」
僕の提案に、イプシは悦びタウが怖気づいた。
「深そうな森だな……。それに、暗い。これは楽しめるぞ。」
「……何かが、潜んでいそうだよ。」