(8) 引き続き入浴中
文字数 1,928文字
「どうしたの、何かあった?」
前を向いたままの花絵が、曇った鏡にぼんやり映っている里美に話かける。
里美はスポンジを持った手を花絵の背中に滑らせながら、打ち明けた。
「昨日、学校に中和泉咲桜 が来た」
「えっ、本当に⁈ 大丈夫だったの?」
驚いた花絵が鏡越しに問いかけ、里美もまた鏡越しに頷いた。
「この通り。大丈夫。でも、」
里美は姉の背中の同じところを何度も洗いながら、昨日の出来事を詳しく話して聞かせた。
「その男の子、樋山くんは大丈夫かな」
「どうだろう。一旦はキキョウにかなり浸入 り込まれたからね。彼の存在はもうキキョウも認識していると思う。わたしのせいだ。こうならないように、友達は作らないように孤立キャラで通そうと思ってたのに、途中で気が緩んじゃったから……」
「あなたはもともと人懐っこい性格なんだ。ただ人見知りだから最初はツンツンしているって思われがちだけど」
「そのツンツンを最後まで通そうと思ってたんだよ。でも、なんか、学校生活が楽しくなっちゃって。キキョウもここまでは来ないんじゃないかって、油断があったんだと思う。わたしのせいで、みんなを危ない目に合わせることになっちゃった……」
「あなたのせいじゃないよ。あなたが孤立していようがみんなと仲良くしていようが、キキョウはそんなことお構いなしなんだから。わたしは最初から学校生活を楽しみなさいって言ってたでしょ」
「そうだけど……でも、どうしてここがばれたんだろう?」
「まあキキョウ相手だから、ばれるのは時間の問題だと思ってはいたけどね。替わろう。今度はわたしが背中、流したげる」
二人は場所を入れ替わった。
「咲桜 は相変わらず本当に透き通るような肌をしてるよね」
「咲桜じゃない」
「あ、ごめん。つい。里美。色素が薄くて肌が白いのも羨ましいし、体毛が薄いのも羨ましいよ。ムダ毛の処理に余計なお金と時間を使わずに済むし」
「生えるはずのところに人並みに生えてこないってのも、思春期の女の子には悩みだったりするんだよ。下はかろうじてあるけど、腋は全然生えてこないんだよねえ」
「思春期なんてすぐ終わるよ。残りの人生の方がよっぽど長いんだから。わたしなんか脱毛にどれだけお金かけたか」
二人は実の姉妹ではない。キキョウから身を隠すために偽名を使って姉妹としてこの街で暮らしていた。
妹、小田島里美として暮らしているのが実は本物のトップアイドル、中和泉咲桜であり、花絵と名乗っている姉の方は咲桜が所属するアイドルグループのマネージャー、立花絵里子だ。
「これからどうする? どこかへ引っ越した方がいいんじゃ」
妹の言葉に姉は首を振る。
「どこへ行っても、どうせすぐにばれるよ。樋山くんには悪いけど、余所に行けばまた別の人を巻き込んでしまうかもしれないし。もうしばらくここで情勢を見極めよう」
「分かった」
「で、その中和泉咲桜はどうなったの?」
「形状崩壊して蒸発したはず」
「そう」
「でも、昨夜 の生番組にはしれっと出演してたけどね」
「今さら中和泉咲桜がいなくなったりしたら、それこそ大騒ぎだもの。何回でも甦るよ」
「だね」
「あっちの咲桜の方がおっぱい大きかったんじゃない?」
「うるさい。わたしをコピーしてるんだから、同じに決まってるでしょ」
「でも、時間が経過すれば成長するじゃない。そこまで全く同じってわけでもないんじゃないかな」
里美は黙ってシャワーから冷たい水を出して背後の花絵に浴びせた。
花絵が驚いて飛び上がる。
「きゃあっ! ごめん、冗談だってば」
二人の出会いは、とある芸能事務所で新しく女性アイドルグループを誕生させようというプロジェクトでのことだった。
それまでの仕事を辞めてそのプロジェクトに参加した花絵こと立花絵里子と、オーディションに応募してきた里美こと中和泉咲桜。咲桜は2万を超える応募者の中から最終合格者の5名に選ばれた。
咲桜をキャプテンとして始動したグループはたちまち人気を博し、今でも国民的アイドルグループとして活動を継続している。そう、キャプテンの中和泉咲桜がここに偽名を使って潜伏している現在でも、だ。グループのメンバー5名のうち、咲桜を含む少なくとも3名はキキョウが入れ替わっていると思われる。
姉妹はまた仲良く湯舟に浸かっていた。
「で、お姉ちゃんの方は何か収穫あったの?」
「ううん。残念ながら。でもね、きっと何かあるはず。キキョウがわたしたちに知られたくない秘密が。執拗にわたしたちを追いかけてくるのが、その何よりの証拠だと思う」
「じゃ、とりあえずまだしばらくはここで里美と花絵の姉妹だね」
「そうなるわね」
「お姉ちゃん、名前、間違えないでよね」
「ごめん。気をつける……」
第1章- 終 -
前を向いたままの花絵が、曇った鏡にぼんやり映っている里美に話かける。
里美はスポンジを持った手を花絵の背中に滑らせながら、打ち明けた。
「昨日、学校に
「えっ、本当に⁈ 大丈夫だったの?」
驚いた花絵が鏡越しに問いかけ、里美もまた鏡越しに頷いた。
「この通り。大丈夫。でも、」
里美は姉の背中の同じところを何度も洗いながら、昨日の出来事を詳しく話して聞かせた。
「その男の子、樋山くんは大丈夫かな」
「どうだろう。一旦はキキョウにかなり
「あなたはもともと人懐っこい性格なんだ。ただ人見知りだから最初はツンツンしているって思われがちだけど」
「そのツンツンを最後まで通そうと思ってたんだよ。でも、なんか、学校生活が楽しくなっちゃって。キキョウもここまでは来ないんじゃないかって、油断があったんだと思う。わたしのせいで、みんなを危ない目に合わせることになっちゃった……」
「あなたのせいじゃないよ。あなたが孤立していようがみんなと仲良くしていようが、キキョウはそんなことお構いなしなんだから。わたしは最初から学校生活を楽しみなさいって言ってたでしょ」
「そうだけど……でも、どうしてここがばれたんだろう?」
「まあキキョウ相手だから、ばれるのは時間の問題だと思ってはいたけどね。替わろう。今度はわたしが背中、流したげる」
二人は場所を入れ替わった。
「
「咲桜じゃない」
「あ、ごめん。つい。里美。色素が薄くて肌が白いのも羨ましいし、体毛が薄いのも羨ましいよ。ムダ毛の処理に余計なお金と時間を使わずに済むし」
「生えるはずのところに人並みに生えてこないってのも、思春期の女の子には悩みだったりするんだよ。下はかろうじてあるけど、腋は全然生えてこないんだよねえ」
「思春期なんてすぐ終わるよ。残りの人生の方がよっぽど長いんだから。わたしなんか脱毛にどれだけお金かけたか」
二人は実の姉妹ではない。キキョウから身を隠すために偽名を使って姉妹としてこの街で暮らしていた。
妹、小田島里美として暮らしているのが実は本物のトップアイドル、中和泉咲桜であり、花絵と名乗っている姉の方は咲桜が所属するアイドルグループのマネージャー、立花絵里子だ。
「これからどうする? どこかへ引っ越した方がいいんじゃ」
妹の言葉に姉は首を振る。
「どこへ行っても、どうせすぐにばれるよ。樋山くんには悪いけど、余所に行けばまた別の人を巻き込んでしまうかもしれないし。もうしばらくここで情勢を見極めよう」
「分かった」
「で、その中和泉咲桜はどうなったの?」
「形状崩壊して蒸発したはず」
「そう」
「でも、
「今さら中和泉咲桜がいなくなったりしたら、それこそ大騒ぎだもの。何回でも甦るよ」
「だね」
「あっちの咲桜の方がおっぱい大きかったんじゃない?」
「うるさい。わたしをコピーしてるんだから、同じに決まってるでしょ」
「でも、時間が経過すれば成長するじゃない。そこまで全く同じってわけでもないんじゃないかな」
里美は黙ってシャワーから冷たい水を出して背後の花絵に浴びせた。
花絵が驚いて飛び上がる。
「きゃあっ! ごめん、冗談だってば」
二人の出会いは、とある芸能事務所で新しく女性アイドルグループを誕生させようというプロジェクトでのことだった。
それまでの仕事を辞めてそのプロジェクトに参加した花絵こと立花絵里子と、オーディションに応募してきた里美こと中和泉咲桜。咲桜は2万を超える応募者の中から最終合格者の5名に選ばれた。
咲桜をキャプテンとして始動したグループはたちまち人気を博し、今でも国民的アイドルグループとして活動を継続している。そう、キャプテンの中和泉咲桜がここに偽名を使って潜伏している現在でも、だ。グループのメンバー5名のうち、咲桜を含む少なくとも3名はキキョウが入れ替わっていると思われる。
姉妹はまた仲良く湯舟に浸かっていた。
「で、お姉ちゃんの方は何か収穫あったの?」
「ううん。残念ながら。でもね、きっと何かあるはず。キキョウがわたしたちに知られたくない秘密が。執拗にわたしたちを追いかけてくるのが、その何よりの証拠だと思う」
「じゃ、とりあえずまだしばらくはここで里美と花絵の姉妹だね」
「そうなるわね」
「お姉ちゃん、名前、間違えないでよね」
「ごめん。気をつける……」
第1章- 終 -