第6話 生徒会長 川畑

文字数 2,590文字

美優が廊下をキョロキョロしながら歩いていたのは、佳代を探していたからだった。

「ねえ、佳代さんを見なかった? さっきの授業中にふらりと出て行ってそのまま戻ってこなかったの」

美優が尋ねたのは別のクラスの友人だった。その後も美優はすれ違った何人かに聞いたが見かけたものはおらず、保健室やトイレを確認してもいなかった。

佳代は日ごろからたまに授業を抜けるが、それはトイレが近かったり、ホルモンバランスの崩れによるめまいだったりが原因で、となればだいたいトイレや保健室で休んでおり、美優が探せばすぐに見つかる。しかしその日は、思いつく限り探してもさっぱり見当たらず、しかも佳代が駒場の件に関して納得していない様子を見せていたことから美優としては不安になるのだった。

「あら美優ちゃん、あなたもコーヒーを?」

美優が背後から声をかけられたのは休憩時間が残り少なくなった頃で、場所はちょうど職員室の前であったが、その直前に佳代が職員室の扉が開いて出てきた姿をはっきりと目にしていたのに教師だと認識し小さく頭を下げて通り過ぎようとしたくらいそこから彼女が出てくるのは意外なことだった。

「佳代さん、職員室にいたの? 授業中にいなくなっちゃうから、心配したんだよ」

美優が驚いて尋ねると佳代はコーヒーが注がれたカップを掲げた。

「職員室のコーヒー、美味しいのよ」

「待って、それ先生用のだよね 怒られるんだよ、勝手に飲んだら。」

「誰も何も言わなかったけど」

佳代はそう言ってコーヒーを満足そうに一口飲んだ。美優はその様子を見ながら佳代の手を引きそこから離れようとする。

「先生たちは、佳代さんの風貌で教師のひとりだと思ったのかな……」

美優は以前とある生徒がこっそり飲もうとしたところ教師にみつかりこっぴどく叱られた風景を思い出しながら話した。

「今日の先生たちはヒソヒソ話に夢中だったからかもね」

「ヒソヒソ話って……そんな子どもみたいなこと」

「職員室の隅に集まってやっていたの。私は少し離れて耳を澄ましていた。そうしたらね、やっぱり先生、隠し事をしていたよ」

佳代は声を潜めて言った。

「隠し事?」

美優は困ったような顔で尋ね返した。

「そう。川畑君に聞いて確かめたいと思った」

「川畑君が関係しているってこと?」

美優は顔を曇らせていた。佳代は小さく頷き続ける。

「川畑君と駒場君は喧嘩をしていたかもしれない」

「喧嘩……」

「担任の先生が言っていたから嘘じゃないと思うし……川畑君に聞けばもっと詳しいことが分かるんだと思う。どうして隠していたのか、何故諍いが起こったのかとかをね」

廊下を行く佳代の歩く速度が速く、美優は小走りになっていた。美優は何度か佳代を引き留めようとしていたができず、佳代は教室に戻ると仲間たちと集まっていた川畑にさっそく近寄った。

「お邪魔しますね」

佳代は川畑の周囲にいた一人の男子生徒を押しのけ、会話の輪に入った。川畑は一瞬佳代に視線をやったが話を続けていた。男子だけの調子のよい雰囲気が途端に冷え、全員が黙った。美優が集団から少々離れて心配そうに見守っていた。

「駒場君のお通夜は今夜なんだって。出席するよね?」

佳代は大きな声で尋ねた。クラスの他の生徒たちもその声に気づき、注目した。

「そうなんですか? 知りませんでした」

川畑がそう答えた。川畑の他の生徒たちの目が泳いでいるのを佳代は確かめながら、川畑に視線を移す。

「喧嘩をしていたから?」

「いいえ。そんなことはありません」

佳代と川畑のやり取りには緊張感があり、周囲の生徒は逃げ出したいような表情を浮かべていた。佳代はそれを分かって、敢えて各人を見回す。

「なら君が駒場君と喧嘩していた?」

指を指されたのは小太りの生徒真中で、途端に顔を真っ赤にし、すがるように川畑をみた。

「誰ももめていません。良好な友人関係でした。死んでしまったのが残念です。生きていれば、肩を組んで見せることもできたでしょうから」

川畑は冷静に答える。佳代は頷きはしながらも、質問を続けた。

「生きているときはやりとりしていたんだ?」

「当然。友達ですから」

「君も?」

佳代は真中に再び話を振った。真中はまた川畑を見てどうすべきかを確認する表情をした。川畑が小さく頷き、答えるように促した。

「うん、やりとりしていた」

「駒場君と二人で?」

「グループLINEが殆どだよ」

「学校の話題とか?」

「うん」

「遊びの話とかもしてた?」

「そうだね」

「毎日?」

「うん」

「先週の金曜日も?」

「いいえ!」

話を遮るように言ったのは川畑だった。真中は佳代の矢継ぎ早な質問にテンポよく答えていたが、核心に迫ったところで川畑が叫んだのだ。

「金曜日はその次の月曜日に模試があったのでそれぞれの家で勉強をしていました。LINEをやっている暇も遊んでいる余裕も僕たちにはありませんでした。本番が近づいて生きているので、時間を有効に使わなければならないんです」

川畑は笑顔を浮かべてそう続けたが、佳代の視線は真中に向いたままであった。彼は川畑と違い表情が硬く、目を見開いたまま殆ど動かなかった。

教室内は静かで、佳代の次の言葉を待って怪訝に見つめていた。そして美優が周囲を気にしながら一歩佳代に近づき、申し訳なさそうに話し始めた。

「佳代さん、私も金曜日の夜は勉強してた。土曜日も日曜日もそう。模試っていってもね、その結果で志望校の判定が出るから……もしD判定とかだったら、志望校変えなきゃいけないかもだし……あんまり成績良くない私がスマホの電源を切って親に預かってもらうくらいだったから、クラスの皆なら勉強していたんだと思う」

美優の声は佳代を気遣って小さなものだったが、それはクラスの皆が受験に集中したいという気持ちがあって佳代の行動を必ずしも良く思わなくなっている雰囲気を感じ取っていたからだった。

佳代はそんな美優の気遣いを理解し、小さなため息をついたあと、にこりと笑い頷いた。そして川畑にも笑顔を向けた。

「だよね。受験生だものね。それに川畑君たちは特に成績優秀者だし、夜中に集まるなんてありえないね」

佳代はそう言った。

「はい。その通りです。僕たちにとって最も大事なのは勉強ですから」

川畑は背筋を伸ばして応えた。

「お通夜は六時からね」

佳代はそう言い残し、川畑たちの輪から離れた。教室にホッとしたような空気が流れたが川畑たちの表情は固かった。
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