二十八夜 後悔なんかしてないわ

文字数 1,258文字

 弾けた光は細かな粒となって、雪のように境内に降り注ぐ。
 佳乃(よしの)はその中心に立つ虎児(とらじ)をじっと見つめていた。それに気づいた虎児も、佳乃を見る。
 獣化したままの虎の顔は、穏やかなものに見えた。

「……久しぶり」

 佳乃は掠れた声を出す。

「おう。この前()うたんは六、七年前くらいやったか?」
「そんなものね」
「お前はホンマ、変わらんなぁ。〝月に捕われし者(ルナティック)〟になった十三年前のままや」
「あなたは……変わった?」
「ああ。ちぃとばっかし歳とったわ」

 虎児の声には苦笑(にがわら)いしたような響きがあった。佳乃も微笑む。

「顔を見せてやりたいんは山々やけど、この状態で獣化を解いたら素っ裸(すっぱだか)やねん。二人っきりなら、見せたってもええねんけどな」
「ばーか、佳乃があんたと二人っきりになるわけないでしょ」

 紅葉(くれは)は佳乃の隣りに来ると、これ見よがしに彼女の腕に組み付いた。

「お前……見るたびにガキっぽくなりよんのな。幼児退行されたら佳乃(ほごしゃ)の苦労も絶えんわ」
「なんですって? あんたがおじさんになっただけよ、お・じ・さ・ん・に」

 虎児の言葉に紅葉はムキになって反応する。

「フッ」
「あ、なに鼻で笑ってんのよバカ猫」
「大人の余裕ちゅうやつや」
「その言い方ムカツク」

 二人のやりとりを見て、佳乃はくすりと笑った。

「虎児、仲間を倒してしまって大丈夫なの?」
「あ? ああ。関係ない人間巻き込んで掟破ったんは、あのクソ坊主や。それに、わざと暴走しよったさかいな。
 〝月を喰いし者(エクリプス)〟が自ら望んで月に喰われたんじゃ、笑い話にもならへん」

 そう言って虎児は背を向けた。

「あれ? 決着つけるんじゃないの?」
「今日はもう疲れたわ。佳乃はしばらくお前に預けといたる」
「明日には、もうこの街にはいないかもよ?」
「そんときは、また追いかける。ワイは諦めの悪い男なんや」
美紀(みのり)ちゃんには顔見せないの?」

 佳乃は虎児の背中に問う。

「いまさらワイの出る幕やないやろ」

 見れば、美紀は気を失ったまま(けい)(かかえ)られている。周りには、美音子(みねこ)瑞穂(みずほ)が心配そうに立っていた。そこに〝人〟以外のモノの立ち()る隙間はない。

「……そうね。伝言があれば伝えておくわよ」
「傷を治してくれておおきに。あと、おじさんやのうて、おにいさんや」
「わかった。伝えとく」

 佳乃は笑いながら答える。虎児は背中越しに手を振った。そして闇の中へ溶けるように消えていく。

「ねぇ佳乃、よかったの?」
「なにが?」
「あいつについて行かなくて」
「……どうしたの?」

 紅葉は不安そうな顔で佳乃を見ている。佳乃はそんな紅葉の瞳をじっとのぞき込んだ。

「わたしは自分の意志で、紅葉のいるこの世界に来たの。誰に強制されたわけでもないわ」
「〝月を喰いし者(エクリプス)〟になってまで、佳乃を追いかけて来たのに?」
「紅葉。わたしたちが〝人〟であるためにはね、留める側も〝人〟でなければ意味はないのよ」

 そう言って、佳乃は恵たちを見た。

「そしてわたしは紅葉が呼んでくれたから、月の(がわ)にいるの。後悔なんかしてないわ」
「……ありがと」

 佳乃は、胸に甘えてくる紅葉の頭を、そっと――撫でた。

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