(16) ぶりっ子の匠
文字数 1,897文字
里美は、決して樋山を霧田美波に近づけてやろうなどという親切心から、彼を天文部に誘ったわけではなかった。しかしながら、結果として弥生が想いを寄せる樋山を、樋山が想いを寄せる美波に近づけてしまったことは事実だ。弥生に対してはちょっと悪いことをしたかも、という小さな罪悪感が頭をかすめたりもした。ただ、その罪悪感が小さくて済んでいるのは美波と接する中で、樋山の美波への想いが一方通行に過ぎないことを感じ取っていたからだ。
「樋山くんは、霧田先輩と幼馴染みなんだよね」
弥生は里美の方は見ずに、少し寂しそうに呟いた。
「あいつが霧田部長のことが好きだって知ってたんだ?」
「そりゃ分かるよ、そのくらいは」
弥生は、だって好きな人のことだものという言葉を呑み込んだ。樋山と霧田先輩は学年も、これまでは部活も違ったので校内での接点は多くなかった。それでも体育祭や文化祭などで、彼女のことを目で追っている樋山のことを見ていれば自ずと気がついてしまう。それは自分が樋山のことを目で追っているのと、同じ姿に思えたからだ。
「小田島さんも、樋山くんが霧田先輩のことを好きだって知ってて、わたしに樋山くんにチョコをあげればなんて言ってるの? それって酷くない?」
「あ、いや、それは。……ごめん」
里美は、弥生のように長期間に亘って樋山のことを観察してきたわけではない。それでも天文部で過ごしたわずかな時間であっても、表情や態度を見ていれば彼が美波に対して幼馴染として以上の好意を持っていることはすぐに伝わってきた。ただし、分かったのはそれだけではない。一方の美波の方は樋山のことをただの幼馴染としか思っていないことも、里美には分かってしまった。
「樋山には可哀想だけど、わたしはね、天文部での二人を見ていて、何となく樋山の片想いなんじゃないかなって感じてたんだよ。だから、ちょっと、調子に乗ってしまったかも。森次さんにも失礼だったね。ごめん」
本当は何となくではなく確信のようなものがあったけれど、そこまで人の想いを決めつけてしまうことに、今の里美は躊躇 いを感じていた。それは弥生から酷いと指摘されたせいもあるかもしれない。
弥生に樋山とのことをけしかけるような言い方をしてしまったもう一つの理由は、樋山に話しかける機会が増えたことで、弥生が樋山に向ける視線にも気づいていたからだ。
「ほんとうにそう思うの?」
「え?」
「だから、その、霧田先輩の方は樋山くんに対して、その……」
「霧田部長みたいな美人が、歳下のあんなやつを相手にするとは思えなくない?」
「あんなやつじゃないよ。樋山くんは」
「ああ、ごめん。別にあいつを悪く言うつもりはないんだけど」
「小田島さんはいいね。そうやって樋山くんをあいつ呼ばわりできたりとか、人との距離の縮め方が上手いっていうか。わたしは、どうしても距離をね、取っちゃうから」
「言っとくけど、わたしは樋山も含めてどの男子とも別に距離は近くないから。森次さんはさ、もっと自分に自信を持った方がいいよ。ルックスも性格も非の打ち所がない、不動の男子人気ナンバーワンなんだから」
「そんなことないよ」
「自分ではいそうですよとは言えないだろうけど、事実は事実。わたしだって顔だけ総選挙なんてものがあったら森次さんとだっていい勝負できるんじゃないかって思ったりもするけど、いかんせん性格がこうだからね。短時間なら騙せても、長くは続かないんだ。ま、男子なんて単純だから、ちょっとその気になってぶりっ子すればちょろいもんだけど」
弥生は思わず笑ってしまった。短い時間の間に里美との垣根が少しだけ低くなった気がする。
これまで里美と一対一でちゃんと話をしたことはなかった。男子であろうと女子であろうと、勝手に相手との距離を決めつけてしまうのが自分の悪いところだと自覚があった。そんな反省をこれまでにも幾度となく繰り返してはきたものの、自分を変えるのは簡単ではないと思い知らされるばかりだった。
「小田島さんにぶりっ子なんてできるの?」
このルックスにさばさばした性格で、さらにぶりっ子までできるのだとしたら、ある意味女子としては最強ではないかとさえ思ってしまう。
「ぶりっ子なんて簡単だよ。例えばさ」
言いながら里美は持っていた鞄をベンチに置いた。あらためてマフラーの中に鼻先くらいまでを埋 めたかと思うと、軽く握った両手を顎のあたりに当てて絶妙な角度で首を傾 げた。ぱちっと音がしたかと思うような瞬 きを二度ほどしてから、潤んだ瞳で上目遣いにじっと見つめて来る。そして、枯れ葉が舞うようなか細い声を漏らした。
「……寒い、な……」
「樋山くんは、霧田先輩と幼馴染みなんだよね」
弥生は里美の方は見ずに、少し寂しそうに呟いた。
「あいつが霧田部長のことが好きだって知ってたんだ?」
「そりゃ分かるよ、そのくらいは」
弥生は、だって好きな人のことだものという言葉を呑み込んだ。樋山と霧田先輩は学年も、これまでは部活も違ったので校内での接点は多くなかった。それでも体育祭や文化祭などで、彼女のことを目で追っている樋山のことを見ていれば自ずと気がついてしまう。それは自分が樋山のことを目で追っているのと、同じ姿に思えたからだ。
「小田島さんも、樋山くんが霧田先輩のことを好きだって知ってて、わたしに樋山くんにチョコをあげればなんて言ってるの? それって酷くない?」
「あ、いや、それは。……ごめん」
里美は、弥生のように長期間に亘って樋山のことを観察してきたわけではない。それでも天文部で過ごしたわずかな時間であっても、表情や態度を見ていれば彼が美波に対して幼馴染として以上の好意を持っていることはすぐに伝わってきた。ただし、分かったのはそれだけではない。一方の美波の方は樋山のことをただの幼馴染としか思っていないことも、里美には分かってしまった。
「樋山には可哀想だけど、わたしはね、天文部での二人を見ていて、何となく樋山の片想いなんじゃないかなって感じてたんだよ。だから、ちょっと、調子に乗ってしまったかも。森次さんにも失礼だったね。ごめん」
本当は何となくではなく確信のようなものがあったけれど、そこまで人の想いを決めつけてしまうことに、今の里美は
弥生に樋山とのことをけしかけるような言い方をしてしまったもう一つの理由は、樋山に話しかける機会が増えたことで、弥生が樋山に向ける視線にも気づいていたからだ。
「ほんとうにそう思うの?」
「え?」
「だから、その、霧田先輩の方は樋山くんに対して、その……」
「霧田部長みたいな美人が、歳下のあんなやつを相手にするとは思えなくない?」
「あんなやつじゃないよ。樋山くんは」
「ああ、ごめん。別にあいつを悪く言うつもりはないんだけど」
「小田島さんはいいね。そうやって樋山くんをあいつ呼ばわりできたりとか、人との距離の縮め方が上手いっていうか。わたしは、どうしても距離をね、取っちゃうから」
「言っとくけど、わたしは樋山も含めてどの男子とも別に距離は近くないから。森次さんはさ、もっと自分に自信を持った方がいいよ。ルックスも性格も非の打ち所がない、不動の男子人気ナンバーワンなんだから」
「そんなことないよ」
「自分ではいそうですよとは言えないだろうけど、事実は事実。わたしだって顔だけ総選挙なんてものがあったら森次さんとだっていい勝負できるんじゃないかって思ったりもするけど、いかんせん性格がこうだからね。短時間なら騙せても、長くは続かないんだ。ま、男子なんて単純だから、ちょっとその気になってぶりっ子すればちょろいもんだけど」
弥生は思わず笑ってしまった。短い時間の間に里美との垣根が少しだけ低くなった気がする。
これまで里美と一対一でちゃんと話をしたことはなかった。男子であろうと女子であろうと、勝手に相手との距離を決めつけてしまうのが自分の悪いところだと自覚があった。そんな反省をこれまでにも幾度となく繰り返してはきたものの、自分を変えるのは簡単ではないと思い知らされるばかりだった。
「小田島さんにぶりっ子なんてできるの?」
このルックスにさばさばした性格で、さらにぶりっ子までできるのだとしたら、ある意味女子としては最強ではないかとさえ思ってしまう。
「ぶりっ子なんて簡単だよ。例えばさ」
言いながら里美は持っていた鞄をベンチに置いた。あらためてマフラーの中に鼻先くらいまでを
「……寒い、な……」