第14話 Generation

文字数 2,810文字

 ヒュポクリテ火山は北の領地と西の海のちょうど真ん中辺りに存在する。陸路では当たり前のように迂回することになるが、空路では影響が強く、かなり問題となる場所だ。
 火山には、たくさんの飛龍(ワイバーン)巨竜(ドラゴン)たちが棲息している。好奇心が強く、空を集団で飛ぶようなものに興味を示す可能性がある。空路で火山を迂回しても、わざわざ飛んで来て、機嫌次第では襲われるかも知れない。

 説明を聴いていたメリアが、ダマクスを見て問う。

「だから先にアタイが説得しておけば、すんなり通してくれるかもってことか」
「そうだ。あまりお前の力にばかり頼りたくないが、魔物の説得が出来る人の子はメリアだけなんだ」
「多分言葉は通じるだろうけど、歩いて火山を登るのは大変じゃないかな? ヴィル……飛龍(ワイバーン)を呼びに行くくらいなら登った方が早いし、馬も風馬(ペガサス)も岩場は苦手だろ」

 ダマクスは申し訳なさそうに言う。

「それでな、実は一つ案があるんだ。それもお前にしかできないことだ」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 マレルとヘイゲン、ベルウンフに一時(いっとき)の別れを告げて、メリアとダマクスは道なりに風馬(ペガサス)()せる。
 それぞれが風馬(ペガサス)(またが)り一夜まるごと走らせて、朝方には帝国の南の(とりで)に着いた。

 朝食を簡単に摂り、ふたりは怪狼(フェンリル)()む森へと向かう。
 森の手前で、メリアは大きく息を吸い込み、森全体に響き渡るほどの咆哮(ほうこう)を上げた。

 しばらくすると、三体の怪狼(フェンリル)が深い草を分けて現れた。

『君はこの間の、お話が出来る人の子じゃないか。どうしたんだい』

 小さな、それでも人の子二人分くらいの高さのある一体が、メリアを見下ろして嬉しそうに(うな)りながら言った。

「あんたに頼みがあって来た。もし良ければ、一緒に火山に行ってくれないかな」

 ひと回り大きな、親と思われる一体が前のめりになって問う。

『火山……あそこは他の魔物の居場所(すみか)だ。そんな所に私たちの子を連れて行って何をする?』

 メリアは、ばつが悪そうに頬を()きながら答える。

「実は、火山を登って欲しいだけなんだよな。巨竜(ドラゴン)たちと話がしたくてさ」
『……何の話をするんだ』
「人の子が近くの空を通る時に、穏便(おんびん)に通してやってくれって言うつもりだよ」

 親の怪狼(フェンリル)は天に向かって吠える。

『ハハハ! そんなつまらん用事で私たちの子を使役するつもりか。馬鹿者が、さっさと消えろ』

 メリアは息を()いて、ダマクスを見た。彼はメリアの表情で状況を察知して、(きびす)を返す。彼女も挨拶をして森を(あと)にしようとする。

「分かったよ。そうだよな、つまらない事で呼び出して悪かったな」

 子供の怪狼(フェンリル)が、メリアと両親を見廻(みまわ)して言う。

『僕は行きたいよ。他の場所がどんなだか観てみたいんだ』
『坊や。あの人の子は悪さを考えているかも知れないぞ。私たちはこの森を守らなきゃいけないんだ。他の場所なんて知らなくても()い』
『そうかな、悪い子には見えないけど。それに、この大陸はきっとすごく広いのに、この森の事しか知らないままじゃ、古い(ことわり)に縛られたままつまらない(せい)を送ることになると思うんだ』

 親の怪狼(フェンリル)が低く(うな)る。メリアは突然始まった親子喧嘩に、はらはらしながら様子を眺めている。

『……つまらない(せい)、だと。その人の子に何か吹き込まれたのか』
『違うよ。ずっと考えてたんだ。僕は広い世界を見たい。それで、たくさんの事を学んで、またここに戻って来たいんだ。長老に他の場所の話を聴くたびに、外の世界に憧れてたんだ』
『坊や……。本気か?』

 子供の怪狼(フェンリル)は、メリアの(そば)に立ち両親に告げる。

『僕はこの子と一緒に行きたい。だけど、絶対にここに戻ってくると誓うよ』

 両親はしばらく目を合わせて、言葉にならない意思のやり取りをした。
 そして、諦めるように何度か首を振ると、ゆっくりと言葉を発した。

『人の子よ。私たちの子に何かあったら、お前の命を差し出せ。分かったな』

 そう言い捨てるとメリアの返事を待たず、二体は静かに歩き森の奥へと去って行った。

『僕のお父さん、頭が固いんだよ。古い(ことわり)(こだわ)り過ぎなのさ』
「結構あいつら怒ってたけど、本当に良かったのかな」
『僕はここだけで終わりたくないんだ。もっとたくさんの場所を観たい。色んな所に連れて行ってよ』

 メリアは笑みを浮かべ、彼の顔を見上げながら告げる。

「アタイはメリアってんだ。よろしくな」
『僕はナビ=デイル。さあ、行こうか!』

 ナビは軽快に歩き出す。木々を横切り草原に出ると、ダマクスが風馬(ペガサス)に乗っていつでも出られるように準備していた。

「まさか、逃げるつもりだった、とかじゃないよな」
「あ、当たり前だろう。私はメリアを信じてたよ」

 メリアは横目で彼を見ながら悪戯(いたずら)に笑う。

「どうだかなー」

 ダマクスは咳払いを一つして、メリアに向き直る。

「とにかく、食糧を持ってこのまま火山へ向かおう。風馬(ペガサス)怪狼(フェンリル)なら幾夜かで着くだろう」
「そういえば、ナビ。今更だけど、あんたの背中に乗っても()いのか?」
『僕の毛をしっかり(つか)んでおけば落ちないんじゃないかな、多分。乗り心地はすこぶる悪いだろうけど』

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「ホントに最悪の乗り心地だな!」

 獣道を突っ走る怪狼(フェンリル)の背中にしがみついて、メリアが叫ぶ。
 ナビが前脚で地を蹴るたびに、突き上げるような衝撃が彼女を襲う。

『僕らは人の子を乗せるために生まれたわけじゃないからね! それは諦めて!』

 空を飛ぶ鳥たちを置き去りにするような速さで、道なき道を疾走する。後ろの風馬(ペガサス)は、なんとか離されないように全力で駆けて来る。

「も、もう駄目だ。ちょっと休憩しよ!」

 メリアの悲鳴で、ナビは速度を落とす。
 彼女はナビの背中を降り、剣を置いて木にもたれ、座り込んだ。

『よく我慢したね。……あの大きな山が、君の言ってた火山だろ』

 言われて顔を上げると、揺れる木々の葉の間に、煙を噴き出す山の(いただき)がちらちらと見えた。

「おー。もう着いたのか。完全に腕の力がなくなっちまったけどな」

 遅れてダマクスがやって来た。

「やはり風馬(ペガサス)は山が苦手なようだ。ここから先は歩いて行こうか」
「それじゃナビを連れて来た意味がない。アタイたちだけでも一気に山を登って、巨竜(ドラゴン)と話をつけるさ。むしろアタイたちだけの方が()い気がするよ」
「そうか、まあ私は役に立たんだろうな。なら、合図にはこれを使ってくれ」

 ダマクスは二つの巻物を入れた小さな(かばん)を、メリアの肩にかけた。

「青い方が成功のしるし、赤い方が失敗のしるしだ。どちらも広げて空に向かって放り投げれば、色付きの強い光を(はな)つ。私が間に合わなかったら、それで状況を知らせてくれ」
「分かった。じゃあナビ、そろそろ行こうか」
『もう大丈夫なの? 腕の力は戻った?』
「ここから先は、力を使うさ。剣は使わないつもりだけど、いきなり攻撃されたらひとたまりもないからな」

 メリアの両眼が(あか)く輝き出す。
 ナビの背中に飛び移ると、しっかりと毛を(つか)み、気持ちに勢いをつける。

「さあ、巨竜(ドラゴン)と話し合いに行こうじゃないか!」
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