第1話 はじまり

文字数 1,219文字

 キュルキュルと、真夜中のアスファルトを激しく摩耗するタイヤ。
 対向車のライトに映える大量の灰色の煙を吐き出し。
 片側二車線の道路を右へ左へと突っ走る。

 そんな危険な自動車が一台あった。

 白線もお構いなく走るその車は、ついに車体が大幅にひしゃげてしまった。

 対向車線を走る普通自動車との正面衝突だ。

――――
 
 テレビではちょっとしたトレンドだ。
 凄惨な酔っ払い運転による交通事故だった。
 片方の運転手は即死。
 もう片方は俺の妹だ。
 
 妹は軽傷だった。

 妹はその後、運転手の遺体をガードレールから投げ落として、飲酒運転や死体遺棄などのてんこ盛りの罪で指名手配された。まもなく、無残に首を吊った状態で発見される。

 だが、妹は酒は飲まない。
 いや、まったく飲めないのだ。
 誰かに無理やり飲まされたのだろう。

  ある日に、占い小屋で妹が地獄へ堕ちたと聞いて、居ても立っても居られなかった。

 だけど、俺は妹は冤罪だと思った。


―――――


 大分県 別府 八天街(はってんがい)裏通り 26時42分


 ガガガガ、ガガガガ、ガガガガ……。

 俺のリュックサックの中のラジオが急にガガガガと鳴りだした。小うるさいので、ラジオを消そうとして背中に左手を伸ばしたが。その途端に、左手に冷たい感触を覚えて背筋がゾクリとした。

 ここは、日本で最も地獄に近い街。

 バスで海地獄。鬼石坊主地獄。かまど地獄。血の池地獄。龍巻地獄。鬼山地獄。白池地獄を地獄ツアーで巡った後で、「俺、とある事情で地獄に興味があるんです。今では、ちょっとした地獄マニアなんです」としつこく言うと、呆れたバスガイドさんは、ここ八天街をお勧めしてくれた。

 バスガイドさんによると、八天街はかなりやばいとこらしい。

 確かに今、実感しているけど……。

 どうやら、ここには本当の地獄への入り口があるらしいんだ。


 夜の八天街は、人通りが多く。
 大通りには、ブランコが中央にポツンとある公園。品物が店外にはみ出た雑貨屋やこじんまりとした銭湯。煤ぼけた古本屋などがあった。目立つ食べ物屋では洋食レストランにステーキハウス。ちょっとした軽食には喫茶店などがあった。

 その大通りから裏通りへ向かうと、

「やっと、見つけた!」
 
 俺は歓喜した。
 
 深夜なので、喧騒も静まり返った裏通りにそれはあった。隣接する建物は飲み屋が多い。その奥に煤ぼけた小さな神社があった。そこが、バスガイドさんから聞いた話では地獄への入り口の目印らしい。

 そんな俺はどうしてここまで地獄へこだわるのかというと、妹が冤罪を犯して死んだからだ。

 だから、俺は今も妹を探している。
 地獄の勉強をしまくって早1年。
 お蔭で、今ではちょっとした地獄マニアだ。

 ダンテ新曲。
 八大地獄。
 地獄とは違うけど、日本の黄泉国(ヨモツクニ)。中国で死者の赴く場所を黄泉(コウセン)または泉下(センカ)と呼んでいるところも知っていた。

 妹は確かに占い小屋の話では地獄へ落ちたはずだ。
 だから、俺が探さないといけないんだ。
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