第3話 同級生との別れ

文字数 2,082文字

「駒場が死んだって」

一時限目の授業が始まる直前に、ひとりの男子生徒が教室に駆け込んできて皆に大きな声で伝えた。

「そういう冗談やめて」

黒板近くにいた女子生徒が怒って答えた。

「いや、本当らしいんだ。職員室の前で主任と国語の先生が話しているのを聞いた」

駒場の席は教室の右後方。佳代は彼の席を振り返ってみて、確かに彼の姿を週が明けてから目にしていないことに気がついた。

「聞き間違えじゃないかしら?」

佳代は男子生徒に尋ねる。学校を休む人間くらいいくらでもいるし、確かに一週間近く不在であるというのは珍しいかもしれないが、死んでしまったからだとは俄かに信じがたい。

しかし男子生徒は揺るがず、教師たちの声をはっきりと聞いたと主張した。そして教室中がどうやら冗談ではないとなったところで誰も声を発さなくなった。つい先日までは教室にいた人間がもうこの世にいないという事実はあまりに重い。

佳代は駒場のことを思い返していた。一番最近の記憶は、校庭のベンチで駒場が思い詰めた表情をしていた姿だった。

佳代が休憩時間にトイレから出ると窓越しに彼を見つけたのだ。駒場は手には参考書を持っていたので、熱心に勉強していたのかもしれなかったが、何度かため息をつき、そのたびにぐったりと項垂れるのだった。

「何か悩んでいたのかしら。友人関係とか」

佳代が呟くと、他の生徒が一斉に視線を佳代に向け怪訝な顔をした。

「僕たちは駒場とは仲良くしていました。悩むとすれば佳代さんとのことじゃないですか?」

駒場の死を告げた男子生徒が不快げに言った。佳代はよくある悩みの例えとして友人関係をあげたのだったが生徒たちからすれば言いがかりに聞こえたのだった。

「私とのこと? こんなおばさんが彼にとって大事だったのかしら……」

佳代は首を傾げ、真剣に考えようとしてみたが、同じ教室にいたとはいえ毎日接点があるほどでなく、水泳の時間のような事も些事にしか思えなかった。

「皆、自分の席に戻りなさい」

担任教師がいつもの一時限目より五分遅く入ってきて言った。

「今日は、とても悲しいお知らせをしなければなりません。このクラスの一員である駒場君のことです。今週は月曜から欠席していたのですが、どう言えばいいのか……お亡くなりになりました」

生徒たちは既にそのことを掴んではいたが、まだどこかで事実でなかったり勘違いであったりするのではないかと思っていたので、担任教師から明確に告げられると改めて大きな衝撃を受けていた。

「先生、駒場君が悩んでいるのを私は見ました」

佳代は手を挙げて発言した。担任は顔をしかめて佳代に近づく。

「高田佳代さん、それがどうだというのです?」

「どうというか、そういうことがあったとお知らせしておきたくて」

「僕らは駒場とはうまくやっていました」

男子生徒が慌てた様子で口を挟んだ。

「待ってください。駒場君の死に事件性はありません。自殺でもありません」

担任教師が震える声で言った。確かに誰も駒場が自ら命を断ったとは言っていなかった。

「なら事故ですか? もしかして病気ですか?」

生徒の一人が尋ねた。担任教師が声を詰まらせながら答える。

「駒場君は、週末に不幸な事故に遭ったのです。土曜の深夜、彼は何を思ったのかD川で泳ぎ……溺れてしまいました。D川は見た目は穏やかですが、流れは不規則で急に強くなったりすることは皆さんもご存知でしょう。駒場君は川で溺れ、翌朝、川べりに流れついているのが見つかったとのことです。発見後すぐ、病院に運ばれたのですが間に合いませんでした。なので……彼はもう学校に現れません。皆さんの大切な仲間です……ショックは大きいと思います。しかし三年生の皆さんにとっては受験まで猶予がないのも確かです。ですから授業は行います。もし気分がすぐれなくなれば手を挙げてください。本日は早退もやむなしということで校長先生の許可も貰っています」

D川での事故だと担任が言った瞬間、何人かが息を飲んだ。D川が見た目以上に危険であることを生徒たちは良く知っているが、水泳が得意な駒場でも駄目だったのだろうか。

「佳代さん、涙が止まらないよ」

重く沈んだ空気で埋め尽くされた中、佳代の側に美優が近づいた。

「悲しいと感じるなら、おもいきり泣いたほうがいいんだよ。声を出して泣いてもいい。ううん、そうすべきだよ。感情を押し殺してしまうと後で何倍にもなって戻ってきてしまうものだから」

佳代が頭を撫でると美優は声を上げて泣いた。つられるように教室のあちらこちらで泣き始める生徒たちがいて、それは男子であっても同じであった。

「先生、お通夜は今夜かしら?」

佳代は静かに担任のところまで行くと尋ねた。担任は驚いた顔をした。

「通夜は……分かりません」

担任は答えにくそうに言った。話が聞こえていた周囲の数人が振り向く。

「じゃあお葬式は? 最近だと家族葬かもしれないけれど……」

佳代はスーパー時代に同僚の家族や、時には同僚本人を亡くした経験があったから、通夜や葬儀に意識が向いていた。

「……分かりません」

担任は俯き加減で答え、そのときの彼の手は震えていた。
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