第13話 Untouchable

文字数 2,437文字

 キヴリは黒い長髪をなびかせ飛びつきながら、右腕を振り下ろす。
 剣を構えたメリアは、その勢いの凄まじさに身を引いて攻撃を(かわ)す。

 その大柄な体躯(たいく)をすぐに(ひるがえ)し、追撃の(こぶし)が彼女の目の前に迫って来る。
 身体を(ひね)りながら拳をやり過ごし、回転の勢いで剣を相手の胸に沿わせる。キヴリの灰色の服が横に切り裂かれる。

「なぜだ戦神! なぜおれの身体を斬らない?!」
「人の子を殺さないって約束したんだ! アタイはもう戦神じゃない!」

 その言葉にキヴリの動きが止まる。メリアは呼吸を整えながら、剣を構え直す。

「なら心配ない。おれの左眼を見ろ。魔導珠(まどうじゅ)が埋まってる」
「あんた、魔物なのか……?」
「だから手加減は無用だ。行くぞ!」

 彼は一気に間合いを詰め、黒く濁った腕を下から振り上げる。メリアは相手の拳を蹴り上げ、そのまま縦に身体を回転させて同時に剣を振り回す。
 キヴリの髪が縦に切れ、パラパラと地に落ちる。彼は目を見開き、左手でメリアの腹を突き飛ばす。

 メリアは(うめ)き声を上げながら吹っ飛び、地面を転がるが、すぐに体勢を立て直す。目の前にはすでに彼の足蹴りが迫って来ている。
 地に伏せて攻撃を()け、腕を起点にして逆立ちすると、足をキヴリの首に絡める。
 そのまま足に力を込め、身体を巧みに回し彼の後ろを取る。剣を首に当てるが、硬くて刃が入っていかない。

 彼の頭を蹴り飛ばし、飛び退(すさ)り間合いを取る。

「アシュ! コイツなんなんだ。魔物でもこんな硬くないぞ」
「あいつは火炎龍(ヒドラ)の鱗を……じゃなくて、キヴリ! 約束が違うだろ! 会って話すだけじゃなかったのか」
「だからこうして対話をしているだろ」

 キヴリは右手を前に出す。

「なんだ、ただの馬鹿者か」

 ヘイゲンの言葉に、キヴリは彼を(にら)みつける。ヘイゲンはそそくさと兵の後ろに回る。

「戦神、お前のことは分かってきたが、もう少し付き合え」
「だから、アタイはもう……」

 言い終わる前にキヴリは地を蹴って近付いて来る。
 メリアは舌打ちして、今度は加減せずに長剣(ロングソード)を突き出す。彼は右腕で剣を弾き、そのまま左手でメリアの首を(つか)む。

「ぐっ!」

 首を持ち上げられ、身体の自由がきかなくなる。足をかろうじて動かすも、キヴリの身体には届きそうにない。
 キヴリは右腕を引いて、メリアに(とど)めを刺す準備に入る。

 彼が右腕を前に出そうとした時、緑色の光が右手首に絡みつき、その動作を制止した。

「アシュ。何をする」
「約束を守れない卑怯者には罰を与えないとね。今度は束縛を破らせないよ」

 さらにヘイゲンと兵が走り、彼に向かって行く。
 メリアを放り捨て、キヴリは左腕を振り回して剣や(スピア)を持ったヘイゲンたちを一気に弾き飛ばした。彼らはなす術なく地面を転がる。

 キヴリは辺りを見廻(みまわ)す。メリアの姿が無い。

 視界に影が映る。キヴリが空を見上げようとした瞬間、渾身の力を込めて振り下ろされた剣が彼の頭頂に直撃した。衝撃で彼の意識が遠のいていく。

 仰向けに倒れた彼の上にメリアが覆い被さり、左眼に剣先が当たるのをぎりぎりで止めた。

「なぜ殺さない? おれは半分魔物だ。人の子と思わなければ、殺しても問題ないだろ」
「あんたを殺す理由が無いからさ。元々アタイは好きで人の子を殺してたわけじゃない。恐がらせて、西の航路を諦めさせるために戦ってたんだ」
「そうか……」

 キヴリはゆっくりと彼女の剣を払い、身体を起こす。

「アシュ。もう話は終わった。束縛を解いてくれ」
()なこった。反省するまで不自由してな」
「厳しいな……。おれはキヴリだ。またいつか、邪魔の入らないところで(たたか)いたいな」
「メリアだ。アタイは遠慮しておくよ。あんたに勝てる気がしない」
「本当に戦神は消えたんだな。メリア、手合わせしてくれてありがとう。じゃあな」

 そう言ってキヴリは森の奥へ姿を消した。

「すまなかった。あいつの話ってのがこんな事だとは思わなくてね」

 アシュは森の方を(にら)みながら言った。メリアはヘイゲンたちの無事を確認して、彼女に答える。

「めちゃくちゃな奴だったけど、殺気は感じなかったんだよな。多分、あれでも手加減してただろ」
「そうなのか? あたしはやり合ったことがないけど、メリアがそう言うなら、そうなんだろうな」
「で、結局あいつは何者なんだ?」
「うちの団の前の頭領(カシラ)さ。しばらく投獄されてたけど、この前の鍵で解放してやったんだ」

 あいつなら何の罪でも不思議はなさそうだ。あの左眼……。

「あいつは魔物なのか? それとも人の子に魔導珠(まどうじゅ)を埋めたのか?」
「さあね。キヴリ自身、昔の記憶が無いらしい。……そろそろ追いかけないといけないから、またな」

 手を振って、アシュは盗賊たちと共に森の中へ入って行った。
 またな、という言葉に嫌な予感が残った。

「メリア、大丈夫か」

 ヘイゲンが足を(かば)いながら近付いて来た。お付きの兵たちもよろよろと立ち上がり、歩いて来る。

「あんたたちよりはね」

 彼女は笑みを浮かべて息を()いた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 朝陽が街を陽光で包む刻、マレルが勢いよくメリアの部屋の扉を開けた。
 着替えの途中で胸を(はだ)けた姿を見て、すぐに扉を閉めた。

「ごめん! 昨日の夜、大男と戦ったって聞いて……」

 しばらくして、扉がゆっくりと開く。衣装(ドレス)に着替え終えたメリアが、マレルに抱きついた。

「アタイ、剣は使ったけど、殺さなかった。約束、守ったよ」

 マレルは彼女の頭を()でる。

「うん。頑張ったね。約束守ってくれて、ありがとう」

 ふたりは屋敷の中庭を歩きながら話す。

「キヴリって、あの本の中で英雄ルキの前身として記されてた名じゃないか」
「じいちゃんの? あいつ、左眼に魔導珠(まどうじゅ)が埋まってたんだぞ。それに記憶が無いって……。アタイの頭じゃ、なにが何だか分からないよ」
「投獄されてたんだよね。諜報兵に調べてもらうか」

 屋敷の中庭に通じる扉が開き、ダマクスが久しぶりに姿を見せた。
 彼は挨拶より前に、急ぎ要件を伝えた。

「メリア、頼みがある。一緒にヒュポクリテ火山に向かおう」
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