第21話 Convergence

文字数 3,104文字

 朝の光が木窓の隙間から小屋に差し込む。メリアたちは起き上がり、スワビが暖炉の火にかけて作った野草のスープを飲む。

 キヴリは苦しそうに眠るラピを抱きかかえた。

「メリアとアシュは、先にナビに乗ってリリシアの小屋に戻るといい。おれは歩いて行くよ」

 聞いていたスワビが、小屋を出て指笛を吹く。
 森の中から馬が一頭、ひょこひょこと歩いて現れた。

「キヴリはこいつに乗って行けばいい。向こうに着いたら放してやってくれなぁ」

 メリアが首を(かし)げてスワビに問う。

「どうしてそこまでしてくれるんだ? アタイたちがどんな奴らだか知らないはずなのに」

 スワビは、(しわ)を集めるように微笑み、彼女に答える。

「ルキに孫がいるなんて嬉しくてなぁ。それに、お前さんたちは町を襲った奴らを退(しりぞ)けてくれた。お礼をしないとなぁ」

 キヴリはラピを(かか)えたまま馬に乗る。メリアとアシュは少し嫌そうにナビの背中に取り付く。
 それぞれが走り出すと、スワビは手を振った。メリアも、揺られながら後ろに向かって笑顔で大きく手を振って別れた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 マレルが右腕に力を込めて、木の棒を勢い良く振り抜く。
 その攻撃を長い木の棒で受けたベルウンフが、よろめきながら後退(あとずさ)る。
 好機とばかりに、マレルは身体を回転させて木の棒を突き出す。
 思わず()()って()けようとしたベルウンフは、そのまま地面に倒れた。

「あたた……。こら、マレル。本気でやるんじゃないよ。相手は年寄りだぞ」
「ごめん。でも、こっちの腕しかないから、力の加減ができないんだよ」

 切り株に座って傍観していたリリシアが笑う。

「あなたたち、そんなんじゃ魔物と戦うのは厳しそうねぇ。魔術も使わないんでしょ?」

 マレルは頬を()きながら答える。

「もともとは僕がこの大陸に来たくて、メリアを巻き込んでしまったんです。今となっては、僕はただの役立たずですけどね。だけど、その時が来たらこの片腕だけでも一緒に戦いたいと思っています」

 ベルウンフが起き上がりながら言う。

「俺も、船の操縦をするためだけについて来たようなものだからな。ここは間違いなく俺の生まれ育った大陸だが、俺の記憶は千年よりも前のものだ。知っていた者たちもいないことだし、船で帰るでもない限り、俺の役目はないだろうな」

 リリシアは大きく息を()く。

「寂しいことを言うのね。でも仲間って、強いことよりも、信頼出来ることの方が大事なのではないかしら。メリアにとって、あなたたちがここにいることが何よりの支えになっているのだと思うけど」

 話をしていると、そのメリアが、アシュと共にナビの背中に乗って戻って来た。ナビから降りるとすぐに、メリアはマレルに抱きつく。

「どうしたの、メリア」
「変な奴らと戦って、二回も死にそうになったんだ。ちょっとだけこのままでいさせてくれ」

 マレルはメリアの髪を優しく撫でる。リリシアが微笑みながらこちらを眺めていた。

「ね、言ったとおりでしょ」

 続いて、馬の脚音が近付いて来た。

「お帰りなさい。あら、その小さい子……ラピだっけ。どうしたの」

 キヴリの腕で眠るラピの様子に、リリシアが心配そうな表情を見せた。

「どうやらこの大陸が合わないと見える。昨日は無理をしておれたちを助けてくれたんだ」

 キヴリはそう答えながら、リリシアの小屋の中の寝床にラピを降ろした。ベルウンフが分厚い布をかける。ラピは、ずっと眠ったままだ。

 メリアは横に座り、ラピの頭を()でながら、リリシアを見る。

「ばあちゃん。天空神に、ラピだけでもエンドラシアに戻してもらうよう頼みたいんだけど、そんなことって出来るのかな」
「今の天空神に、人の子の声を聴く余裕があるとは思えないわね。狂ってしまってから会った者なんているのかしら。少なくとも神殿に行くには、空を飛ぶ必要があるわ。しかも、あそこへ至るまでには精霊と魔物の混合物がたくさんいるはずよ」

 メリアが(うつむ)き悔しそうに唇を噛む様子を見て、リリシアは困り顔で腕を組み考える。後ろから、マレルが口を挟む。

「この大陸の出来事を編纂(へんさん)した風の魔導師(アークメイジ)は、もう亡くなってしまったんでしょうか」

 リリシアが指を鳴らす。

「パナタのことかしら。彼には昨日、ルキの孫が来たって知らせを鳥で飛ばしておいたわよ。彼のことだからどうせ、風の精霊からもあなたたちのことを聴いてるんでしょうけどね」

 外の様子を(うかが)っていた浮走器(ランダー)が、ふわふわと揺れながら部屋へ入って来た。

「リリシア様、鳥が戻ってきたようです」

 リリシアが小走りで外に飛び出す。彼女は緑色の鳥の(さえず)りを、真剣な表情で聴く。鳥が静かになると、追って来たメリアに振り向き、伝える。

「風の里から飛行船が出るわ。大昔に闘技場と呼ばれていた場所へ向かいましょう。そこでパナタと落ち合うの」
「なんでアタイたちが天空神に会いたがっているのを、もう知ってるんだ?」
「もしかして、あなたたちスワビに会ったんではなくて? 彼に話した言葉はきっと、あっという間にパナタに伝わるわよ」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 風の里の船着場で、風の魔導師(アークメイジ)であるパナタは飛行船を見上げていた。
 いい風が吹いている。風の精霊たちは、久しぶりの船の出航を嬉しく思ってくれているようだ。

「あなた、空の神殿の(あた)りは新しい魔物の棲処(すみか)よ。なぜそんな恐ろしい所へ行くの。もう大陸の争いには関わらないと決めたじゃない」

 パナタへ妻であるアンナは進言するが、彼は豊かにたくわえた白い(ひげ)を上げて笑みを浮かべる。

「リリシアによると、エンドラシア大陸からの漂着者はルキの孫だ。パナタも風の精霊を通じて、わたしに教えてくれた。大陸の未来を任せられるだけの(うつわ)があるらしい。わたしたちはここに(こも)り、大陸が徐々に壊れていくのを傍観(ぼうかん)しているだけだった。今こそ、動かなければならないんだ」

 緑色のローブを(ひるがえ)し、パナタは船に上がる。
 十人の精鋭の魔道士(メイジ)によって、風の魔術で緑色に光る帆が張られ、船は浮き始めた。

(みな)よ、今こそ風の里の力を知らしめる時だ! 命を捨てる覚悟で空の神殿へ向かうぞ!」

 魔道士(メイジ)たちはその声に応え、風の精霊の力を帆に集める。飛行船が速度を上げ、分厚い雲に向かって飛び立って行った。
 アンナは両手を胸の前で組む。飛行船の向かう先の空は鈍色(にびいろ)に染まり、所々で稲光(いなびかり)を放っていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「雨が降ってきましたねぇ」

 ザニドはそう言うと、イニルムと自身の上の空間に、魔術で薄く黒い膜を張った。激しく降り始めた雨は、ふたりが乗る黒く巨大な(へび)の表皮を濡らす。
 イニルムは蛇の頭に座ったまま、雨でぼやけた景色を(にら)んでいる。

「イニルム様、どうなされましたか」
「あいつ、オレのことを馬鹿にしやがった。人の子のくせに……」

 ザニドは気付く。
 どうやらコイツは、メリアとかいう人の子を気に入ったようだ。千年よりも前から見ているが、ようやく感情を持つまでに育ったということか。
 もし、目の前であの女をぐちゃぐちゃにしてやったら、コイツはどんな顔をするだろうか。見てみたい。見てみたい見てみたい……。
 ザニドは少年を見下ろし、(みにく)い笑みを浮かべた。

「ザニド、(あるじ)はどこに向かってるんだ。まさか、天空神の居場所じゃないよな」
「奈落の神は、天空神を滅ぼすおつもりのようです。奴さえいなくなれば、邪魔な新種の魔物は消えて、好きなように人の子を使役(しえき)し、(もてあそ)ぶことができますから」
「オレは奴が苦手なんだよ。すぐにこっちの嫌な記憶を見せてくるだろ。本当、ムカつく奴だ」

 奈落の神と呼ばれた巨大な(へび)は、雨でぬかるむ地を(えぐ)りながら()い進んで行く。

 それぞれの想いが、空の神殿に集まろうとしていた。
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