(20) 残念賞受賞者の煩悶
文字数 1,503文字
天文部に限らず、部室棟にある部室はどこも日当たりが悪い。南北に細長い建物の東側に窓があり、通路や出入り口のある西側には体育館が建っている。放課後になる頃にはもう陽は当たらない。朝の内は窓から陽が射すとはいえ、天文部には朝練もないので直接的な恩恵がない。
もちろん照明はあるから暗いなら明かりをつければいいだけのことなのだが、今の樋山にとってはこの暗さがちょうど良かった。
天文部部長の霧田美波。樋山よりも一つ歳上の幼馴染。樋山の初恋の相手。それも高校二年の今までずるずると引き摺って来た初恋だ。
『何年思い続けてようが、終わる時はあっけなく終わるもんなんだなぁ……』
第三者的な目でそんな感想を抱く自分と、何をする気力も湧かない腑抜けた自分。それが共存している状態だったが、樋山にはどちらの自覚も無い。
ただ誰も来ないはずの天文部の部室で、しばらく一人でいたかった。
『そういえばみーちゃんの告白は上手くいったんだろうか』
学校では顔を合わせても必ず周りに誰かがいるので、そんなふうに呼ぶことはまずない。
樋山はキキョウに襲われた数日後、里美に名前だけでも貸せと頼まれて天文部員となっていた。そもそも里美が放課後呼び出した要件はそれだったらしい。美波と久しぶりに面と向かって顔を合わせたときは「樋山くん」と呼ばれ、「霧田さん」と呼んだ。一度二人きりになったことがあって、そのときは自然とまーくんと呼んでくれたし、樋山もみーちゃんと呼んだ。
「まーくん、ありがとう」
「何が?」
「天文部、入ってくれて」
「いや。別にひまだし」
「でも、ありがと」
「みーちゃん、昔から星が好きだったよね」
「憶えてるかな。昔、まーくんの家族と一緒に行ったキャンプ。あのときの星空がすっごい綺麗だったの。あれからだよ。わたしがもっと星空のことを知りたいって思うようになったのは」
そんなタメ口の会話だった。これがもし他の生徒がいる場所でなら、お互いにさん付けくん付けで呼び合い、樋山の方は敬語になってしまう。その程度の使い分けは案外自然とできてしまうものなのだ。
キャンプだけではない。二人は幼い頃から数えきれないほどの思い出を共有してきた。ずっと仲良しだった。けれど、恋心は共通するものではなかったということだ。
『きっと俺は男として見てもらっていなかったんだろうなあ』
実は前々から薄々感じていたことではあった。でもそんな確証のない、そして望まない事実を認めることはできなかった。
『俺の方は失恋したと思っているけど、みーちゃんの方はそんなこと全く知らないわけだし、これからも今まで通り普通に接すればいいんだよなあ』
思うのは簡単だが、実践できるかどうかは未知数だ。
だが、樋山が思う以上に人は——多くの人が、何らかの思いを胸に秘めつつ臆面にも出さずに生きている。悩み一つ無いような顔をして暮らしている人たちだって、誰にも言わない葛藤のようなものを抱えて生きていることは多い。
それでも樋山にとっては初めての失恋でもあり、これから自分の思いや行動がどう変わっていくのか、あるいは変わらないのか。自分でも何も分からない。
そのとき、誰も来ないはずの部室のドアをノックする音が小さく響いた。
鍵など掛かってもいないし居留守を使うつもりなど毛頭なかったけれど、聞き間違いかと思い黙ってドアを見つめる。
すると少し間をおいて、今度は先ほどよりも幾分はっきりと誰かがドアをノックした。
部員ならノックなどしないはずだ。誰だろうと思いつつも、どうぞ開いてますよと声をかけた。
返事はなかったが、誰かがドアノブに手をかけてゆっくりと捻るのが分かった。
もちろん照明はあるから暗いなら明かりをつければいいだけのことなのだが、今の樋山にとってはこの暗さがちょうど良かった。
天文部部長の霧田美波。樋山よりも一つ歳上の幼馴染。樋山の初恋の相手。それも高校二年の今までずるずると引き摺って来た初恋だ。
『何年思い続けてようが、終わる時はあっけなく終わるもんなんだなぁ……』
第三者的な目でそんな感想を抱く自分と、何をする気力も湧かない腑抜けた自分。それが共存している状態だったが、樋山にはどちらの自覚も無い。
ただ誰も来ないはずの天文部の部室で、しばらく一人でいたかった。
『そういえばみーちゃんの告白は上手くいったんだろうか』
学校では顔を合わせても必ず周りに誰かがいるので、そんなふうに呼ぶことはまずない。
樋山はキキョウに襲われた数日後、里美に名前だけでも貸せと頼まれて天文部員となっていた。そもそも里美が放課後呼び出した要件はそれだったらしい。美波と久しぶりに面と向かって顔を合わせたときは「樋山くん」と呼ばれ、「霧田さん」と呼んだ。一度二人きりになったことがあって、そのときは自然とまーくんと呼んでくれたし、樋山もみーちゃんと呼んだ。
「まーくん、ありがとう」
「何が?」
「天文部、入ってくれて」
「いや。別にひまだし」
「でも、ありがと」
「みーちゃん、昔から星が好きだったよね」
「憶えてるかな。昔、まーくんの家族と一緒に行ったキャンプ。あのときの星空がすっごい綺麗だったの。あれからだよ。わたしがもっと星空のことを知りたいって思うようになったのは」
そんなタメ口の会話だった。これがもし他の生徒がいる場所でなら、お互いにさん付けくん付けで呼び合い、樋山の方は敬語になってしまう。その程度の使い分けは案外自然とできてしまうものなのだ。
キャンプだけではない。二人は幼い頃から数えきれないほどの思い出を共有してきた。ずっと仲良しだった。けれど、恋心は共通するものではなかったということだ。
『きっと俺は男として見てもらっていなかったんだろうなあ』
実は前々から薄々感じていたことではあった。でもそんな確証のない、そして望まない事実を認めることはできなかった。
『俺の方は失恋したと思っているけど、みーちゃんの方はそんなこと全く知らないわけだし、これからも今まで通り普通に接すればいいんだよなあ』
思うのは簡単だが、実践できるかどうかは未知数だ。
だが、樋山が思う以上に人は——多くの人が、何らかの思いを胸に秘めつつ臆面にも出さずに生きている。悩み一つ無いような顔をして暮らしている人たちだって、誰にも言わない葛藤のようなものを抱えて生きていることは多い。
それでも樋山にとっては初めての失恋でもあり、これから自分の思いや行動がどう変わっていくのか、あるいは変わらないのか。自分でも何も分からない。
そのとき、誰も来ないはずの部室のドアをノックする音が小さく響いた。
鍵など掛かってもいないし居留守を使うつもりなど毛頭なかったけれど、聞き間違いかと思い黙ってドアを見つめる。
すると少し間をおいて、今度は先ほどよりも幾分はっきりと誰かがドアをノックした。
部員ならノックなどしないはずだ。誰だろうと思いつつも、どうぞ開いてますよと声をかけた。
返事はなかったが、誰かがドアノブに手をかけてゆっくりと捻るのが分かった。