第1話 Notorious

文字数 1,830文字

 夕闇迫る頃、平原を三千もの兵が駆ける。
 剣を持つ者、弓矢を持つ者、槍を持つ者と、それぞれが多種の武器を持ち、敵の襲来に備えている。

 一方、その光景を、空にも届きそうな高く切り立った崖の上から見下ろす者がいた。
 戦神と呼ばれるその少女は、ぼさぼさの黒い長髪に、傷だらけの(おさ)な顔、およそ戦いに似つかわしくない軽装をしている。まだ(よわい)16のメリアは、両方の瞳に(あか)い光を(たた)え、両方の手それぞれに長剣(ロングソード)を持っている。

 メリアの後ろには狂ったような(だいだい)色の夕陽があり、平原にその色を落としている。
 彼女は、身を()け反ると、大きく息を吸い込み、夕闇の色が強くなった空に向かって咆哮(ほうこう)をあげた。

 そして、駆ける。勢いをつけ、崖を飛び出す。頭を下にして、ぐんぐんと速度を上げながら落下し続ける。

 空から、それを追いかけるように飛龍(ワイバーン)の群れが滑翔(かっしょう)して降りる。メリアよりも速く、その距離を縮めていく。

 地表すれすれ、飛龍(ワイバーン)の一体が彼女を(あし)で掴む。
 速度を保ったまま、まばらな木々の間を抜け、平原を低空飛行して行く。

「魔物が来るぞ! 矢を放て!」

 号令で数百もの矢が向かって来る。飛龍(ワイバーン)巨躯(きょく)を回転させ、あるいは揺らしながら巧みに矢を(かわ)し、兵の隊列に迫る。

 薄い鋭利な双翼を目一杯に広げると、兵団に突っ込んで行く。
 刃と化した翼で、一気に、数百の兵の身体が上下に斬り裂かれる。

 平原が大量の血で染まっていく。

 さらに飛龍(ワイバーン)はメリアを平原に降ろし、大きく(くちばし)を開け、豪炎を吐き出す。数十の兵がその熱で焼き尽くされる。

 数匹の飛龍(ワイバーン)の攻撃に、なすすべなく兵たちは潰され、焼かれ、その数を減らしていく。

 地上で身体を起こした戦神メリアは、瞳の(あか)い光をさらに強める。左手と右手、それぞれに携えた長剣(ロングソード)が、呼応するように光を放ち始める。

 彼女は歯を見せた笑顔のまま、隊列の崩れた兵団へ向かい駆け出す。

 血の海を滑るように走り、勢いを殺さず回転しながら両手の長剣(ロングソード)を振り回す。ひと薙ぎで数人の兵の身体が吹き飛ばされ、あるいは首を()ねられ倒される。逃げる間もなく、攻める間も与えられず、兵団がさらに崩される。

 平原は、おびただしい血と炎の色で染められ、血腥(ちなまぐさ)く、焼け焦げた匂いを伴って、さながら地獄の様相を呈する。

 崩れた兵団を()き分け、とびきり大きな身体を持つ兵長が現れる。全身を灰色に鈍く光る(よろい)で固めるが、敏捷な動きで近付いて来る。

 小さなメリア五人分ほどの上背(うわぜい)で、彼女を見下ろし、右手の大剣(グレートソード)を凄まじい速さで振り下ろす。
 メリアは剣の軌道をあっさり(かわ)すと、地を蹴って跳び上がり、がら空きになった図体(ずうたい)に何度も長剣(ロングソード)を突き立てる。その度に硬い音が響き鎧がへこみ、兵長は後ろに倒れそうになる。

 兵長は倒れまいと踏ん張り、大剣(グレートソード)を下から振り上げるが、メリアの姿を見失う。
 剣を上げたまま、周りを見廻(みまわ)すと、大剣(グレートソード)の先に彼女はちょこんと乗っていた。

「じゃあな!」

 そう叫んで、メリアは大剣を滑り、両手の剣を交差するように薙ぐ。

 兵長の(かぶと)ごと、胴体と切り離された頭が吹き飛んでいく。
 それが地面に落ちると、静まり返った戦場に、硬い音と頭の潰れる音が同時に響く。

 彼女が再び地に降り立つと、頭を失った兵長の胴体は血を噴き出しながら崩れ落ちた。
 兵長の血を浴びたまま、笑顔の彼女は耳を(つんざ)くような大声を上げ、兵たちを威嚇(いかく)する。

「さあ、次はどいつが死にたいんだい?!」

 にわかに兵たちが恐怖を叫び、逃げ出す。

「戦神メリアを倒すなんて、無茶だったんだ!」
「人の子じゃあいつには敵わない、逃げろ!」

 我先にと逃げ惑う兵を、メリアは追わない。
 飛龍(ワイバーン)たちが追行(ついこう)しようとするが、それも左手の長剣(ロングソード)を掲げて制する。

 生き残りの千人ほどの兵が丘を登って行く様子を眺めながら、彼女は(つぶや)く。

「ったく。アタイだって人の子だっつーの」

 飛龍(ワイバーン)の一体、ヴィル=ナラは彼女に近付き、忠告する。

『メリア。このまま奴等を始末した方が良いのではないか』
「駄目だよヴィル。それはルキじいちゃんの遺言(いいつけ)とは違う。アタイたちは西の航路を守るだけだ。それに、あんなに怖がってたんだ。しばらくは来ないさ」
『……分かった。だがお前は人の子に甘過ぎる。いつかその身を滅ぼすことになるぞ』
「そうかい。それならそれで、アタイを倒した奴を()めてやるさ」

 ヴィル=ナラが(うな)り声を上げる。メリアは彼に軽く手を当て、表皮を(さす)(ねぎら)う。

 草木が燃え盛り夜の闇を払い()け、その炎は、真紅(しんく)に染まった平原を照らしていた。
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