第9話 Downfall

文字数 2,581文字

「帝国までは、この大きな曲がり道を超えて三夜くらいだよ」

 風馬(ペガサス)が引っ張る馬車の中、マレルは遠くを眺めるメリアに伝える。彼女は浮かない顔で生返事をする。

 元気の無いメリアを励まそうと、もう一度声をかけようとした時、彼女が馬車から身を乗り出すようにして一点を凝視し、声を上げる。

「あそこ、人の子が魔物に襲われてるよ!」

 ベルウンフは彼女の指差す方向に舵を切る。マレルが焦って制止しようとする。

「なにやってるんだベルウンフ! 戦いに巻き込まれるぞ!」
「メリアが魔物の方を(なだ)めて、お前が人の子を止めれば解決できるんじゃないか」

 口の端を上げながらベルウンフが返すと、マレルはがっくりと項垂(うなだ)れた。遠くに見える人の子の集団がまともであってくれと願いつつ、平原を突っ切る馬車の揺れに耐える。

 風馬(ペガサス)を走らせながら、徐々に人の子と魔物の進路に寄って行く。近寄って見ると、魔物は怪狼(フェンリル)の子供と分かる。

「アタイが説得するよ! もう少し先に行って!」

 ベルウンフは馬車が耐え()るぎりぎりの速さで風馬(ペガサス)を走らせる。怪狼(フェンリル)を引き離し、人の子の容姿が見えるくらいまで接近する。
 マレルが驚きの声を上げる。

「兄さん?!」

 その声と同時に、メリアが馬車を飛び出し怪狼(フェンリル)の前に立ちはだかる。魔物は(いき)り立ち、彼女を()ね除けようとする。

「待て! アタイはあんたと話したい!」

 怪狼(フェンリル)はメリアが放った魔物の言葉に驚き、勢いを止めようとするが、速度を落としきれず横向きでメリアに突っ込んでいく。
 メリアは飛び退(すさ)るも、怪狼(フェンリル)の体躯にぶつかり吹き飛ばされる。受け身をとりながら地面を転がり、仰向けに倒れた。

『ごめん。大丈夫?』

 怪狼(フェンリル)が心配そうにメリアを見下ろす。

()っててて……。アタイはなんとか。あんたは?」
『僕はあの人の子たちが森に入って来ようとしたから叱ってやったんだ。全然聞いてくれなかったけど』

 メリアは身体を起こしながら笑う。

「そりゃ、普通の人の子には魔物の言葉は分からないからな」
『じゃあ君から言っておいてよ。森に来たら殺すって』

 その言葉にメリアの鼓動が激しくなる。当たり前のように言ってきた言葉が、今は胸に鋭く突き刺さってくる。

「分かった、伝えるよ。だから今は森に帰りな」

 怪狼(フェンリル)は人の子たちの方を向いて、(うな)り声を上げた。

『じゃ僕は行くね。まったく、人の子ってのは……』

 ぶつぶつ文句を言いながら、怪狼(フェンリル)は去って行った。
 見送ったメリアがマレルの声に気付き振り向くと、彼は鎧の男を必死に止めようとしていた。

「どけ、マレル! 魔物と喋る女、そいつは戦神メリアだろう!」
「そうだけど、そうじゃないんだ! もう彼女は戦神じゃない!」

 マレルを引き()るように、男はどんどん近付いて来る。今にも右手の片手半剣(バスタードソード)を振り上げて襲いかからんとしている。メリアは背中の長剣(ロングソード)に手を掛ける。

「メリア! だめだ。兄さんと戦わないでくれ!」
「兄さん?」

 メリアの目の前まで迫り、鎧の男は立ち止まる。

「お前は戦神だな。私と勝負しろ。今ここで、戦神の伝説は終わりを迎えるのだ」

 そう言って左手を挙げると、後ろに控えていた兵たちが一斉に弓を下げる。

「兄さん。だからメリアは……」
「黙れ! こんな年端(としは)もいかぬ者に(ほだ)されおって。だから放蕩(ほうとう)王子などという蔑称(べっしょう)で呼ばれるのだ!」

 そう言って、男はマレルを突き飛ばす。メリアの瞳に(あか)い光が灯る。

「私は帝国の第一王子ダマクス。戦神、お前を倒してその首を土産にしてやる!」

 ダマクスは剣を両手に持ち、土を(えぐ)るような勢いで振り上げる。メリアは剣先ぎりぎりで(かわ)し、鎧を思い切り蹴り飛ばす。相手はなす術なく後ろへ吹っ飛んでいき、一回転して倒れた。
 すぐに起き上がり、彼はもう一度構える。明らかな殺意が流れて来る。

 力を使えば首を()ねるのは容易(たやす)いことだ。だが……。
 メリアはマレルを見る。ベルウンフに起こされ、こちらを険しい顔で(にら)んでいる。時間が欲しい。マレルと話したい。どうしたらいいか、教えて欲しい。

 ダマクスはよろめきながら、今度は振りかぶって走り、剣を振り下ろす。メリアはこれも横に移動して(かわ)し、回転して足を払う。醜い姿勢で突っ伏した彼は、悪態を()きながら拳を地面に振り下ろし、立ち上がろうとする。

「メリア、剣を使わないでくれ! もう、人の子を殺さないでくれ……」

 最後は消え入るような声で、マレルが懇願する。

「馬鹿者が! 兄に恥をかかせる気か?!」

 足を震わせながら立ち上がったダマクスは、マレルに怒りをぶつける。片手半剣(バスタードソード)を右手で持ち、渾身の力を込めて破れかぶれに振り回す。メリアは右手の剣ですべての攻撃を払い()ける。

 マレルを見ようとした時、右足が落ちていた石に乗って一瞬よろめいた。それを好機として、ダマクスが剣を下から振り上げる。剣筋はメリアの首を狙い、迫り来る。彼女は()けきれないと悟り、顔を背ける。

 その時、間に割って入ったマレルの左腕をダマクスの剣が斬り裂いた。

「マレル!」

 後ろに倒れたメリアの視界に、マレルの身体から離れて飛んでいく左腕が映る。マレルの左肩からは血が噴き出すも、彼はそのまま右腕を広げて立ちはだかり、兄に向かって叫ぶ。

「この()はもう人の子に剣を振るわない! だから、帝国の……敵じゃ……」

 言葉の途中で色を失い倒れた彼の元に()って行き、メリアは彼の胸に寄りかかり泣き叫ぶ。

「マレル! 死んじゃ嫌だ! 嫌だああああぁぁぁ!!」

 大粒の涙を流すメリアを凝視して、ダマクスは呆然と立ち尽くす。

「なんで、戦神が涙を……。人の子のために? なぜだ……」

 メリアは涙を流しながらマレルを抱き、声を掛けて励まし続ける。
 ダマクスは一歩一歩近付き、隙だらけのメリアに剣を向けようとするが、自分の認識を遥かに超えた光景に、右手の力が抜け、剣を落としてしまう。

「私たちは間違っていたのか……? これじゃ、ただの人の子の(むすめ)じゃないか。私たちは……一体何と戦ってたんだ?」

 ダマクスは狼狽(ろうばい)し、混乱を抑えきれず意識を失い、その場に倒れ込んだ。

 ベルウンフが救護兵を大慌てで呼びつけ、駆け寄って来る。すぐにマレルの左肩に血止めの薬が塗られ、治癒魔術が施される。

 メリアはいつまでもマレルを抱きかかえたまま、彼の服を濡らし続けた。兵たちが沈黙して治療を見守る中、彼女の泣き声だけが平原に響き渡っていた。
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