第17話 危害の恐れ

文字数 2,610文字

美優はいつも学校の帰りに駅前のコンビニに寄る。購入するのはだいたい同じチョコスナックであるが、その日も慣れた動作で棚に手を伸ばそうとしたところ、佳代の顔が目の前に現れた。美優は佳代がその日欠席であったことから日中教室では会っておらず、だいたい模試の結果が返却された日の騒動から佳代がずっと休んでおり、LINEも既読がつかない状態だったから久しぶりでもあって大いに驚いていた。

佳代はそんな美優に平然とした態度で接する。

「学校に行ったんだけど、門のところで担任と主任の先生が交代で番をしていて、いれてくれないんだよね」

佳代が言うと美優はいつもの同調した表情で「ひどい」と合わせる。

「厄介者になっちゃったね、私」

「辞めちゃう?」

美優は聞きづらそうにしつつ、尋ねた。

「先生たちは、私が退学届を持ってきたら、校内に入れるって。持っていく気は全然ないけれど」

「話しにくいけど……話すね。皆、佳代さんのこと悪く言ってる。受験の邪魔だって」

「そう……」

佳代は少々ショックであった。川畑の不審さが増す中で、少しくらいは生徒たちが味方になってくれているのではないかと期待していたし、佳代の入学を快く受け入れてくれていたクラスの生徒たちには感謝しかなく、それが嫌われてしまったとなればとても辛いのであった。

「皆が私のことを言うのは、川畑君が私のことを悪く吹聴しているから……かな?」

「ううん、そんなではないよ」

「美優ちゃんのいないところでこっそり言いまわっているとか」

「それは分からないけれど……でもね、彼は、逆に佳代さんの言うことを真面目に聞こうとしているんだと思うの。あのね、川畑君が駒場君のお悔みに行くって話してた」

「お悔み?」

「駒場君の自宅に行って手を合わせるって」

「私がお通夜に行くべきだって苦言を呈したから?」

「多分。もちろんお通夜には間に合わなかったけど……」

佳代は美優の話を素直には受け取れなかった。もちろん、川畑が亡くなった駒場を想ってのことかもしれないが、自転車で佳代にぶつかることを実行する彼の思考や態度からは佳代と敵対はしても従順に従うと考えられなかった。

「川畑君って意外と繊細というか、強迫観念のあるタイプなのかしら」

佳代はぼやくように言ったが、そのとき彼の鞄から落ちた睡眠薬が浮かんでいた。ストイックであり過ぎ、極端な行動に出るタイプであるから、駒場のこともふと思い出した時にお悔みに行かねばとなったのかもしれない。

「私にも川畑君が分からないときも多いんだ。目標達成のためには、出来ることを全てやるべきだってよく言っているんだけど……たまに危なっかしいこともしちゃうから……多分、頭が良すぎるんだと思う」

「危なっかしいことは……論外だよ。それは頭がいいとは言わなくて……」

佳代はそこまで話して嫌な想像が頭をよぎった。その想像はあまり明確ではなかったが、川畑たちが駒場の団地へ向かっている姿にやたら殺気が帯びている様をイメージしてしまったのだった。

本当にお悔みのために駒場宅を訪れるのだろうか。佳代にはそんな疑念が湧いた。何か別の目的があるのではないだろうか。美優の言った通り、駒場は目標達成のためには手段を選ばない人間なのだろう。そう考えた時、彼の目標とは何なのか……。

「川畑君は受験に成功したい。志望校に入学したい。それが彼の目標なのかな」

佳代はそう言って、美優に視線を向ける。

「うん。そうだよ。すごく一生懸命。彼のお父さんと同じ大学に行くんだって一年生の時から言ってた」

「でも、推薦で入学が決まったんだよね。だから目標は達成された。ならのんびりすればいい。そんなに切羽詰まって行動しなくていい筈よね」

「それは……生徒会長だからその責任感で皆の受験も気になっているんだと思う」

美優はの答えに佳代は頷きながら、自転車で突っ込んできた川畑を想った。いくらゆっくりと走る原付バイクであるとはいえ、打ちどころが悪ければ川畑は重傷を負うかもしれないし、悪くすれば命も落としかねない。佳代を攻撃するのは、他の生徒たちの受験の妨害になるからだとして、そこまでやるのはやはりおかしい。川畑は、せっかく推薦入学が決まっているのに、他人のために自らの危険を顧みずに行動する人間なのだろうか。佳代にはどうしてもそうは思えなかった。川畑の行動はきっと自らのため。美優の言った志望校への入学のための行動なのだ。とすれば……。

「美優ちゃん、推薦入学って本当にもう確定しているの? 何か追加で試験があったり、川畑君が満たすべき条件があったりしない?」

「私も詳しくないから……だけどよっぽどのことがない限り大丈夫って担任が言っていたから」

「よっぽどってなんだろう」

「担任が冗談交じりに言っていたのは、推薦されていない生徒も悪さをしないようにって。確か他の学校で、生徒が集団で万引きしたのが補導されて、それが原因で大学からその高校の推薦が取り消されたっていうのがあったみたい。だから川畑君たち推薦入学が決まった子たちに迷惑かけないように、皆いい子でいなさいって」

「普通に高校生活を過ごしていればそんな目にはあわないのに」

美優は佳代の問いかけに困った顔をした。佳代が考えていたのは、もし川畑が推薦入学の取り消しを恐れているのだとすれば、例えば万引きのような犯罪がその裏にあるのかもしれないということだった。

佳代の認識している範囲では、最初にあるのは駒場の死。そこに川畑が触れられたくない何かがあるのだろうか。彼は友人の通夜であるのに参加しようとせず、無関係でいようとしていた。しかし佳代がそれをおかしいと言った。それが川畑にとってそうも嫌なことだったとすれば、そこには万引き以上の何かが隠されているのだ。

「美優ちゃん、川畑君が駒場君のお家に行くのはいつのことか分かる?」

「今日、お昼休みに話していたから、放課後に行っているんじゃないかな」

佳代はそう聞き、慌ててタクシーを拾いに道路脇へと近づいた。川畑が弔意のために駒場宅へ行くとはやはり思えず、きっと何か目的があるのだと考えた。しかも川畑が触れられたくないことに関係していて、場合によっては暴力的な手段に出てもまでも果たしたい何かのためなのだろうとしか思えなくなっていた。

「急がないと駒場君のお母さんに危害が加えられるのかもしれない」

タクシーに乗り込んだところで、隣に座った美優に佳代はそう言った。
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