第15話 Prominence

文字数 3,052文字

 怪狼(フェンリル)のナビ=デイルは、メリアを背に乗せて岩から岩へと軽快に飛び移り、火山を登って行く。
 噴煙が立ち昇る(いただき)に近付くほどに、鼻を突くような(にお)いが強まる。それに混じって、魔物の匂いも存在感を放ち始める。

『メリア、そろそろ頂上だよ! 止まった方がいいのかな?!』
「そのまま走って! あっちがどう来るか分かんないから!」

 ナビは岩場を超えた先の平地を疾走する。風で流された噴煙で視界が奪われる。それでも走り続けて煙の幕を越えると、いきなり巨竜(ドラゴン)の尾が迫って来た。

『うわっ』

 吠えてナビは上に跳び、しなる尾の攻撃を(かわ)す。メリアは身体を宙に浮かせながら、ナビの背にしがみつく。

「おいあんた! アタイの声が聞こえるか?!」

 巨竜(ドラゴン)へ向かい叫ぶが、彼女の声は届いていない様子で、大きな口を開け追撃の火炎を()いてくる。
 炎がナビを追従して迫る。速度をさらに上げ、いったんナビは巨竜(ドラゴン)との間合いをとる。

「聞こえてないのか、言葉が通じないのか、どっちだろうな」
『僕が言ってみるよ』

 ナビは巨竜(ドラゴン)に向かって吠える。

『僕たちは戦いに来たんじゃない! お話をしに来たんだ! 聞いてくれ!』

 赤い(うろこ)に覆われた巨竜(ドラゴン)の動きが止まり、少し首を(ひね)ったように見えた。
 だが、今度は後ろからたくさんの気配が迫って来た。メリアが振り向くと、飛龍(ワイバーン)の群れがどこからともなく集まっていた。

「アタイの言葉が分かるか?! アタイたちは敵じゃない!」

 叫んでいる間に、群れの一部がこちらに向かって滑翔(かっしょう)する。まずい気配を察知して、ナビは山頂を周り始める。
 ナビに追いつこうと、飛龍(ワイバーン)たちが羽ばたき速度を上げる。

「あいつら言葉が通じないのか!」
『聴く気がないんだよ! いきなり知らない奴らが来たから興奮してるんだ、正気に戻してあげないと!』

 正気に戻すってどうやれば……。
 メリアは小さな(かばん)(まさぐ)る。

 巻物(スクロール)を適当に選び取り出し、片手で広げると、風に任せて宙に放り投げた。
 辺りに鮮やかな赤い光が広がる。空まで届かんばかりの勢いで、その光は広がり続ける。不思議な赤色の世界を走り、ナビは飛龍(ワイバーン)との差を広げる。

「ナビ! あの巨竜(ドラゴン)に出来るだけ近付いてくれ!」

 ナビは匂いを頼りに、一面の赤色の中を巨竜(ドラゴン)目掛けて突っ走る。
 光が弱まり、辺りの景色が取り戻され始める。大きな影が目前に迫って来ていた。

「跳べ!!」

 メリアの言葉でナビは地を蹴り、上に向かって跳んだ。
 さらにメリアはナビの背中から高く跳び出す。巨竜(ドラゴン)の顔の真正面で、両手を頬に添えて思い切り叫ぶ。

「アタイは魔物の言葉が分かるんだ! 聴いてくれ!」

 巨竜(ドラゴン)の驚きに満ちた眼がメリアを捉える。
 メリアの身体は、勢いそのまま火口へと飛んで行く。身体を(ひね)り角度を変えようとするが、どう足掻(あが)いても落ちるのを防ぐことは出来なさそうだ。

『メリア! そっちはダメだ!』

 駄目だと言われても、宙を泳ぐことは出来ないし、このまま落ちたら燃え尽きちまう……。

 メリアが諦めて落ちるままに任せようとした時、一体の飛龍(ワイバーン)が彼女の剣の(さや)(くちばし)(つか)んだ。
 彼女は情けない格好で剣の紐に吊り上げられ、落下が止まった。呆然(ぼうぜん)として上を仰ぎ、飛龍(ワイバーン)を見る。

「ヴィル! ……いや、違うか?」

 一瞬ヴィル=ナラに見えたが、似ているだけだったことに気付く。
 飛龍(ワイバーン)はメリアの剣の鞘を(くわ)えたまま羽ばたき、彼女をゆっくりと地に降ろした。
 メリアは足が(すく)んで立てず、仰向けに寝転んだまま礼を言う。

「ありがとう。あんた、名は?」
『フォリ=ナラだ。お前がヴィル叔父(おじ)の言っていた戦神って奴か』
「元、戦神だ。人の子と西の魔物の戦いは終わったからね」
『そうだったのか。そんなことを言いにここまで来たのか?』
「いや、違うよ」

 巨竜(ドラゴン)(いぶか)しげにこちらを眺めている。

「あいつに用があって来たんだ」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 山頂から白い雲海を眺める。そのさらに下の景色は、夕焼けの橙色(だいだいいろ)に染まっている。
 メリアの話を聴いていた巨竜(ドラゴン)のガルド=ザインが笑う。

『確かにその人の子の言う通りだ。俺たちは勝手に空を飛ぶ物を見たら興味を持つだろう。さっきみたいにとりあえず攻撃していたかも知れない。賢明な人の子が居るんだな』
「アタイを倒そうとして弟の腕を斬り落とすような奴が、賢明かなぁ」

 ふと、メリアは古い記憶を持っているかも知れないガルドに問う。

「この大陸ってさ、魔物はいつから居たんだ? ウチの賢い狡鬼(コボルド)ですら知らないらしいけど」
『人の子の周期で言えば、およそ二千年ほど前からだな。この大陸の魔物は地母神様が生み出した。今でもこの火口の遥か下で生きておられるよ』
「じゃあ、人の子の方が後で生まれたってことか」
『そうだ。だが、生まれたのではなく、流されて来たらしいがな。最初の人の子たちは、西の海から現れたようだ』
「西の海……? それはいつ頃?」
『俺が知っている限りでは、千年ほど前だ。人の子の繁殖力は凄まじかった。あっという間に大陸中に広がっていったよ』
「もしかして、この大陸の人の子は元々アシェバラドの民なのか」
『そうかも知れんな。あまり人の子に興味が無かったからよく分からんが』

 メリアは頭を抱える。
 ……昔の話になると結局アシェバラドに行き当たっちまう。ここで考えたってやっぱり何も分からないんだ。

 はっとして、彼女は(かばん)巻物(スクロール)を取り出す。さっきは赤いしるしの方を使ったから、ダマクスが勘違いして焦っているだろう。

「ガルド、またきっつい光が出るけどいいかな」
(みな)が驚いてしまうな。知らせておこう』

 ガルドは空に向かって大きな咆哮(ほうこう)を上げ、噴煙の方向が変わるほどの衝撃が放たれた。
 反響が収まってから、メリアは青い巻物(スクロール)を広げ、空に放り投げた。辺り一面が青の世界に変わる。

『人の子は、大仰(おおぎょう)(しら)せ方をするものだな』
「いやぁ、普通はこんなことしないよ。あいつ、意外と馬鹿なのかもな」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 メリアは目を覚ますと、ガルド=ザインの尾を枕にしていたことに気付いた。ナビ=デイルも横で寝息を立てている。ガルドの体にすっぽりと(くる)まれて眠っていたようだ。

 大きく伸びをして、ガルドの(うろこ)をよじ登ると、雲の向こうから朝の光が射していた。
 山頂には、昨日の騒ぎのせいか、他の巨竜(ドラゴン)飛龍(ワイバーン)火炎龍(ヒドラ)たちがうろうろしていた。
 こんな奴らが一気に攻撃してきたら、あっという間に焼き尽くされていただろう。

 そう思いながらガルドの上に立って辺りを見廻(みまわ)していると、遠くから人の子の声が聞こえてきた。

「おーい、メリアー!」
「マレル!」

 巨竜(ドラゴン)飛龍(ワイバーン)たちに、攻撃しないよう言葉と身振りで伝えながら、メリアはマレルのもとへ走った。

「なんでここにマレルがいるの?」
「僕だけじゃない。ベルウンフもヘイゲンもいるよ」

 ベルウンフが息も絶え絶えに歩いて来る。

「年寄りにはきついな。今からまた下りるんだろ。もう無理だよ」

 さらに遅れてヘイゲンが、ダマクスの肩を借りて歩いて来る。完全に屍人(しびと)の目をしている。

「ヘイゲン、死にそうじゃないか。なんでここまで……」
「私も驚いたよ。登ってたら彼らの声が聞こえたんだからね」

 マレルは横目で巨竜(ドラゴン)たちを見ながら、メリアの肩に手を置く。

「メリアだけに頼るわけにはいかないって、(みんな)で来たんだ。何も出来ないのは分かってたけどね」

 ガルドとナビがのそのそとやって来た。ガルドが疲れ果てた様子の人の子たちを見下ろしながら問う。

『この疲弊しきった人の子たちはメリアの仲間か』

 メリアの笑顔が、朝陽を浴びて(きら)めいた。

「うん。最高の仲間だよ!」
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