第38話

文字数 1,441文字

…………

「はっ! ここは?!」 

 俺が今、立っている場所は緩やかな坂道だった。
 何の変哲もなく。
 草木も生えていない。
 空は相変わらず灰色で、飛んでいる小鳥やそよ風すらない。
 その坂道を、遠いところにある川から、姿がぼんやりと見える大勢の死者たちが何も言わずに下っていた。
 
 恐らく。ここからでは遠いけど、向こうの山々の麓に見える川は、三途の川だろう。
 三途の川から道が傾斜になっていて、坂道へと繋がっているようだ。
 そして、俺は「あっ」と驚いた。

 長い坂道の正面に位置づけられた門の脇に、閻魔大王が台座に座り。死者を忙しそうに見計らっていた。俺もたくさんの死者の中に、音星と弥生の姿を探した。

 そうこうしていると、閻魔大王と俺は目が合ってしまった。
 俺は気まずくなった。
 たじろいで、目を逸らそうとすると、閻魔大王が手招きした。

「こっちへ来い」
「え? 俺のことですか?」
「そうだ。こっちへ来い」
「はい……」

 閻魔大王が台座からいそいそと降りると、俺はその巨大な体躯に腰を抜かそうになった。威圧感が半端ない。さすがに恐怖の閻魔大王様だ。

「どうした? 何故こんなところに来たんだ?」

 だけど、閻魔大王は殊の外優しそうな人柄だった。
 かなり忙しい身のはずなのに、親切に俺に聞いて来た。

「あ、俺。亡くなった妹を地獄から救いに来ました。きっと、冤罪なんだ。俺の名前は勇気 火端 勇気です。妹は火端 弥生」
「……火端 弥生? ……ふむ。……冤罪? うーん……」

 閻魔大王は腰に差した閻魔帳の一つを俺に渡してくれた。

「そこに君の知りたいことが全て載ってあるはずだ。弥生という君の妹が地獄へ落ちたなら、地獄へ行く理由の善悪のことがはっきりと書かれている」
「は、はい! ありがとうございます!」
「そうだ……その閻魔帳は、私が休暇中の時にも、代わりに獄卒が付けてくれたようだから、非常に正確のはずだ。だが、万が一にも。間違いがあったり、食い違いがったり、新たな発見がるかも知れないな。君が冤罪だと思うのなら、そうかも知れない。さあ、私は忙しいのだ。帰った。帰った」
  
 閻魔帳とは、死者の生前の善悪を記しておくという帳簿だ。その帳簿には、弥生の生前の善悪が全て載ってあるはずだ。果たして、弥生は本当に俺の思う通りの冤罪のなのか?

 いや、ここで読んでしまえばわかるはずだ……。

「火端さん?」

 そこで、後ろから音星の呼び声がした。
 俺は振り向くと、死者に紛れた音星がいた。
 右手に持っている閻魔帳に気がついて、こちらを心配しているようだけど、俺は最初から平気なんだ。

 弥生は絶対に助けると決めたからなんだ。
 俺がニッと微笑むと、音星がコックリと頷いた。

「それは、閻魔帳ですね。やっと弥生さんが本当に冤罪なのかがわかりますね。火端さん? あちらの角で読んでみましょうよ」
「ああ、さすがにここで読むには死者たちに邪魔になるか……」

 音星の指し示した坂道の角は、何の変哲もない木が立っていた。風も吹かない場所なので、木の葉が揺れたり落ちたりもない。

 ここも、殺風景だな。
 俺は音星と共に、閻魔帳から火端 弥生の書かれた文章を探した。

 うん?
 昔の文章だな。

 それも書簡とかいわれるものに使うような文章だ。

 なになに……。

 火端 弥生

 ●月●日 火曜日
 
 飲酒に姦淫の疑い。
 酔っぱらっての周囲を惑わす妄言。
 
 車で人を轢く。

 轢かれたものは……。

「坊主??」
「お坊さん?」

 俺は目が回り、音星と顔を見合わせた。
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