第23話 私は邪魔者

文字数 2,879文字

佳代が連れて行かれたのは庁舎の建物であった。黴臭い廊下を石渡が示すほうへと歩き、取調室のような部屋に入った。佳代は石渡と中央の机に対面で座り、朝比奈も正面に座った。机には分厚いファイルが置かれていた。

「正直にお話頂ければ、すぐに帰ってもらうことができますので」

「私はいつも正直ですよ」

「佳代さん、真面目に対応されることをお勧めしますよ。心証というのもありますからね」

朝比奈が挟んだ。窓から差し込む光で舞っている埃が光る。

まるで犯罪者のようだと佳代は思った。

「では始めましょう」

石渡はファイルを佳代には見えないように開き、次々に質問を投げかけた。

いくつかのやりとりで佳代がおおよそ理解できたのは、インサイダー取引の疑いと言うのは本当のようで、佳代が大儲けした株式投資に関して、企業の経営情報を不正に得ていたと思われていること、具体的には、佳代の投資していた中堅食品メーカーが、彼女が株を購入した直後に株価が急上昇したのであったが、それはそのメーカーの内部情報を知っていたからだということだった。

「高田佳代さん、ここまでお話した行為について、認めますか? あなたは不正に入手した情報を使って大きな利益を手にしたのですね」

「あ、もしかして」

佳代は石渡の投げかけに答えることなく、急に立ち上がった。佳代は質問に答えながらも、川畑のことで頭がいっぱいだった。そして美優が別れ際に言ったカンニングという言葉を噛みしめていたところ、川畑がそれをしていたのかもしれないという考えに至ったのだった。

川畑のカンニング。彼が受けたテストのいずれかでやったことか、もしくは複数回やっていたのか。佳代の脳裏に駒場が浮かぶ。そのカンニングに関してトラブルがあったのかもしれない。例えば駒場が川畑に注意をしたとか、教師に告げると脅されたとか。

「朝比奈さん、川畑君がカンニングをしていたんじゃないかしら」

「いきなりなんです?」

「調べてくれませんか? 川畑君がテストで不正をしていなかったかを」

「今調べられているのは高田佳代さん、あなたです」

「私はいいんですよ。だって、さっきの話、私がその会社の株を買ったのは、新商品がとてもおいしくて、スーパーの試食販売でもびっくりするくらいお客さんの反応が良かったからですから。それより川畑君のことです」

「彼は生徒会長でしょう? 馬鹿馬鹿しい」

「そこなんです。彼は真面目で、家柄もいい。それがプレッシャーになったのかもしれません。彼は推薦入学を狙っていて、どうやら推薦入学と言うのは、高校生活で気を抜かず、常に良い成績を撮り続けなければいけないんですって。もしかしたら川畑君がそのプレッシャーに押し潰れそうになって、カンニングで成績を維持しようとしたのかもって思いました」

「高田佳代さん、他人に、しかも未成年である高校生を無闇に疑うのは感心しません。しかも証拠もなく、悪評を我々に言いふらすだなんて、神経を疑いますね」

「動画配信はご覧になりました? 立派なんです。本当に。だけど彼はわざと事故を起こしたりもした。なんだか段々とつながってきたんです。彼がどうして必死で私を排除しようとしていたのか」

「いい加減にしなさい!」

大きな声を出して机を叩いたのは石渡であった。声は冷静であったが、怒りをはっきりと帯びていた。

「スーパー時代の同僚のかたがたから、証言が取れています。スーパーにはメーカーの営業がやってくるそうですが、いろいろとメーカー内部の情報を教えてくれると。そして高田佳代さん、あなたは特に熱心にそれらの情報を手に入れようとしていた。ときにスーパーの店長とメーカーの営業が事務所を締め切り内密な会話をしているところに聞き耳を立てていたという目撃証言を得ています」

「営業さんとは仲が良かったですけど……事務所に聞き耳を立てるなんてしないです」

「嘘はお立場を不利にするだけですよ。証言者もいますから」

「証言? 勘違いとか見間違いとかだと思いますよ。だいたい私はレジにずっと立っていたんですから、店長と営業さんの会話を聞くことなんてできないんです」

「証言を頂いた従業員のお名前は……あなたと親密なかたです。今でもパートとして働かれています。それで、お分かりですね」

「英子さんが? 冗談を」

佳代は石渡のヒントから、英子しか該当者がいないと考えていた。石渡は佳代の問いにそうだとも違うとも答えなかった。

自宅にも呼ぶ仲である英子。スーパー時代から愚痴を言い合い、励まし合っても来た友人である。

「高田佳代さん、お金は幸せを運んできません。お金は人を狂わせる。特に僕が見てきた事例では個々人が狂うことはなく、狂うのは人間関係でした。大金を手にした者は、狂うことはなくても、生活や考え方に多少の変化はあるものです。そして大金を手にした者を見ている者も狂うまでいかずとも小さな妬みや焦りを感じるものです。そうして互いの小さな変化がすれ違いとなって、ずっと仲良くしていた筈の者たちがバラバラになっていくのを私は何件も見てきました」

石渡は佳代にそう語り掛けた。しかし佳代は反応することなく、また川畑のことを考えていた。

「私、帰ります。やっぱりこんなことをしている暇はないんです。駒場君とのこともまだ分かっていないですし、そうだ、警察との関係もおかしいと思っていますよ。何かしら、川畑君を慮っているようにしか思えないです」

佳代は扉のほうへと歩き出したが、朝比奈が止めた。佳代は手を振りほどこうとする。

「自分の心配をなさったほうがいいと言っているんです。罰金であなたが投資で儲けたお金がすっかり無くなってしまってもいいんですか? 協力すれば少しは情状酌量もある筈です。しかし今みたいに反抗的となれば、懲罰は最大限になるでしょう。そうしたら、高校どころか生活費もままならなくなるんです」

朝比奈は忠告したが佳代は彼を睨んだ。いつも愛想よく陽気な佳代であるのに、眼には怒りの色があった。

「お金なんてどうでもいいんです。私は高校生として楽しく過ごしたいだけです。クラスの子たちと一緒に、元気に楽しく、卒業したいだけです」

「とにかく、お帰り頂く訳にはいきません。証拠隠滅の恐れがあるのですから、事実が分かるまで、何日でも、ここにいて頂きますから」

石渡が言って、朝比奈が佳代を椅子に押し戻した。佳代はとても悔しかった。若くない自分ではとても力では勝てそうにもない。

「高田佳代さん、若い子の邪魔をするのは、もういいでしょう」

朝比奈が言った。佳代はその言葉で力が抜けていくのを感じた。

本当のことを明らかにしようとしているだけなのに、邪魔だったのだろうか。ずっとそうではないと思ってきたが、誰も共感してくれることはない。

川畑が生徒会長だから? それとも名家の子息であるから? 今頃川畑は今頃動画の閲覧数が伸びていくのを満足げに見ているのだろうか。佳代の心に虚しさがどっと押し寄せていた。

「私がまだ本当の高校生だったら違っていたの?」

佳代は俯いて呟いたが、石渡も朝比奈も気に留めることはなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み