第24話 Deathbeds

文字数 3,358文字

 夕陽の色に染まった神殿の中。
 イニルムは右腕を大鎌(おおがま)に変え、地を蹴った。
 メリアは背負った長剣(ロングソード)を引き抜く。剣身がメリアの瞳の光に呼応して(あか)く輝き出す。

 イニルムの大鎌がメリアの首を狙う。
 メリアは()()って攻撃を(かわ)し、長剣(ロングソード)を振り上げ彼の腕を切り落としにかかる。
 剣はイニルムの左腕に弾かれ、体勢を崩したメリアの真上から大鎌が振り下ろされた。その勢いを止められそうになく、メリアは剣を前に出すと、顔を()らし目を(つむ)る。

 大鎌の刃の先端が、メリアの首に少しだけめり込んで止まった。
 メリアは目を開ける。イニルムの驚いた表情が見えた。

「オレの腕が言うことを聞かない……。どうしてだ」

 イニルムは震える右腕を、左手で抑える。
 身体を(ひね)って大鎌から離れ、メリアは首に手を当てる。少しだけ血が流れたようだ。

 ザニドが腰の剣を抜きふたりに近付いていく。
 ……感情とは厄介なものだな。この傀儡(くぐつ)は解体して、もう一度作り直す必要がありそうだ。その前にこの女を殺さなければ。

 マレルとベルウンフ、アシュがザニドの前に立ち、それぞれの武器を手に歩みを止めさせようとする。ザニドは鼻を鳴らし、剣を一閃して彼らを吹き飛ばす。
 後ろから噛みつこうとするナビを、体を回転させて蹴り飛ばす。

「邪魔だ! 人の子や魔物が私に触れられると思うな!」

 横からキヴリが飛び込んで来る。捨て身でザニドの顔を目がけ黒い腕を伸ばす。
 ザニドの瞳が黒く光ると、触れもせずにキヴリの体は宙を舞い、勢い余って前方の柱に強く打ち付けられた。
 (うめ)き声を上げて倒れたキヴリに、アシュが駆け寄って行く。

 ザニドは情けない姿勢で転がっている人の子や魔物を見廻(みまわ)し、言い放つ。

「この傀儡(くぐつ)を破壊し、この女を仕留めた(あと)に、お前たちはぐちゃぐちゃにして殺してやるからおとなしく待っていろ」

 イニルムは怒りの表情をザニドに向ける。

「お前、何を言ってるんだ。傀儡(くぐつ)って……」

 リリシアの中で、災厄の女の記憶が蘇る。

「あいつは、奈落の神……なの?」

 ザニドが醜い笑みを浮かべる。

「だとしたら何だ。今から死にゆくものたちへ説明する言葉など持たぬ!」

 そう叫んで、ザニドは姿を変える。黒の服は裂け、ふたまわり大きな黒い獣となり、天井を仰いで咆哮(ほうこう)を上げる。獅子のような頭、体にびっしりと(まと)わり付く(うろこ)。太い四肢の先には、鋭く光る長い爪が生えている。

 飛行船から下りて来た魔道士(メイジ)たちに、パナタが命ずる。

(みな)、獣に力を放て!」

 魔道士(メイジ)たちの緑の光の矢が獣に向かって飛ぶ。それらを全て閉じた両腕で受け止めると、気味の悪い鳴き声と共に腕を勢い良く開く。
 緑の光の矢は、()ね返るように魔道士(メイジ)たちに襲いかかり、その身体を次々と飛ばしていく。

 獣の背後から、アシュの魔術の支援を受けたキヴリの一撃が入る。獣は衝撃でよろめくが、脚に力を込めて踏ん張ると、大きな獅子の頭を振ってキヴリに当てる。
 キヴリは激しく床に打ち付けられ、鈍い音を立てる。

 獣がキヴリにとどめを刺そうと腕を振り上げる。
 リリシアの放った(あお)い光の槍が獣の鱗に突き刺さる。獣はリリシアを(にら)むと、体を震わせて刺さった光の槍を()ね返す。

「ザニド……は、奈落の神? オレは千年も、ずっと騙されて、(もてあそ)ばれていたってのか……」

 メリアが声をかけるが、イニルムは自分の世界に入り込んでおり、誰の声も耳に入らない様子だ。

「オレの最初の記憶……ザニドがいて、(あるじ)のことを聞かされて……オレはただの傀儡(くぐつ)……暇つぶしの……道具……?」

 獣の腕がふたりに伸びて来る。メリアはイニルムの腕を引っ張り、後ろへ飛び退(すさ)る。

「あんた、戸惑ってる場合じゃないぞ! アタイたちであいつを止めないと!」

 イニルムはようやく声が聞こえるようになった。メリアの顔を見て(うなず)く。

「オレは、……オレは傀儡(くぐつ)なんかじゃない! 神獣イニルムだ!」

 瞳の茶色の光をさらに強く輝かせると、イニルムの右腕は大きな(つち)に、左腕は長く鋭い刃に変わった。
 やぶれかぶれに走り出し、真正面から黒い獣に向かって行く。
 
 獣から伸びた爪による斬撃を刃で()()け、大鎚(おおづち)を下から振り上げる。硬い音が響き、獣の鱗が数枚剥がれ落ちる。

傀儡(くぐつ)(あるじ)に仇なすとは、面白い趣向ではないか。褒美に、ばらばらにしてあの女の身体とくっつけてやろうか。そうだな、下半身は……』

 瞳を(あか)く光らせたメリアが上から降って来る。
 長剣(ロングソード)を振り下ろし獅子の頭を狙うが、器用な動きで(かわ)され、腕の一撃を腹に喰らう。後ろへ吹き飛ばされ、床をごろごろと転がっていく。

 イニルムの大鎚(おおづち)がもう一度、鱗の剥がれた部分に強烈な打撃を与える。獣は(うな)りながら体勢を崩す。
 なおも刃で斬りかかろうとするイニルムの体が宙に浮く。彼は獣の真正面でなす術なく足をじたばたとさせる。

 獣は腕を引き勢いをつけて、イニルムに向かい腕を伸ばす。
 その時、緑の細い糸が腕に絡まった。パナタが糸を思い切り引くと、獣の腕がちぎれてその勢いのまま、イニルムの横を通り過ぎて床に落ちていった。

 パナタはさらに、糸を獣の首にかける。
 焦った獣は体の形をザニドに戻し、糸から逃れる。

 ザニドは片腕で床の剣を拾い、宙から解放されて床に転がったイニルムに斬りかかる。
 イニルムは体を(ひね)って攻撃を()け、ザニドの足を払う。床に仰向けになったザニドの視界に、真上から長剣(ロングソード)を振り下ろすメリアの姿が映る。

『ヴァァアアァァア!!』

 叫んでザニドは胸から漆黒の翼を生やす。片方の大きな翼でメリアの身体を弾く。強い衝撃でメリアの身体は宙に放り出され、勢いそのままに神殿の外へ飛び出して行く。
 ザニドは剣を持つ手に力を込める。胸の翼を羽ばたかせ、仰向けのままメリアを追いかける。
 
 メリアは長剣(ロングソード)を構えようとするが、上手く身体の向きを変えられず、なす術がない。
 すぐ近くまで、ザニドの醜い笑顔が迫ってきた。

 終わりなのか。

 諦めかけた時、二つの巨大な腕が現れた。
 一つはメリアを受け止める。
 一つはザニドを強く握り締める。

『何だこれは! こんな力……!』

 ザニドの目に、身体を起こし瞳を(あか)く光らせたメリアが映る。
 メリアは、渾身の力を剣を持つ両手に込め、思い切り振り抜いた。

 そして。

 ザニドの頭は、その体から離れて飛んでいった。

 分裂した両方から、闇が広がり辺りを染めていく。悲鳴のような轟音が響き渡る。
 やがて、音が鳴り止むと、闇は神殿を吹き抜ける風に払われて消えていった。

 メリアの身体を支えていた、神殿の床や壁から剥がされたと思われる石の欠片(かけら)の集合体は、彼女を神殿に降ろすと、ゆっくりと崩壊していった。

「ラピ!」

 メリアが倒れたラピに駆け寄り、彼を抱きしめる。

『神殿を壊しちゃった。天空神に怒られるかな……』
「そんなことどうだっていい。ここで消えちゃ駄目だ。一緒にエンドラシアに戻ろうよ」

 ラピの体の力が抜けていく。

『メリア。僕、メリアに会えてよかった。……魔導珠(まどうじゅ)はエンドラシアに持ち帰ってよ。それで……いいや……』
「まだ一緒にいたいよ! 一緒に遊ぼうよ! ……寂しいよ……」

 ラピは最後の力で手を動かし、メリアの手に重ねる。その手にメリアの涙が落ちる。

『ありがとう……メリアの……かお……』

 ラピは黒い(ちり)になって風に乗り、消えていった。
 床に魔導珠(まどうじゅ)が、乾いた音を立てて落ちる。輝きは失われていた。

 メリアは魔導珠(まどうじゅ)を拾い上げ、立ち上がった。
 目の前に、イニルムが呆然として立ち尽くしていた。
 イニルムの顔にひびが入る。ひび割れは、徐々に広がっていく。

「腕にも足にも力が入らないんだ……。やっぱり、オレはザニドの傀儡(くぐつ)だったみたいだ」
「イニルム……」

 腕が取れて床に落ち、破裂して砂に変わる。
 イニルムの目から、黒い涙が流れる。

「何だったんだろうな、オレ。たくさんの命を壊してきたけど、今更だけど、怖いんだ。無くなるのが……怖いんだ」

 その言葉を(のこ)して、イニルムは崩れていった。砂煙が風にさらわれる。

「奈落の神はつがいだ。蛇と獣。同時に倒したことで、奴は完全に消えたようだ」

 ルキの姿の天空神が歩いて来る。

「おれも、力を使いすぎたようだ。そろそろ限界かな」

 メリアの前で立ち止まり、彼女を(にら)みつける。

「望み通り、最後の戦いをしようじゃないか」
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