第19話 Opposition
文字数 3,809文字
朝陽が大陸中に光を届ける刻 。
山頂から空に向かって螺旋 を描 き伸びる氷 の階段を上 りながら、メリアは大陸を望む。所々 に黒煙や狼煙 が立ち昇っており、強い風が微 かに血の匂いを運んでくる。
「ばあちゃん、ここは戦争でもしてるのか」
「戦争か、そうね。でも単純なものじゃないわ。天空神の生み出した精霊と魔物の混合物、奈落の神の勢力、人の子同士も食糧や土地を奪い合っているし、何にも属さない神獣でさえ、狂ったように暴れたり戦ったりしているの」
マレルが顔を顰 めて、彼方 に浮かぶ神殿を指差す。
「あれは天空神の神殿でしょうか。あんな所に、どうやって行くのです?」
「昔は風の魔術で浮かべた飛行船で移動していたのよ。今では、風の魔術を使える者たちは里に引き篭 もってしまったけどね」
リリシアは、氷の階段を恐る恐る上 っているメリアの肩を軽く叩く。
「メリア、ここから二つ山を越えた小さな町の近くの丘に、ルキの墓があるわ。もちろん、こっちの大陸の英雄ルキの墓よ」
「じいちゃんの、墓……。エンドラシアで逝 った時、じいちゃんは墓を造るなって言ってたんだ。こっちに墓があるの、分かってたのかな」
「それは違うと思う。あなたに戦神としての力と役割を渡すために、自分を完全に無くしたかったんじゃないかしら」
腕を上げ、リリシアが遠くを指差す。
「あっちの方向に丘が……」
言葉の途中で、幾つかの山のさらに向こうで、大きな爆発が起こった。最初に明るく光って土煙 が噴き出し、後 から破裂するような音が響いて来た。そして、黒煙が勢い良く上がり始める。
「ルキの墓の近くね。あの辺りは、まだ人の子が残っているはずよ」
メリアは螺旋 状に配置された氷の階段を駆け下 りていく。
リリシアが上から声を掛ける。
「メリア! まさか、行くつもりじゃないでしょうね」
「もちろん行くさ! だって、じいちゃんの墓の近くなんだろ。守らなきゃ!」
あっという間に見えなくなりそうなメリアの姿を見下ろしながら、リリシアはマレルに聞く。
「あの子、いっつもあんな感じ?」
「そうですね。いったん決めたら、もう誰の声も聴かないでしょうね」
リリシアは大きく息を吐 く。
「じゃあ、止めても無駄ね。何かあったら、あなたたちも困るんじゃなくて?」
「メリアは大丈夫です。どんな困難も跳ね除 ける力 がありますから」
マレルは真剣な表情でリリシアと目を合わせる。リリシアは口の端を上げ、ふたりの関係を想像した。こんなに自信たっぷりに語れるくらい、強い絆 があるのだろう。
一方、メリアは急いで階段を下 り、小さな家の傍 で薪 割りをしているキヴリと、山の様子を眺めていた怪狼 のナビ=デイルに声を掛けた。
「ナビ、行くぞ! じいちゃんの墓を守らなきゃ!」
『さっきの大きな音? やっぱりどこかで争 いが起きてるんだね。たくさんの血の匂いがするよ』
「そう。……キヴリも一緒に来てくれるか?」
「敵と戦うのか。ここで、おれの力がどこまで通用するか試してみよう」
メリアとキヴリはナビの背中に乗る。出発のために、メリアがナビの体を軽く叩いて合図しようとすると、後ろからアシュの大きな声が聞こえた。
「あたしも連れてって! 風の魔術は役に立つよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ナビは三人を乗せて、それでも力強く地を蹴り走って行く。アシュとメリアは上下に揺すられ続けて吐 きそうになる。キヴリは余裕の表情でナビの上に乗っている。
「メリア! これどこまで行くんだ? 気持ちわる……」
アシュは吐き気を飲み込む。
「二つの山を越えたから、そろそろだと思う! アタイも吐きそう……」
ふたりの体調が限界を迎えた時、ようやく小さな町が……。
「なんだよ、アレ……」
ナビと背中の三人は、目の前の大きな鉄塊に驚く。小さな町のはずれに、大木 二つ分の高さはあろうかと思われる、四本脚の上に四角の箱が乗った妙な物が佇 んでいた。陽の光を灰色に反射しており、まるで、鉄で出来た神獣のようだ。
『どうする、メリア。このまま突っ込むのかい?』
メリアは喉を鳴らす。
あの奇妙な奴が爆発を起こしたのなら、近付くのは危険だ。けどなぜか、戦うべきだと、身体の中から言われてる気がする。海洋神の力が、あの場所に反応している気がする。
メリアの瞳に、紅 い光が灯 る。
「キヴリ、アシュ。あいつが何だか分からないけど、行ってもいいかな」
「おれは構わんよ。むしろアレを殴ってみたい」
「野蛮ねぇ。あたしはお前たちが行きたいなら、ついてくよ。もう覚悟は出来てるんだ」
メリアが軽くナビの体を叩くと、ナビはもう一度走り出した。
山を下りて、正面から近付くのを避け、回りこむようにして大きな四本脚の脚元へ向かう。
壊れた小さな町を眺めていたイニルムは、不思議な気配の接近に気付く。
「おい、ザニド。何か来たぞ。……海洋神は消えたと言わなかったか。あれは奴の神獣だろう」
「おかしいですねぇ。呪いが全部壊れて海洋神が消滅したのを、この目で確認したのですが」
ザニドは目を閉じて気配の場所を探る。
すでに魔導装甲 の脚元に到達しているようだ。ここまで気付かないくらい弱い力ということか。
「ザニド、踏み潰せ」
「かしこまりました。少し揺れますので、お気をつけ下さい」
ザニドが身体の前で腕をくるりと回す。
魔導装甲 の一本の前脚が、きぃんと甲高い音と共に上がる。
メリアが慌てて叫ぶ。
「皆 、逃げろ!!」
散開した瞬間、魔導装甲 の脚が勢い良く地面を砕く。土煙が上がり、辺りを茶色の幕で包む。
間一髪で攻撃を免 れた面々は、この奇妙な物体が敵だとはっきり認識した。
ならば倒すのみ。メリアは肩にかけた長剣 を抜く。
「キヴリ、アタイをあの箱のところまで投げられるか」
アシュが這 うようにふたりに近付き、宙に魔法陣を描き始める。
「あたしの軽足の術をメリアにかけるよ。キヴリの力ならあそこまで飛ばせるはずだ」
メリアの足元が緑色に光り始める。
キヴリは彼女を持ち上げ、助走をつける。大きく振りかぶって、上に向かって投げつけた。
長髪を震わせながら、メリアはぐんぐんと高度を上げていく。そして、箱の開口部に到達すると、黒い服装に身を包んだ二人を視認した。
長剣 が光る。メリアは身体を回転させて、剣を薙 ぐ。剣から放たれた紅 い光が、二人の敵の服を斬り裂く。
「いきなり挨拶ですね! しかも人の子じゃないですか!」
「なんで人の子がこんな力を持ってるんだ! なんだよコイツ!」
ザニドは醜 い笑顔に変わり、イニルムはたじろぐ。いったん開口部から離れ、ザニドは黒い魔法陣を描く。
放物線を描きながら落ちていくメリアに、たくさんの尖った黒い光が向かってくる。彼女は剣で光を払いながら、鉄の開口部に向かって叫ぶ。
「降りてこい! ここまで上がってくるのが面倒だ!」
イニルムとザニドが目を合わせる。
「あいつ、面白いな」
「ええ、少なくともただの人の子ではなさそうです」
地上に落ちたメリアをナビが背中で受け止める。背中にはキヴリとアシュも取り付いており、そのまま太い鉄の脚から離れる。
しばらく様子を見ていると、土煙の幕の先に、二つの影が現れた。
ゆっくりと歩き、近付いて来る。二人とも真っ黒な服装だが、先ほどのメリアの急襲で一部が斜めに切れている。背の小さい少年は銀色の髪を後ろで縛っている。横の青年風の男は、黒髪でさらに喉元を黒い布で覆っており、全身が黒ずくめだ。
「よう、人の子。降りて来てやったぞ。……見慣れぬ魔物もいるな」
イニルムが先に声を掛ける。彼もザニドも、余裕の笑みを浮かべている。
メリアはイニルムを睨 みつけ、大きな声で叱りつけるように言う。
「あんたらが何者か知らないが、ここはアタイにとって大事な場所なんだ! さっさとあの変なのと一緒に帰れ!」
ザニドがにやにやしながら返す。
「こんな場所に何があるというのか。ここの人の子は歯車の一つも造れない役立たずどもだ。役に立たない人の子は削減中なのですよ」
「さくげん? あんた、何言ってんだ」
「おや、言葉が通じないとは……。もしや、他の大陸から来たのですか」
「アタイたちはエンドラシアから来た。あんたらは何者だ」
イニルムが興味深げにメリアを確認している。顔にたくさん傷痕があるものの、よく見ると美人だ。
「お前、名は?」
「メリアだ。あんたは?」
「オレはイニルム。こっちはザニド。オレたちは奈落の神の神獣だ」
「イニルム様。そこまで詳 らかに伝える必要はないかと」
「もう、言っちまった。気にすんな」
ザニドは溜息を吐 く。
「すぐに死にゆく者にそこまで教えてどうするのですか」
そう言うと、ザニドのにやけ顔で、瞳が黒く光る。薄くなった土煙の向こう、頭上から大きな鉄の脚が降 って来る。
メリアたちは突然の攻撃に、避 けきれないことを悟る。目を瞑 り、腕を前に出すが、止められるはずもない。死の予感が迫る。
その瞬間、鉄の脚は轟音を上げて吹き飛んでいった。
ザニドが驚き、見上げる。表情から余裕が消える。土煙の切れ間から、異様に大きな、山のような影が見えた。
メリアは笑顔で見上げ、叫ぶ。
「ラピ! 来てくれたのか!」
巨躯 の魔物は、太い腕で魔導装甲 を殴りつける。衝撃で鉄の巨体は崩れ、箱の部分が地面に落ちた。
「お前たちは、生かしておけないようだな!」
叫び、イニルムの瞳が茶色に光る。彼はメリアに狙いを定め、地を蹴り飛び出した。
山頂から空に向かって
「ばあちゃん、ここは戦争でもしてるのか」
「戦争か、そうね。でも単純なものじゃないわ。天空神の生み出した精霊と魔物の混合物、奈落の神の勢力、人の子同士も食糧や土地を奪い合っているし、何にも属さない神獣でさえ、狂ったように暴れたり戦ったりしているの」
マレルが顔を
「あれは天空神の神殿でしょうか。あんな所に、どうやって行くのです?」
「昔は風の魔術で浮かべた飛行船で移動していたのよ。今では、風の魔術を使える者たちは里に引き
リリシアは、氷の階段を恐る恐る
「メリア、ここから二つ山を越えた小さな町の近くの丘に、ルキの墓があるわ。もちろん、こっちの大陸の英雄ルキの墓よ」
「じいちゃんの、墓……。エンドラシアで
「それは違うと思う。あなたに戦神としての力と役割を渡すために、自分を完全に無くしたかったんじゃないかしら」
腕を上げ、リリシアが遠くを指差す。
「あっちの方向に丘が……」
言葉の途中で、幾つかの山のさらに向こうで、大きな爆発が起こった。最初に明るく光って
「ルキの墓の近くね。あの辺りは、まだ人の子が残っているはずよ」
メリアは
リリシアが上から声を掛ける。
「メリア! まさか、行くつもりじゃないでしょうね」
「もちろん行くさ! だって、じいちゃんの墓の近くなんだろ。守らなきゃ!」
あっという間に見えなくなりそうなメリアの姿を見下ろしながら、リリシアはマレルに聞く。
「あの子、いっつもあんな感じ?」
「そうですね。いったん決めたら、もう誰の声も聴かないでしょうね」
リリシアは大きく息を
「じゃあ、止めても無駄ね。何かあったら、あなたたちも困るんじゃなくて?」
「メリアは大丈夫です。どんな困難も跳ね
マレルは真剣な表情でリリシアと目を合わせる。リリシアは口の端を上げ、ふたりの関係を想像した。こんなに自信たっぷりに語れるくらい、強い
一方、メリアは急いで階段を
「ナビ、行くぞ! じいちゃんの墓を守らなきゃ!」
『さっきの大きな音? やっぱりどこかで
「そう。……キヴリも一緒に来てくれるか?」
「敵と戦うのか。ここで、おれの力がどこまで通用するか試してみよう」
メリアとキヴリはナビの背中に乗る。出発のために、メリアがナビの体を軽く叩いて合図しようとすると、後ろからアシュの大きな声が聞こえた。
「あたしも連れてって! 風の魔術は役に立つよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ナビは三人を乗せて、それでも力強く地を蹴り走って行く。アシュとメリアは上下に揺すられ続けて
「メリア! これどこまで行くんだ? 気持ちわる……」
アシュは吐き気を飲み込む。
「二つの山を越えたから、そろそろだと思う! アタイも吐きそう……」
ふたりの体調が限界を迎えた時、ようやく小さな町が……。
「なんだよ、アレ……」
ナビと背中の三人は、目の前の大きな鉄塊に驚く。小さな町のはずれに、
『どうする、メリア。このまま突っ込むのかい?』
メリアは喉を鳴らす。
あの奇妙な奴が爆発を起こしたのなら、近付くのは危険だ。けどなぜか、戦うべきだと、身体の中から言われてる気がする。海洋神の力が、あの場所に反応している気がする。
メリアの瞳に、
「キヴリ、アシュ。あいつが何だか分からないけど、行ってもいいかな」
「おれは構わんよ。むしろアレを殴ってみたい」
「野蛮ねぇ。あたしはお前たちが行きたいなら、ついてくよ。もう覚悟は出来てるんだ」
メリアが軽くナビの体を叩くと、ナビはもう一度走り出した。
山を下りて、正面から近付くのを避け、回りこむようにして大きな四本脚の脚元へ向かう。
壊れた小さな町を眺めていたイニルムは、不思議な気配の接近に気付く。
「おい、ザニド。何か来たぞ。……海洋神は消えたと言わなかったか。あれは奴の神獣だろう」
「おかしいですねぇ。呪いが全部壊れて海洋神が消滅したのを、この目で確認したのですが」
ザニドは目を閉じて気配の場所を探る。
すでに
「ザニド、踏み潰せ」
「かしこまりました。少し揺れますので、お気をつけ下さい」
ザニドが身体の前で腕をくるりと回す。
メリアが慌てて叫ぶ。
「
散開した瞬間、
間一髪で攻撃を
ならば倒すのみ。メリアは肩にかけた
「キヴリ、アタイをあの箱のところまで投げられるか」
アシュが
「あたしの軽足の術をメリアにかけるよ。キヴリの力ならあそこまで飛ばせるはずだ」
メリアの足元が緑色に光り始める。
キヴリは彼女を持ち上げ、助走をつける。大きく振りかぶって、上に向かって投げつけた。
長髪を震わせながら、メリアはぐんぐんと高度を上げていく。そして、箱の開口部に到達すると、黒い服装に身を包んだ二人を視認した。
「いきなり挨拶ですね! しかも人の子じゃないですか!」
「なんで人の子がこんな力を持ってるんだ! なんだよコイツ!」
ザニドは
放物線を描きながら落ちていくメリアに、たくさんの尖った黒い光が向かってくる。彼女は剣で光を払いながら、鉄の開口部に向かって叫ぶ。
「降りてこい! ここまで上がってくるのが面倒だ!」
イニルムとザニドが目を合わせる。
「あいつ、面白いな」
「ええ、少なくともただの人の子ではなさそうです」
地上に落ちたメリアをナビが背中で受け止める。背中にはキヴリとアシュも取り付いており、そのまま太い鉄の脚から離れる。
しばらく様子を見ていると、土煙の幕の先に、二つの影が現れた。
ゆっくりと歩き、近付いて来る。二人とも真っ黒な服装だが、先ほどのメリアの急襲で一部が斜めに切れている。背の小さい少年は銀色の髪を後ろで縛っている。横の青年風の男は、黒髪でさらに喉元を黒い布で覆っており、全身が黒ずくめだ。
「よう、人の子。降りて来てやったぞ。……見慣れぬ魔物もいるな」
イニルムが先に声を掛ける。彼もザニドも、余裕の笑みを浮かべている。
メリアはイニルムを
「あんたらが何者か知らないが、ここはアタイにとって大事な場所なんだ! さっさとあの変なのと一緒に帰れ!」
ザニドがにやにやしながら返す。
「こんな場所に何があるというのか。ここの人の子は歯車の一つも造れない役立たずどもだ。役に立たない人の子は削減中なのですよ」
「さくげん? あんた、何言ってんだ」
「おや、言葉が通じないとは……。もしや、他の大陸から来たのですか」
「アタイたちはエンドラシアから来た。あんたらは何者だ」
イニルムが興味深げにメリアを確認している。顔にたくさん傷痕があるものの、よく見ると美人だ。
「お前、名は?」
「メリアだ。あんたは?」
「オレはイニルム。こっちはザニド。オレたちは奈落の神の神獣だ」
「イニルム様。そこまで
「もう、言っちまった。気にすんな」
ザニドは溜息を
「すぐに死にゆく者にそこまで教えてどうするのですか」
そう言うと、ザニドのにやけ顔で、瞳が黒く光る。薄くなった土煙の向こう、頭上から大きな鉄の脚が
メリアたちは突然の攻撃に、
その瞬間、鉄の脚は轟音を上げて吹き飛んでいった。
ザニドが驚き、見上げる。表情から余裕が消える。土煙の切れ間から、異様に大きな、山のような影が見えた。
メリアは笑顔で見上げ、叫ぶ。
「ラピ! 来てくれたのか!」
「お前たちは、生かしておけないようだな!」
叫び、イニルムの瞳が茶色に光る。彼はメリアに狙いを定め、地を蹴り飛び出した。