第11話 Egoist

文字数 4,641文字

 帝国は大きな壁に囲まれ、その中に幾つもの街が区分けされている。中央の一際(ひときわ)大きな街の、さらに中央に、アルシュアルト城が(そび)えていた。

 城の中、謁見(えっけん)の間の扉が二人の兵によって開かれる。

 第一王子ダマクスが、ゆっくりと広い空間に入室する。およそ三十人ほどの爵位(しゃくい)を持つ者が並ぶ先、玉座には、アルシュアルト皇帝がこちらを(にら)んで腰掛けていた。
 玉座の左右には、重装の兵が配置され、(スピア)を携えている。その兵たちと比べても、皇帝は堂々たる体躯(たいく)で、()を圧倒するような存在感を示していた。

 続いて、第四王子マレルが入る。謁見(えっけん)の間が(ざわ)めく。左肩から服がだらんと垂れ下がっており、誰が見ても片腕を失っていたからだ。
 真っ直ぐに前を向いて、彼は力強く足を進める。
 皇帝はマレルの姿を、哀れみでも悲しみでもなく、怒りのように見える表情で見詰(みつ)める。

 そして、メリアが部屋に姿を現すと、(ざわ)めきが大きくなる。白い純白のドレスに身を(つつ)み、顔や腕の傷痕(きずあと)は隠され、髪は(つや)めき頭の後ろで金の髪留めによって(まと)められている。
 まるで貴族のような華やかな身なり、(あで)やかにも(おさな)くも見える顔つきに、部屋に(つど)った者たちの目が奪われる。

 彼女の横にはベルウンフがいた。彼も貴族の召物(めしもの)を身に付け、髪を整えて後ろで縛っており、背筋を伸ばして(あご)を上げ丁寧に足を踏み出していく。緊張しているためか、左手と左足が同時に出ている。

 (あゆ)むメリアは皆の視線に気付き、か細い声で(ささや)く。

「マレル……やっぱり恥ずかしいよ。おかしくないか、この格好」
「そんなことないよ。メリアはすごく綺麗だ」

 彼女の顔が紅潮する。ダマクスは二人の話し声に、ひとつ咳払いをして牽制(けんせい)する。二人はもう一度、顔を引き締める。

 玉座まで十歩程度のところで立ち止まる。重装の兵が(スピア)を構え、一歩前に出る。
 ダマクスが周りを見廻(みまわ)し、発言する。

「この度、皆様方にお(あつま)りいただきましたのは、戦神の処遇、および西の航路についてご一考をお願いするためでございます」

 皇帝は眉を(ひそ)め、玉座の肘掛(ひじかけ)に身体を傾け、頬杖をつく。

「ダマクスよ。まずはお前がなぜ戦神と共に居るのかを聴こう」
「かしこまりました。……(わたくし)めは戦神との戦いにて、勢い余ってマレルの左腕を斬り落としてしまいました。戦神メリアはマレルに生きて欲しいと涙を流しました。それを見て、(わたくし)めはメリアがただの人の子の(むすめ)であり、戦うべきではなかったことに気付きました」

 ダマクスは皇帝の表情を(うかが)う。特に何の感情も浮かべていないようだ。

「メリアと向き合い、人の子の言葉で話をして、さらにその思いは強くなりました。メリアとマレル、ベルウンフ殿はアシェバラドへの航海のために、帝国の交易船をお借りしたく、さらに、帝国と西の魔物たちとの停戦を求めております。(わたくし)めはその希望を叶えてやりたいと考えております」

 ベルウンフの名に、皇帝が反応した。しばらくベルウンフの顔を眺めて、彼に問う。

「ベルウンフとは、アシェバラド大陸の出来事を記した写本にあった千年も前の船乗りの名と同じだが、それと同じ名を名乗っている理由(わけ)は何だ」

 ダマクスがベルウンフに目で合図する。ベルウンフは(うなず)いて話し始める。

「俺がそのベルウンフだからだ。俺は、運良く豊穣(ほうじょう)の海を見つけた。その富を独り占めして、船員たちを奴隷(どれい)のように使役していた。ある日、奴等(やつら)に裏切られ、帆を切られて全ての物資を奪われ、船に独り取り残された。海を漂流し、死んだと思ったが、気付けばこの大陸に漂着していた。俺はアシェバラドへ戻り、船員たちに謝りたいと思っている」
「それは面白い話だな。千年前の船乗りが今、ここにいる。我々と同じ言葉を話し、さらに裏切った者たちへ謝りたいときた。にわかには信じ(がた)い話だが、作り話とも言い切れなさそうだ」
「俺は千年前のアシェバラドを知っている。いくらでもその頃の大陸の話はできるが、今もアシェバラドが当時のままかどうかは分からない。少なくとも、俺が知る千年前のアシェバラドには魔物なんてものはいなかった」

 皇帝は大きく息を()く。真偽はともかく、ベルウンフの話に興奮が隠しきれない様子だ。

「では、その話は後ほど詳しく聴こう。それで、ダマクス。お前が戦神に(ほだ)されたことは分かったが、だから何だと言うのだ。今そこに戦神がいるのだぞ。切り捨てて、西の魔物たちを倒す絶好の機会ではないか」

 メリアが怒り顔で(つぶや)く。

「なんだあいつ。人の話を全然聴いてないじゃないか」

 マレルが慌てて制止しようとしたが、すでにその言葉は皇帝に届いてしまった。皇帝がメリアを凝視する。

「戦神メリアよ。お前はその幼さでも、すでに数え切れぬほどの兵を殺してきた。今更、停戦したいとはどういう了見(りょうけん)だ? 戦神ルキが西の海を守り始めてから今まで帝国が流した血を、全て無かったことにせよと言うのか」
「じいちゃんもアタイも、帝国が攻めて来なきゃ何もしなかったさ。諦めの悪いあんたが勝手に人の子を送りつけて来たんじゃないか!」
「メリア! 口を(つつし)め! 皇帝の御前(ごぜん)だぞ」

 ダマクスがメリアを叱りつける様子を見て、皇帝は口の端を上げる。

「いや、それでこそ帝国の宿敵である戦神の態度よ。おい、サルベス」
「はっ!」

 玉座の近くに立っていた伯爵(はくしゃく)が一歩前に出る。

「すぐに西へ兵を派遣しろ。今、()の地は戦神が不在だ。この機会を逃すな」
「かしこまりました」

 返事をして、歩き扉に向かうサルベスの前に、マレルが立ちはだかる。

「行かせない。僕の命に替えても、あの場所は渡さない」

 皇帝が(いか)り顔でマレルを叱責(しっせき)する。

「貴様は一度とならず戦神を助けただけでなく、戦神側に(くみ)するつもりか! 死罪に値する行いであると理解しているのか!」
「それなら、(わたくし)めの首を()ねていただきたい。それでマレルとメリア、ベルウンフ殿の願いを聴き入れてはいただけないでしょうか」

 ダマクスが一歩前に出て、皇帝に具申する。皇帝は険しい表情に変わり、今度は少しの悲しみを帯びているように見えた。

「どういうつもりだ。お前まで戦神に(くみ)し、(あまつさ)えその身命を()するというのか」
「はい。(わたくし)めはこの三人をアシェバラドへ送りたいと、心からそう想っております。陛下、……いや、父さん。どうか、この首と引き換えに今までの過ちを正してはいただけませんか。我々は長らく間違った戦いを続けてきました。今なんです! 今ここで辞めなきゃいけないんだ!」

 皇帝の顔色が変わる。ダマクスの言葉は、皇帝に二つの選択肢しか与えていなかった。皇帝は喉を鳴らし、ダマクスに問う。

「お前の首を()ね西の航路を手に入れるか、実の息子の命を助けるために今まで失ってきた帝国の民の命を、犠牲を無下にするかのどちらかを選べということか」

 ダマクスは黙ったまま(うつむ)いている。

「サルベス、戻れ」
「……はっ!」

 サルベスが元の立ち位置に戻ると、その後ろに控えていた、白髪の太った男がメリアを指差して大きな声を上げる。

「あいつは、戦神は私の目の前でアデルタを真っ二つにした! あの時の目は人殺しそのものだった! あいつは人の子を殺すのを楽しんでたんだ!」

 メリアは舌打ちする。次にあったら殺すという約束を果たせないのがもどかしい。太った男を(にら)んでいると、その視線にマレルが割って入った。

「やめろヘイゲン。お前に発言は許可されていない」

 マレルに(たしな)められ、ヘイゲンは目を逸らし腕を下ろすと、次の言葉を苦々しい表情で飲み込んだ。

「僕の首も差し出します。父さんは僕たちを失って、自分の望みを叶えればいい。それでも、メリアとベルウンフは助けて下さい。二人だけでも、アシェバラドへ行かせてください」
「だから、それじゃ意味が無いって……」

 メリアの言葉を右手で制止して、マレルが続ける。

「初めてここに戦神ルキがきた時に、父さんがちゃんと話を聴いてあげればこんなことにはならなかったかも知れない。無駄に民の命を失うことも。同じ過ちを繰り返すの? それなら、僕は見たくない。そんなエンドラシアを見て生きていくのは無理だ」

 メリアのがっかりした表情に気付き、マレルは顔を(しか)める。
 皇帝は怒りの形相で立ち上がった。

「剣を寄越(よこ)せ!」

 重装の兵が、恐る恐る腰の剣を鞘ごと渡す。奪うように取り、皇帝は剣を引き抜き、鞘を捨てる。
 巨体を揺らし、一歩一歩強く踏みしめ、ダマクスの前に立ち、彼を見下ろす。

「覚悟は出来ているのだな」
「はい。私はメリアの微笑みの奥に光を見つけました。その光を守りたい」

 見上げたダマクスは、皇帝の目が(うる)んでいることに気付く。

「父さん……」

 皇帝は自身の服を引っ張り、胸を(はだ)けた。

「この胸の傷は、初めて戦神ルキを討伐に向かった時に、戦神に斬られた時のものだ。命からがら逃げ出し、それ以来、この傷を見る度に戦神への(うら)みを(つの)らせてきた。戦うことを辞めたら、この傷は消えるのか?」

 メリアが前に出て、皇帝の傷に触れる。皇帝は微動だにせず、彼女を(にら)みつける。マレルは手を震わせながら、成り行きを見守る。しばらく胸に広がった傷痕(きずあと)を撫でた(あと)、メリアは皇帝の顔を見上げて問う。

「まだ痛むのか?」
「痛みは無い。だが今でも、戦神ルキに斬られた時の夢を見る。その悪夢から醒めた時は少し痛むような気がする」
「アタイも……身体にたくさん傷がある。今は、見えるとこの傷は隠してるけど。ディドリに、アタイが殺してきた人の子たちには、大事な人が、愛する人がいたって聞いてから、傷が時々、(うず)くんだ。殺してきた人たちのことを思い出せって言ってるみたいに、ズキズキするんだ」

 メリアは皇帝の胸から手を離し、(うつむ)く。皇帝は今なら戦神メリアの首を()ねることができると気付くが、腕が動かない。大きく息を()き、もう一度吸い込むが、やはり剣を持つ手が震えて動かない。

「……ダマクス。ここへ」
「はっ!」

 ダマクスは皇帝の前に(ひざまず)く。
 皇帝が剣を振り上げる。メリアは動き出そうとするが、マレルが彼女を右腕で抱き、制止する。

「ダマクス!」

 メリアの叫びと共に、剣が振り下ろされる。
 振り下ろされた剣は、ダマクスの首元を(かす)め、剣先が絨毯(カーペット)に刺さった。

 皇帝は震える手を見る。

「私も耄碌(もうろく)したものだ。処刑一つこなせないとはな」

 メリアがダマクスに駆け寄る。彼は首から少しの血を流していたが、同じ姿勢で皇帝を見上げている。
 皇帝は剣を天井に向け高く突き上げる。

(みな)の者、聴け! 今、この場所で戦神メリアは死んだ! 第一王子ダマクスの継承権は剥奪(はくだつ)、第四王子マレルの処遇は追って伝える!」

 謁見(えっけん)の間に皇帝の声が響き渡る。

 (みな)が部屋を出て行くと、玉座を向いて立ち尽くし天井を見上げる皇帝だけが残った。重装の兵は扉の横に控え、皇帝の退室を待つ。
 メリアが単身、戻って来た。重装の兵は一度身構えるが、メリアの目を見て(スピア)を立て、部屋に入れる。

「へ、陛下」
「なんだ」

 皇帝は振り返る。

「あの、ありがとう、ございました」

 辿々(たどたど)しい言葉に、皇帝の口元が緩む。

「わ、ワタシはもう人の子は殺しません。でも、それで許されるとは思いません」

 メリアの目から涙が(こぼ)れる。

「でも、言わせてください。……ごめんなさい。本当に……ごめん……なさい……!」

 メリアは力なくその場に手を突き倒れこむ。
 皇帝はゆっくりと彼女に近寄り、(ひざまず)く。

 そして、泣き(じゃく)る彼女を優しく抱きしめた。皇帝もまた、目から止めどなく涙を流していた。

 帝国と戦神の長らく続いた戦いは、今この場所で終わった。
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