第21話 ズルをした人

文字数 1,592文字

佳代がタクシーで告げた行き先はF駅だった。到着したのは朝八時。訪れたことのないその駅前は、通勤や通学客が集まってきていて混雑していた。そこは同じクラスの真中が毎朝利用する駅である。

牛丼店の前に立ち、バスターミナルを見張った。美優から、真中は自宅からF駅までバスでやってくると聞いていた。

佳代が真中を待ち伏せていたのは、彼を問い詰めるためである川畑と行動を共にすることの多い真中は恐らくすべての事実を知っている筈だと佳代は考えていた。そして同時に固く口留めされているのであろうことも想像できた。

バスがやってきて乗客が次々に降りていく。佳代はその中に真中を見つけた。しかし近寄ろうとしたとき、彼の後ろから出てきた人物に視線を止めた。真中と共に出てきたのは、川畑だった。松葉杖でバスのステップを降りていくのを真中が支える。

川畑の自宅はF駅ではない。佳代があっけにとられていると川畑が杖で佳代を指差した。

「ストーカーですか?」

川畑が真中に支えられながら近づいてきて真面目な顔で言う。佳代はその場を離れようかとも考えたが、やましいことをしているのではないと考え直し立っていた。

「私が真中君の? 残念だけど私にはもう恋心は芽生えないんだ。随分むなしい目にあってきててさ。だからストーカーになんてならない。ここにいたのは聞きたいことがあったから」

佳代は苦笑いで答えたが川畑は表情を厳しくした。隣の真中は視線を泳がせている。

「気味が悪いです。担任から退学を勧められたのに無視をして、生徒の登校ルートで待ち伏せするだなんて」

川畑は言い、スマホを取り出し耳に当てる。

「真中君、このままでいい? このまま受験をして卒業をして、無事大学生になれる? 後ろめたくはない?」

川畑がスマホで誰かに助けを求める間、真中は目を反らしていた。

「この前、駒場君の家に皆で行ったでしょう。そのとき、棚からファイルが一つ抜き取られたの。誰がやったことか、私には分かっているし、真中君も知っている筈。駒場君が友達だったのだとしても、持ち物を勝手に取っていくのは窃盗だよ。君は犯罪を見て見ぬふりをすることになるし、庇ったことも罪になるんだよ」

川畑は佳代と真中の間に入り、会話を遮る。

「父に伝えさせてもらいました。すぐにこちらに向かうと言っています」

川畑は佳代を睨んで言った。しかし佳代は川畑を押しのける。松葉杖が傾いた川畑は地面に転がる。

「なんてことを! 暴力だ。暴力を振るわれた」

「真中君、私たちは盗まれたファイルが何であるかも分かってるから。テスト問題と解答を綴っていたファイルだよね。駒場君が大事に保管していたファイル」

川畑が騒ぐのを佳代は無視して真中に詰め寄っていた。真中はファイルの中身に佳代が言及した瞬間、ブルリと震えた。

「でも私には君たちがどうしてそんなものを持って行ったのかが分からない。だから私は真中君にそれを教えて欲しいと思った。大人の社会でもね、会社同士が密かに手を繋いで悪さをすることがある。でもそんなとき、自白を真っ先にした会社は罰を受けないか、とても小さな罰で済む。つまりね、もし真中君が正直に教えてくれたら、君は他の子たちと違って罰を受けずに済むんだよ」

佳代がそう言ったとき、真中は顔をあげた。そして喉の奥から絞り出すような声を出す。

「僕はズルはしてない」

真中は川畑に促されて駅へと歩き出す。佳代は引き止めようとしたが川畑が振り向こうとする真中にそうはさせなかった。

佳代は二人を目で追いながら、真中がズルをしていないと言った姿を思い返していた。

ズルというのは何だろうか。僕は、と強調したという事は、他の誰かがズルをしているということなのだろうが、それは川畑のことではないか。しかし隣に本人がいる中での発言であり、確証までは持てない。なのに佳代は川畑が何かしらのズルを働いたのだと思えて仕方がなかった。
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