第47話

文字数 1,158文字

「もう、行くの? 早いぞ。まだ休んでろよ」
 古葉さんが目を丸くしていた。

「こんなに早く行くのは、何か理由があるんだよね。気をつけてな」
 谷柿さんが手を振っていた。
 
「もう、行くのか?」
 おじさんが腕組みをした。

「落ち着きがないわね……もうちょっと、ここにいればいいのに」
 おばさんが、心配顔をした。

「ほんとタフよねえ。火端くん……」
 霧木さんがため息を吐いた。

「よーし、行こう!」

 俺は音星とシロを連れ、夜中の暗くなった八天商店街へと向かった。
 玄関口にある掛け時計は、22時を指している。
 真夜中の八天街は、ここへ初めて来た時と同じくらいに不気味だった。なんだか、ぞわぞわしてしまう。

 そういえば、ここは八天街だったな。
 地獄に日本で、もっとも近い街と呼ばれているんだ。

 居酒屋などの飲み屋がたくさんある裏道を抜けると、八天商店街まで音星とシロと大通りを歩いた。ビュー、ビュー、と、いつまでも、まとわりつくかのような夏の生暖かい夜風が気味悪かった。

 俺は何か不穏な気分になって、首を向けると、隣を歩く音星は、ピンクのハンカチで時折首筋を流れる汗を拭いながら、静かに歩いていた。シロは尻尾をピンと上げて、今は俺たちの先頭を歩いている。

「なあ、音星?」
「はい?」
「なんで、俺と妹のために八大地獄巡りをしてくれているんだ?」
「ええ。ええ。それはもういいんですよ」
「え?!」
「実は、家に帰る途中だったのですよ」
「はあ? ひょっとして、地獄からかい?」
「ええ。実家の青森県まで歩いていました」

「……」
「火端さん? 私、何か変ですか?」
「いや、凄くいいやつなんだな……きっと……」
「ええ……そうですよね」

「?!」

 ザッ、ザッ、ザッ、と後ろからまるで、箒で掃くような音が聞こえる。

 おや? と、思って後ろを振り返ってみようと思うと、音星が俺のTシャツの袖を握って走り出す。

「火端さん! 走って!」
「ひっ! お、おう!」

 後ろには足のない変な怪物が箒で木の葉を掃いていた。
 何がどうしても、不気味過ぎる。

 俺たちの周囲から、外灯の明かりが徐々に消えていった。
 真っ暗になっていく大通りを、俺たちは戸惑いながら走って行く。
 ビュー、ビュー、と、吹いていた生暖かい風も、いつの間にか止んでいた。

「シロ! 頼む! 八天商店街まで走ってくれ!!」

「ニャ? ニャー!!」

 シロは大通りを八天商店街まで、まっすぐ走って行った。俺は、夜道をシロが八天商店街まで、安全な通路で導いてくれているかのような気がした。
 
 俺たちは、必死にシロを追い掛けた。

 街の至る所から、獣のような獣じゃないような生き物の咆哮がする。
 胸のざわざわ感が酷くなって来た。
 一本の角が生えた鬼や、鼻の長い天狗などの妖怪の大きな影が飲食店や本屋、ビルなどの窓に映っていた。
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