第25話 Memento

文字数 3,196文字

 神殿の周囲を調べていた浮走器(ランダー)が戻って来た。

「リリシア様、天空神もメリアも、どこにも姿を見つけられませんでした」

 パナタは祭壇に手を置く。

「……何も見えてこないし、聞こえてこない」

 マレルは焦燥と不安にかられ、リリシアに問う。

「メリアは天空神と一緒に消えてしまったのでしょうか」
「どうかしらね。最後の戦いとか言ったきり姿を消してしまったみたいだから、どこかで戦ってるのかも知れないわ」
「そんな、他人事(ひとごと)みたいに……」
「ここにいないんだから仕方ないわ。私たちは、今、自分たちがやるべきことを考えなきゃいけないの」

 リリシアは一面に広がった雲を見下ろす。すでに空は暗くなっていて、雲の下の様子は全く分からない。神殿を構成する石が放つ不思議で(ほの)かな明かりが、(みな)の不安な表情を照らし出していた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 四方を白い壁に囲まれた、木窓も無い狭い部屋の中、メリアは壁に埋め込まれたたくさんの像を眺めていた。
 後ろから、ルキの姿をした天空神が声を掛ける。

「全て、お前の記憶だ。どんな感情を持ったかにかかわらず、全てがお前の心に刻まれているのだ」

 ラピと遊んでいる自分が映った像を観て、メリアの目から涙が(こぼ)れた。目を腕で(こす)り、ルキの姿を(にら)む。

「ここでどう戦うんだ。それとも、アタイが勝手に記憶と戦えってのか」
「そんなつまらないこと、しないさ。先ほどお前の心を攻撃するために記憶を読んだ時、気になったことがあってな」

 そう言って、天空神は一つの像に手を伸ばす。
 身体を引っ張られるような感覚に(つつ)まれ、メリアの視界が暗くなる。

 そして気が付くと、森にいた。

 鬱蒼(うっそう)とした森の中で、メリアと、ルキの姿の天空神は、巨木の(そば)に立っていた。
 人の子の若い女が、布に(くる)んだ赤子を置き、涙を流しながら去って行った。

「あの赤子は……アタイだな。これはアタイの記憶だ」
「そうだ。これはお前が人の子に捨てられた時の記憶。しばらく観てみよう」

 女が去った(あと)狡鬼(コボルド)のミケ=エルスが野草を一杯に積んだ(かご)を背負ってやって来た。
 赤子の泣き声に気付き、近寄る。

『これはこれは。独りで歩いて……そんなわけないか』

 ミケは辺りを見廻(みまわ)す。誰の気配も無いことを確かめると、赤子を拾い上げ、早足で歩き始めた。

 ミケについて行くと、斜めになった塔の下で(まき)割りをしているルキの姿が見えた。隣に立っている天空神と同じ姿だ。

 ミケが赤子をルキに手渡しながら言う。

『ルキ、人の子だ。森に捨てられたみたいだ。捨てた者の気配はすでに無かった。顔が傷だらけなんだ。人の子には(ひど)いことをする奴もいるんだな』

 ルキはしばらく赤子を見詰(みつ)め、何かを思いついたような表情に変わる。

『この子はおれの孫として育てる』

 ミケが驚き、彼に問う。

『まさか、新たな戦神にするつもりじゃないだろうな。この子を残酷な運命に引き()り込むのか』

 ルキが笑みを浮かべて答える。

『そうだ。全てはアシェバラドのためだ』
『なぜあの大陸に固執するんだ。ずっと分からなかった。一体、お前は何がしたいんだ。いや、お前はここに来た頃のルキと違うような気がする。好んで人の子を殺すようになっただろう。お前は何者だ』

 ルキは辺りに他の魔物がいないことを確かめて、小声で(ささや)く。

『絶対に他の奴らに言わないと誓えるか?』

 ミケは目を(つむ)りしばらく考える。
 喉を鳴らし、目を開くと、ルキを見て(うなず)いた。

『分かったよルキ。誰にも言わない』

 ルキは、真剣な表情に変わる。そして、ゆっくりと口を開いた。

『おれは海洋神だ。すでにルキは入れ物でしかない。おれ自身が、海洋神なんだ』

 ミケと同時にメリアも驚き、天空神を見る。天空神も目を見開き、ルキを凝視している。

『この入れ物はあと十年ほどで命の限りが来る。その(あと)はこの赤子に入ることにするよ。しばらく眠って、また命の限りが来る前に起きるとしよう』

 ルキは、そう言って赤子を(かか)え、塔の中へ入って行った。
 メリアは天空神をもう一度見る。

「あんた、このことを知ってたのか?」
「いや、おれも今、初めて知った。これはお前の記憶だからな。……どうやら、おれの力は随分と弱くなっていたようだ。こんな近くにいても、お前の中に本物の海洋神がいたことに気づかなかったんだからな。間抜けな神だよ、おれは」

 胸に手を当て、メリアは(つぶや)く。

「アタイの中に、本物の海洋神がいる……」

 天空神は(うつむ)き、地面を見下ろす。

「ならば話は変わるだろうな。もう一度神殿へ戻り、やるべきことを考えるとするか。……ああ、その前に、もう一つお前に見せたいものがある」

 天空神は、指を鳴らした。

 視界が暗転し、突然、雲の真下に出た。宙に浮いたまま、凄惨(せいさん)な光景を見下ろしている。
 アシェバラドの大地は大きくひび割れ、いたるところで火山が爆発し、溶岩が流れ出している。北の氷は溶け出し、割れて海に落ちていく。

「奈落の神が消えたことで、アシェバラドを支えていた神獣たちも消えてしまった。この大陸はいずれ、海に沈んでいくだろう」
「そんな……人の子たちはどうなるんだ。少なくなったって言っても、まだまだたくさん生きてるんだろ」

 ルキの姿の天空神は、大陸を寂しそうな表情で眺めている。
 しばらくして大きく息を()くと、気持ちの整理がついたような爽やかな顔をメリアに向けた。

「……そろそろ戻ろうか」

 もう一度、天空神は指をぱちんと鳴らした。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 マレルが、祭壇の近くに現れたメリアとルキの姿に気付く。

「メリア!」

 メリアは彼に駆け寄り、抱きついた。

「マレル、アシェバラドはもうすぐ沈む。もう、アタイたちには何も出来ないみたいだ」

 その言葉に、神殿内の(みな)が驚き、目を見合わせる。
 マレルはメリアを強く抱きしめたまま、天空神に話しかける。

(みんな)をエンドラシアに帰してください! もし代償が必要なら、僕の命を捧げます!」
「お前の命にそんな価値は……いや、そうか。帰してやれば邪魔者は居なくなる……」

 ルキの姿の天空神は、腕を組んでしばらく考える。
 そしてメリアの方を向き、問いかける。

「メリア。もう海洋神の力は必要ないな」
「こんなのいらない。なんなら、あんたに全部あげるよ」
「そうか、では喜んでいただくとしよう。おれは神として、最後に目一杯暴れてみたい。海洋神となら、相手に不足はないだろう。ちゃんと決着をつけなきゃな」

 そう言って、天空神は両腕を広げる。

 白い光が世界を(つつ)んでいく。白い色以外何も見えない。ただ、ただ白い世界。

 メリアの身体から、大きな力が剥がれていくのを感じる。

 そして、どこかへ引っ張られる。遠くから七色の光が近付いて来る。意識は、七色の光の中を通り抜けていく。

 途中、像がメリアの中に流れてきた。

 白い巨竜(ドラゴン)と、巨大な(たこ)の化け物が、沈みゆくアシェバラドの大地の上で争っている。互いに打ち合い、噛みつき、叩きつけ、その巨躯(きょく)をぶつけ合う。

 その像は、やがて遠ざかり、観えなくなった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 メリアは潮の匂いで目を醒ました。

 どうやら砂浜に寝そべっているようだ。
 服は海水でぐっしょりと濡れていて、海草が足に絡みついていた。

 わずかに残る腕の力で、身体を起こし、砂の上に座る。
 辺りには、たくさんの人の子が同じように打ち上げられている。すでに起き上がって景色を呆然と眺める者や、家族を探して歩き回っている者など、様々な反応を見せていた。

 メリアは震える足に力を込めて、立ち上がった。
 視界は砂浜全体に及ぶ。数百、いや、それよりも多く、数え切れないほどの人の子たちの姿がそこにあった。

 右手に魔導珠(まどうじゅ)を握りしめていたことに気付く。

「ラピ……」

 その魔導珠(まどうじゅ)見詰(みつ)め、泣きそうになるのを我慢して、笑顔を向ける。
 そして、指でつまむようにして、手を上にしっかりと伸ばし、エンドラシアの風景を見せる。

「帰ってきたよ、ラピ」
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