第7話 理路整然な男
文字数 1,210文字
「佳代さん、どこに行くの。授業始まるよ」
美優の声が廊下に響き渡った。川畑たちと対峙したのち、佳代は正門へと続く廊下から外に出ようとしているところだった。チャイムが鳴り、美優は教室に戻るべきか佳代を追うべきか迷う。佳代は振り返っていた。
「美優ちゃんは、授業を受けなさい。私は予定があるから」
「川畑君とのやりとりで気分が悪くなった?」
「前から予約していたの。駅前にある整体。この前の体育の授業からずっと膝が痛くて、寝起きなんて足を引き摺るくらいだし、少し寒い日だと触っただけでも痛いから、診てもらおうって。大丈夫。担任の先生には話してあるから」
「てっきり佳代さん怒っちゃったのかと思った」
「何に?」
「川畑君」
「まさか。でも、上手じゃない嘘だとは思ったけど」
「嘘なんてついていた?」
「真中君のあの反応を見たら分かったよ。駒場君とのことで何か隠し事をしていて、きっと、仲間内で口裏を合わせていたんでしょう」
「そうなのかな。私にはそんな風に見えなかった。真中君はいつもおどおどしがちではっきりしない印象。だけど川畑君の説明は理路整然としていて、説明もそうだよねって思ったし」
「川畑君を見ているとね、投資のプロと呼ばれる人たちを思い出す。彼らはね、ニュースなんかに出てきて理路整然と株が上がりますよとか言うんだけど、結局自分達が儲けるために過剰な言葉で宣伝していたりする。だからね、投資の世界には、筋の耳打ちは信じるな、っていう格言があってね、筋というのはその筋の人。つまり説明の巧みなプロのこと。今回で言えば、理路整然と語る川畑君よりも、真中君みたいな素朴な人から聞くのが正解。だから実際真中君を観察していたけど、目も合わせないし、言葉に詰まるし、私には隠し事をしている姿にしか見えなかったけど、美優ちゃんはどう?」
佳代の話を聞き終えた美優は困った顔をしていた。その顔を見て、川畑と対峙していた時にクラスの生徒たちが同じような顔をしていたと佳代は思い出す。まるで企業が倒産した時にニュースに映る社員たちの表情のように不安を帯びている。
「私たちは受験があるから……」
美優が申し訳なさそうに言った。佳代は、川畑の言っていた勉強に集中すべき時であると言うのは事実なのだろうと思う。駒場というクラスメイトの死を悲しまないわけではないが、生徒たちの目の前に迫っているのは受験なのだ。しかしそうだとしても……佳代は少々迷いながらも話し始める。
「美優ちゃん、お通夜は行こう。勉強で焦りを感じるのは分かるけど、クラスの仲間を悼む気持ちは大切にしなきゃいけないよ。点数だけを追いかけるような人間になったらきっと人生のどこかで躓くものだから」
美優はそう諭されても迷っていた。佳代は彼女の結論が出る前に整体の予約時間に間に合わないと学校を後にした。
外に出て校舎を振り返ると、佳代の教室が見えていて教師が歩きながら授業をしているいつもの光景が見えていた。
美優の声が廊下に響き渡った。川畑たちと対峙したのち、佳代は正門へと続く廊下から外に出ようとしているところだった。チャイムが鳴り、美優は教室に戻るべきか佳代を追うべきか迷う。佳代は振り返っていた。
「美優ちゃんは、授業を受けなさい。私は予定があるから」
「川畑君とのやりとりで気分が悪くなった?」
「前から予約していたの。駅前にある整体。この前の体育の授業からずっと膝が痛くて、寝起きなんて足を引き摺るくらいだし、少し寒い日だと触っただけでも痛いから、診てもらおうって。大丈夫。担任の先生には話してあるから」
「てっきり佳代さん怒っちゃったのかと思った」
「何に?」
「川畑君」
「まさか。でも、上手じゃない嘘だとは思ったけど」
「嘘なんてついていた?」
「真中君のあの反応を見たら分かったよ。駒場君とのことで何か隠し事をしていて、きっと、仲間内で口裏を合わせていたんでしょう」
「そうなのかな。私にはそんな風に見えなかった。真中君はいつもおどおどしがちではっきりしない印象。だけど川畑君の説明は理路整然としていて、説明もそうだよねって思ったし」
「川畑君を見ているとね、投資のプロと呼ばれる人たちを思い出す。彼らはね、ニュースなんかに出てきて理路整然と株が上がりますよとか言うんだけど、結局自分達が儲けるために過剰な言葉で宣伝していたりする。だからね、投資の世界には、筋の耳打ちは信じるな、っていう格言があってね、筋というのはその筋の人。つまり説明の巧みなプロのこと。今回で言えば、理路整然と語る川畑君よりも、真中君みたいな素朴な人から聞くのが正解。だから実際真中君を観察していたけど、目も合わせないし、言葉に詰まるし、私には隠し事をしている姿にしか見えなかったけど、美優ちゃんはどう?」
佳代の話を聞き終えた美優は困った顔をしていた。その顔を見て、川畑と対峙していた時にクラスの生徒たちが同じような顔をしていたと佳代は思い出す。まるで企業が倒産した時にニュースに映る社員たちの表情のように不安を帯びている。
「私たちは受験があるから……」
美優が申し訳なさそうに言った。佳代は、川畑の言っていた勉強に集中すべき時であると言うのは事実なのだろうと思う。駒場というクラスメイトの死を悲しまないわけではないが、生徒たちの目の前に迫っているのは受験なのだ。しかしそうだとしても……佳代は少々迷いながらも話し始める。
「美優ちゃん、お通夜は行こう。勉強で焦りを感じるのは分かるけど、クラスの仲間を悼む気持ちは大切にしなきゃいけないよ。点数だけを追いかけるような人間になったらきっと人生のどこかで躓くものだから」
美優はそう諭されても迷っていた。佳代は彼女の結論が出る前に整体の予約時間に間に合わないと学校を後にした。
外に出て校舎を振り返ると、佳代の教室が見えていて教師が歩きながら授業をしているいつもの光景が見えていた。