第3話 Penetration

文字数 2,485文字

 メリアは大きく息を吸い、指笛を吹く。
 すぐに木々の間を()うようにして飛龍(ワイバーン)が降りてくる。

 マレルは初めて実際に見る魔物に、声も上げられず唇を震わせる。その様子に気付いたメリアが真面目な表情で伝える。

「あんたはお(うち)に帰りな。もうじきここは戦場になる」

 それだけ言うと、飛龍(ワイバーン)の背中に飛び乗って去ってしまった。
 独り残された彼は唖然としながら、空へ羽ばたいて行く飛龍(ワイバーン)を見送っていた。

 ぐんぐんと速度を上げ、メリアを乗せたヴィル=ナラと他の飛龍(ワイバーン)たちは、塔を襲った魔術の出所(でどころ)に向かって行く。

『おいメリア、さっきの奴は何だ。人の子だったようだが』
「今はそんな話をしてる場合じゃないだろ! ほら、前、来るぞ!」

 森の向こう、(そび)える山の中腹ほどから、魔術のものと思われる光が放たれる。それは矢よりも速く、同時に百ほどの光が螺旋(らせん)を描きながら迫ってくる。

『ちっ! 人の子如きが小癪(こしゃく)な!』
「だからアタイも人の子だってば!」

 飛龍(ワイバーン)たちは光を巻き込むように回りながら()け、魔道士(メイジ)の兵団に炎を吐く。防御の魔術を張っているのか、炎は兵まで届かずに消えてしまう。

「ヴィル! アタイを降ろしてくれ!」

 ヴィル=ナラは、いったん高度を下げ、魔道士(メイジ)の視界から消える。そうして、一気に飛翔し山の肌すれすれを通る。
 兵団に近付いたところで、メリアはヴィル=ナラから飛び降りる。長剣(ロングソード)は塔に置いてきた。仕方なく、まずは剣を持つ兵に狙いを定め、地に降りるついでに蹴り飛ばす。

 落ちた一振りの鉄製剣(アイアンソード)を右手で取り上げ、そのまま身体を回転させて一気に数人を斬り飛ばす。さらに左手で手斧(ハンドアックス)を拾い、魔道士(メイジ)の隊列へ目掛け投げる。
 縦に回転しながら勢い良く飛んで行った手斧(ハンドアックス)は、一人の頭を潰しただけでは止まらず、後ろの数人を巻き込み、頭を失った数体はバタバタと崩れていく。

 戦場を恐怖が支配し始める。
 崩れた隊列に、飛龍(ワイバーン)の群れが襲いかかる。ある個体は双翼を広げ、その場で回転して周囲の兵の身体を上下に斬り分ける。またある個体は、尖った(くちばし)で丁寧に一体一体の兵を突き刺す。(もてあそ)ぶように、兵たちの命を奪っていく。

 兵団の中で動いていた飛龍(ワイバーン)の一体が、突然光り、爆発した。
 大きな爆発で、魔物の生命の源となる魔導珠(まどうじゅ)が破壊されたのだろう、その飛龍(ワイバーン)は色を失い溶け落ちていった。

 メリアは舌打ちして、火の魔術の出所(でどころ)を探す。兵の軍団の向こう側に、他の兵に守られるようにして立っている魔導師(アークメイジ)を見つけた。その姿の手前には、魔法陣の光が見えた。

「あいつか!」

 叫んで走り出す。勢いをつけて跳び上がり、兵たちの頭を蹴って隊列の上を跳び続けながら進んでいく。

 魔導師(アークメイジ)に近付くと、周りの魔道士(メイジ)の作り上げた魔法陣から魔術による攻撃が放たれる。メリアは瞳の輝きを強くさせ、呼応して光る鉄製剣(アイアンソード)で魔術の光を斬り払う。

 ようやく魔導師(アークメイジ)の目の前まで到達し、空中で剣を斜めに振りその首を()ね、そのまま胴体にぶつかっていく。

 血飛沫(ちしぶき)で足元が赤く()れる。
 メリアは立ち上がろうとして、一瞬、ぬかるみに足を取られた。

 その瞬間、真っ直ぐ飛来した矢が彼女の肩に突き刺さった。引き抜こうとするが、毒が仕込んであるのか、すぐに彼女は口から泡を吹いて倒れた。

 血溜まりに横たわり、意識を失いかけた時、目の前に汚れた白いローブが立ちはだかった気がした。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 顔に水をかけられて目を()ます。
 まだ身体が(しび)れていて、目を開けることしかできない。肩に刺さった矢は抜かれていて、傷口が()われていた。

「この化け物を生かしておけとは、王子は何を考えているんだ。今まで何千、いや、何万もの兵がこやつに殺されたのだぞ!」
「まあ良いではないですか。飯を与えなければ、このまま朽ち果てて死んでしまうでしょうから」

 低い笑い声が聞こえる。
 メリアは顔を少し動かして、声の元を探る。豊かな髭をたくわえた細身の男と、白髪で太った男が、彼女の姿を見下ろしながら何やらブツブツと言い合っている。
 太った男は、悪態を()きながら思い切り彼女の腹を蹴り上げる。鈍い痛みが襲い、口から酸っぱいものが飛び出る。

「何をやっているんだ!」

 聞き覚えのある声がした。(かす)れた視界に、相変わらずの(きたな)い白いローブが映る。

「王子、こやつは即刻、処刑しましょう。裁判などと悠長なことをしていては、逃げられてしまいます」
「この()は人の子だぞ。僕たちに、勝手に命を奪う権利はないはずだ」
「今までこの化け物が何人……」
「この()は化け物なんかじゃない! この部屋から出て行け!」

 こいつ、アタイのためにこんな声が出せるんだな。本当におかしな奴だ。

 ふたりが出て行くと、石壁と鉄格子で囲まれた部屋にはメリアとマレルだけが残った。
 ようやく意識がはっきりしたメリアは、身体を起こす。両方の手首に鉄の腕輪がつけられており、床に転がる大きな二つの鉄球とそれぞれ鎖で繋がっている。

「なんとか命だけは助けてあげられたけど、僕にはこれ以上どうにも出来ないかも知れない」
「……あれからどのくらいの時間が経ったか分かるか?」
「今は夜深い(とき)だよ。君は結構な時間、寝ていたことになるね」
「そうか、なら、そろそろだな」

 マレルは首を(かし)げる。少し嫌な予感がした。

「なにが、そろそろなんだい?」

 メリアは(うつむ)いて少し迷っている様子だったが、顔を上げると、彼の目を見詰(みつ)めて声を出す。

「あんたには死んで欲しくない。すぐに全力で走って逃げろ。絶対に振り返るなよ」

彼が驚いて息を止めると、一段と大きな声でメリアが叫ぶ。

「行け!」

 ただならぬ気配を察知したマレルは、(きびす)を返し、走り出す。

 その姿を見送ったメリアの瞳が、強く(あか)く光り始める。
 頭上から、壁の崩れていく音が(とどろ)いた。(とりで)全体が大きく揺れ、天井から小さい石や細かい砂が降ってくる。

 彼女は、瞳の輝きに呼応して光る鉄球を両腕で軽々と引き()りながら、部屋を歩いて出る。兵たちがその姿に気付き、焦って向かってくる。

 戦神メリアは、目を見開き、不気味(ぶきみ)な笑みを見せて叫ぶ。

「お前たちはアタイに傷を付けたんだ! どんなお返しをしてやろうか!」
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