第57話

文字数 1,142文字

 シロが先頭を歩き。私はその後をフラフラと追った。

 洞穴の中は、意外にも凍えるかのような寒さがあった。
 辺りは暗く。前方の方からビュウビュウとした風が巻き起こり。いや、猛威を振るっていた。

 風の音で、耳を傷め。耳を両手で抑えると、さっきまでの大汗の滴が、瞬時に凍る。私は、今度は肩に下げた布袋から、提灯を取り出すと、暖を取るとともに明かりを点けた。

「ニャーーー!!」
「あ!! シロ!」

 シロが突然、真っ直ぐに暗闇の中で走り出したのだ。
 この洞穴には、人魂がない。
 明かりは、手に持った提灯だけだった。
 それでも、私はシロが何かを、それも必死に探してくれるために走り出したのだと思った。

 提灯片手なので、この吹雪の中。シロを追って、私は走ることができなかった。辛抱強くゆっくり歩いていると、やがて、洞穴の出口だろう。そこに巨大な扉が見えた。

 扉の取手は、血で真っ赤に染まり。
 おびただしい血が地面に流れていた。
 ムッとくる血の臭いに、鼻をハンカチで抑えると、この扉の向こうには大叫喚地獄が広がっているはず。と、確信できた。

 シロはどこへ?

 ひょっとして?

「シロ! やーい!」

 巨大な扉に呼びかけてみると、「ニャー」と微かだがシロの鳴き声が返ってきた。

 そこで、自分の肩が震えていることに気づいた。ここからは、恐ろしい大叫喚地獄だ。血も凍るような呵責の場所。

 だけど私は、火端さんを思い出して、勇気を振り絞り。ここにいても仕方がないので、扉をゆっくりと開けることにした。

 扉を開ける。洞穴の外は、鉄で肉や骨を打ち砕き、切り裂き、突く音と共に、至る所から悲鳴が鳴り響く凄まじい場所だった。
 
「シロ!」

 前方には、シロが半透明な人型の魂の一人を追い立てて、こちらにやってくるところだった。追い立てられた半透明な人型の魂は、よく見ると、右手に高級そうな金の腕時計をはめている。
 
 私のすぐ傍までくると、両膝に両手をつけて項垂れた。まるで、ぜえぜえと息を整えているかのようだった。

「シロ? ああ、この人が広部康介!」
「ニャー」

 シロが首を垂直にして、後ろ足だけで立ち。広部康介だろう人型の魂を、チョンと右前足でつついた。

 なんて……。
 賢い猫なのだろう。

 私一人では、ここ広大で凄惨な大叫喚地獄で、広部康介を探せずに迷い途方に暮れていただろう。

 広部康介の人型の魂は、金の腕時計を外して、こちらに差し出した。

「え? 持って行けというのですか?」

 人型の魂が頷いた。
 広部康介は、何か思惑かやってほしいことがあるのだろう。

 私は高級な金の腕時計を受け取ると、シロを連れ、再び洞穴へ戻った。

 多くの人型の魂が呵責による苦痛や苦しみで、大絶叫している場所で、広部康介は、私に最後に頭を深々と下げていた。
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