第20話 Anticipation
文字数 2,711文字
走りながらイニルムの腕が茶色く光り、その形を大きな鎌 に変える。
一気にメリアに近付き、後退 る彼女の首を刎 ねるために下から腕を振り上げる。
メリアは受け身を取りながら地面に倒れ避けようとする。イニルムはすぐに腕を翻 し、今度は鎌 を振り下ろした。
身体を捻 るが避けきれそうになく、メリアは目を瞑 る。
横から飛び出して来たキヴリの黒い腕が大鎌 を弾く。表情を歪 ませたイニルムの顔に向かって、キヴリは殴りかかる。
イニルムの胸から衝撃波が放たれ、キヴリの身体が宙に浮く。浮いた身体にイニルムの蹴りが入り、キヴリは回転しながら後ろへ勢い良く飛んで行った。
「オレの鎌 を受け止めた、か。そいつも人の子の領域を外れているな。お前たちは一体、何なんだ」
アシュがキヴリを起こす。キヴリが珍しく痛みを堪 えるような表情を見せる。
メリアは立ち上がり、もう一度イニルムに向き直る。
「何なんだってのはアタイの方の言葉だよ。なぜ人の子を襲うんだ。戦いたいなら神獣とでも戦ってろよ」
イニルムは鼻を鳴らす。
腕を組み様子を見ていたザニドが、口端を上げながら答える。
「我々は人の子の恐怖する顔が大好きなんですよ。魔物も神獣も、表情なんてほとんどありませんからね」
「気持ちの悪い奴らだな。さっさと消えてくれ」
「おや、酷い事をおっしゃる。……ここでお前たちを葬ることなど、造作もないが」
ザニドが醜 く微笑む。イニルムが冷たい視線を彼に向ける。
「おい、なに口喧嘩してるんだ。……もういいや、なんだか面倒になった。帰るぞ」
そう言って、少年はメリアを見る。やはり、美人だ。
「次に会ったら、殺すからな。せいぜいオレたちから隠れて、エンドラシアに逃げ帰ることだ」
メリアは下瞼 を指で下ろして、大きな声で煽 る。
「やなこった! 何回だって戦ってやるよ!」
「なっ、なんだと……!」
イニルムは目を見開き唇を震わせ、腕に力を入れる。ザニドはふたりの掛け合いに大笑いする。
「いやいや、なかなか面白いものを見れて良かったですよ。イニルム様、それでは、いったん退 きましょう」
「でも、あいつが……」
瞳を黒く輝かせ、ザニドがイニルムを睨 む。イニルムは俯 き、黙ってしまった。その目から生気が消える。
ザニドは腕を上げ、指を回す。虚空から、漆黒の大きな鳥が現れた。ふたりは鳥の背に乗る。
「皆 さん。十年かけて造らせた魔導装甲 を破壊した罪は、いずれ償 っていただきますよ」
ザニドの言葉を遺 し、大きな黒い鳥はふたりを乗せて飛び去って行った。
魔導装甲 に、ラピから剥 がれた岩や大木 が覆い被 さっていた。ラピは土砂の中から姿を見せるが、足が覚束無 い様子だ。
メリアが心配そうに近寄る。
「ラピ、ふらふらじゃないか。力を使い過ぎた?」
『いつも通りの使い方をしただけだよ。この大陸に来てから、なんだか魔導珠 の調子が悪いんだ』
倒れかけたラピの体を支えて、メリアは辺りを見廻 す。どこか、彼を休ませられる場所を探さなければ。
「お前たち、大丈夫かぁ?」
振り返ると、皺 を寄せて微笑む、白髪の痩せた老人が立っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
破壊された小さな町のはずれ、森の中の古びた小屋に老人は住んでいた。小屋の中、寝床にラピを寝かせる。老人の勧めでメリアは椅子に座り、ナビは絨毯 の上に伏せた。
「町は全滅だなぁ。もともと十数人しか住んでなかったけど、もう終わりだぁ」
言葉の割には悲壮感無く、老人は笑う。
アシュとキヴリが遅れて小屋に入って来た。
「町の家屋は殆 ど壊れてたよ。町の人たちも、生き残りは見つからなかった。死体だらけさ」
アシュの報告にも、老人は驚かず、呟 くように言う。
「皆 、いつかは逝 ってしまうんだ。早いか遅いか、だなぁ」
椅子にもたれながら、メリアは老人に問う。
「なあ、この辺 に英雄ルキの墓はあるのか? 丘にあるって聞いたけど」
「あるよぉ。……ルキの墓に何か用事かぁ?」
「ルキはアタイのじいちゃんなんだ。本当のじいちゃんじゃないけどな」
老人は顔を顰 める。深い皺 で目が隠れる。
「事情がありそうだなぁ。よし、案内するよぉ」
そう言って、老人は小屋を出て松明 に火を点 け、丘に向かい歩き出した。ナビとラピ、アシュを小屋に残し、メリアとキヴリは老人について歩く。
夕間暮 れの草原の道なき道を進み、丘を目指す。
「アタイはメリアってんだ。あんた、名は何て呼べばいい?」
「儂 はスワビだぁ。そこの大きな彼は……」
「おれはキヴリ。この大陸の古い人殺しの戦士と同じ名だ」
スワビは歩きながら、キヴリの顔をまじまじと眺める。
「その名は聞いたことがある。パナタなら詳しい事が分かるかなぁ」
そう言って、皺 くちゃな顔で微笑む。
「ここを上がった所が、ルキの墓のある丘だぁ」
緩やかな坂を上がり、大きな葉のついた巨木が見守る丘に辿 り着くと、幾つもの大きな石碑 が置かれていた。
「スワビ、アタイは字が読めないんだ」
照れ臭そうに言うメリアに微笑みかけ、スワビが順番に紹介する。
「左からなぁ。ルキ、リリシア、モアーニ、シイラ、リュミオ。皆 、大陸の危機に立ち向かった者たちだぁ」
「リリシアの墓……。本人がここに来たことはある?」
「お前さん、彼女も知って……そうか、ルキの孫って言ってたなぁ。この前もリリシアが訪ねて来たよ。ここには誰の体も埋まってない。全員、黒い塵 になって散るか、溶けて消えてしまったからなぁ。墓だけど、本当の墓じゃない。儂 の気持ちの区切りのためのものだぁ」
「そういうものなのか。ここの二つに埋まってるのは魔導珠 だけど、魔物だったってことか」
「シイラとリュミオは、呪いとの戦争でルキの仲間として戦った正義の魔物だぁ。海洋神が消えて、魔物たちは魔導珠 の光を失っていった。十年くらいの間にすべての魔物がなくなってしまったんだぁ」
スワビは何かを思い出すように、俯 き二つの墓を見下ろす。心なしか、肩を落としてがっかりしているように見えた。
キヴリがメリアの肩をぽんと叩く。
「おれの眼の奥の魔導珠 も少しだけ力が弱まっているようだ。この大陸では魔導珠 は長く輝けないのかも知れない」
「じゃあ、ただでさえ命の限りが近付いてるラピは、どうなるんだ」
「分からんが、力は使わせない方が良 いだろうな」
メリアは口をきゅっと引き締め、天空神の神殿の方向を見遣 る。夕陽の光が神殿の影を淡く映している。
ラピだけでも、すぐにエンドラシアに帰してやらなければ。天空神に願えば、それは出来るのだろうか。それとも、本当に天空神を消滅させて、アシェバラドを終わらせないといけないのだろうか。
「キヴリ、あの神殿に行こう。アタイはラピを故郷 で死なせてやりたいんだ」
一気にメリアに近付き、
メリアは受け身を取りながら地面に倒れ避けようとする。イニルムはすぐに腕を
身体を
横から飛び出して来たキヴリの黒い腕が
イニルムの胸から衝撃波が放たれ、キヴリの身体が宙に浮く。浮いた身体にイニルムの蹴りが入り、キヴリは回転しながら後ろへ勢い良く飛んで行った。
「オレの
アシュがキヴリを起こす。キヴリが珍しく痛みを
メリアは立ち上がり、もう一度イニルムに向き直る。
「何なんだってのはアタイの方の言葉だよ。なぜ人の子を襲うんだ。戦いたいなら神獣とでも戦ってろよ」
イニルムは鼻を鳴らす。
腕を組み様子を見ていたザニドが、口端を上げながら答える。
「我々は人の子の恐怖する顔が大好きなんですよ。魔物も神獣も、表情なんてほとんどありませんからね」
「気持ちの悪い奴らだな。さっさと消えてくれ」
「おや、酷い事をおっしゃる。……ここでお前たちを葬ることなど、造作もないが」
ザニドが
「おい、なに口喧嘩してるんだ。……もういいや、なんだか面倒になった。帰るぞ」
そう言って、少年はメリアを見る。やはり、美人だ。
「次に会ったら、殺すからな。せいぜいオレたちから隠れて、エンドラシアに逃げ帰ることだ」
メリアは
「やなこった! 何回だって戦ってやるよ!」
「なっ、なんだと……!」
イニルムは目を見開き唇を震わせ、腕に力を入れる。ザニドはふたりの掛け合いに大笑いする。
「いやいや、なかなか面白いものを見れて良かったですよ。イニルム様、それでは、いったん
「でも、あいつが……」
瞳を黒く輝かせ、ザニドがイニルムを
ザニドは腕を上げ、指を回す。虚空から、漆黒の大きな鳥が現れた。ふたりは鳥の背に乗る。
「
ザニドの言葉を
メリアが心配そうに近寄る。
「ラピ、ふらふらじゃないか。力を使い過ぎた?」
『いつも通りの使い方をしただけだよ。この大陸に来てから、なんだか
倒れかけたラピの体を支えて、メリアは辺りを
「お前たち、大丈夫かぁ?」
振り返ると、
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
破壊された小さな町のはずれ、森の中の古びた小屋に老人は住んでいた。小屋の中、寝床にラピを寝かせる。老人の勧めでメリアは椅子に座り、ナビは
「町は全滅だなぁ。もともと十数人しか住んでなかったけど、もう終わりだぁ」
言葉の割には悲壮感無く、老人は笑う。
アシュとキヴリが遅れて小屋に入って来た。
「町の家屋は
アシュの報告にも、老人は驚かず、
「
椅子にもたれながら、メリアは老人に問う。
「なあ、この
「あるよぉ。……ルキの墓に何か用事かぁ?」
「ルキはアタイのじいちゃんなんだ。本当のじいちゃんじゃないけどな」
老人は顔を
「事情がありそうだなぁ。よし、案内するよぉ」
そう言って、老人は小屋を出て
「アタイはメリアってんだ。あんた、名は何て呼べばいい?」
「
「おれはキヴリ。この大陸の古い人殺しの戦士と同じ名だ」
スワビは歩きながら、キヴリの顔をまじまじと眺める。
「その名は聞いたことがある。パナタなら詳しい事が分かるかなぁ」
そう言って、
「ここを上がった所が、ルキの墓のある丘だぁ」
緩やかな坂を上がり、大きな葉のついた巨木が見守る丘に
「スワビ、アタイは字が読めないんだ」
照れ臭そうに言うメリアに微笑みかけ、スワビが順番に紹介する。
「左からなぁ。ルキ、リリシア、モアーニ、シイラ、リュミオ。
「リリシアの墓……。本人がここに来たことはある?」
「お前さん、彼女も知って……そうか、ルキの孫って言ってたなぁ。この前もリリシアが訪ねて来たよ。ここには誰の体も埋まってない。全員、黒い
「そういうものなのか。ここの二つに埋まってるのは
「シイラとリュミオは、呪いとの戦争でルキの仲間として戦った正義の魔物だぁ。海洋神が消えて、魔物たちは
スワビは何かを思い出すように、
キヴリがメリアの肩をぽんと叩く。
「おれの眼の奥の
「じゃあ、ただでさえ命の限りが近付いてるラピは、どうなるんだ」
「分からんが、力は使わせない方が
メリアは口をきゅっと引き締め、天空神の神殿の方向を
ラピだけでも、すぐにエンドラシアに帰してやらなければ。天空神に願えば、それは出来るのだろうか。それとも、本当に天空神を消滅させて、アシェバラドを終わらせないといけないのだろうか。
「キヴリ、あの神殿に行こう。アタイはラピを