(1) 天文部の攻防1
文字数 1,410文字
部室棟は、横に細長い2階建てのワンルームマンション、あるいはトランクルームのような外観だ。その2階の中ほどにある扉が一つ、半分ほど開いていた。
樋山真武 が恐る恐る覗き込んでみると、入ってすぐのあたりにセーラー服のうしろ姿があった。中は薄暗くて目が慣れなかったものの、髪型や背格好から小田島里美 だと思い、声をかけた。
「小田島?」
無言でゆっくりと振り向いたその顔は、確かに小田島里美だ。いくら暗くてもこれだけ近ければ間違えない。ところが。
「どうしたんだよ?」
そう問いかけたとき、徐々に暗さに慣れ始めた目は、部屋の奥にいるもう一人の小田島里美の姿を捉えていた。
奥にいる方の里美はセーラー服の上から学校指定のコートを着ている。床に膝をついた姿勢で、その腕にもう一人、別の女子生徒を庇うように抱きかかえていた。
「えっ、なんで?」
二人の小田島里美——。
自分の目に映っている光景の情報処理が追いつかない。
戸惑っていると、近くにいる方の里美がこちらを向いたまま右手を上げた。
「逃げてっ」
叫んだのは奥にいる里美だ。
ほぼ同時に、手前の里美が上げたその手を樋山に向かって振り下ろした。
何やら液体のようなものが飛んで来たようだったが、間一髪顔を引っ込めて避けることができた。
『なっ、何なんだよ⁈』
部屋の奥からもう一度「逃げろ」という里美の声が響いた。
その声を無視したわけではなく、樋山の耳には届いていなかった。樋山は壁に背中を当てたまま、とにかく自分が見たものを整理するのに必死だったのだ。
『いったいぜんたい何がどうなってるんだ? 小田島が二人いる。いやいや。そんなことはあり得ないから、片方はよく似た誰かなのだろう。先ほどの態度と着ているコートからして、奥にいた方が小田島だろう。手前にいたそっくりさんは、まさかアイドルの中和泉咲桜 ではないだろうから、多分知らない人だ。いや。そうか。もしかしたら小田島にはよく似た姉妹 がいるのかもしれない』
中和泉咲桜と小田島里美が姉妹という可能性もゼロではないかもしれないが、中和泉咲桜といえば今や知らない者はいないほどの国民的アイドルだ。こんなところにいるはずがない。そうは思いつつ、一方では部室棟 に来る前の里美の言葉が甦る。
——それって、中和泉咲桜じゃなかった?
たしかに彼女はそう言った。あれは、ここに中和泉咲桜がいる可能性を認識していたということなのか。
次に、飛ばされて来た液体のことを考えた。
里美が逃げろと叫んだということは、何か有害な液体ということか。だが、そんなものの知識は乏しく、思いつくものは限られる。
『硫酸とか塩酸とか……何にしても、もしそうだとするなら、奥にいる二人が危ない』
二人——そうだ、中には里美のほかにもう一人いた。
里美が抱きかかえるようにしていた女子生徒。ほんの一瞬だったが、先ほど目にした光景を懸命に頭の中で再現する。その容姿には見覚えがあった。
『あれは……』
ひとつの顔が思い浮かび、扉の上に目をやった。
思ったとおり、そこには「天文部」と書かれた札が取り付けられている。
『やっぱり。ここは天文部の部室だ。ということは、あれはみーちゃんじゃないのか』
みーちゃんこと霧田美波 は、樋山よりも一つ上の先輩で天文部の部長だ。学年こそ違うものの、家が近所で幼い頃から家族ぐるみの付き合いがある。樋山が幼馴染以上の想いを寄せる相手でもあった。
「小田島?」
無言でゆっくりと振り向いたその顔は、確かに小田島里美だ。いくら暗くてもこれだけ近ければ間違えない。ところが。
「どうしたんだよ?」
そう問いかけたとき、徐々に暗さに慣れ始めた目は、部屋の奥にいるもう一人の小田島里美の姿を捉えていた。
奥にいる方の里美はセーラー服の上から学校指定のコートを着ている。床に膝をついた姿勢で、その腕にもう一人、別の女子生徒を庇うように抱きかかえていた。
「えっ、なんで?」
二人の小田島里美——。
自分の目に映っている光景の情報処理が追いつかない。
戸惑っていると、近くにいる方の里美がこちらを向いたまま右手を上げた。
「逃げてっ」
叫んだのは奥にいる里美だ。
ほぼ同時に、手前の里美が上げたその手を樋山に向かって振り下ろした。
何やら液体のようなものが飛んで来たようだったが、間一髪顔を引っ込めて避けることができた。
『なっ、何なんだよ⁈』
部屋の奥からもう一度「逃げろ」という里美の声が響いた。
その声を無視したわけではなく、樋山の耳には届いていなかった。樋山は壁に背中を当てたまま、とにかく自分が見たものを整理するのに必死だったのだ。
『いったいぜんたい何がどうなってるんだ? 小田島が二人いる。いやいや。そんなことはあり得ないから、片方はよく似た誰かなのだろう。先ほどの態度と着ているコートからして、奥にいた方が小田島だろう。手前にいたそっくりさんは、まさかアイドルの
中和泉咲桜と小田島里美が姉妹という可能性もゼロではないかもしれないが、中和泉咲桜といえば今や知らない者はいないほどの国民的アイドルだ。こんなところにいるはずがない。そうは思いつつ、一方では
——それって、中和泉咲桜じゃなかった?
たしかに彼女はそう言った。あれは、ここに中和泉咲桜がいる可能性を認識していたということなのか。
次に、飛ばされて来た液体のことを考えた。
里美が逃げろと叫んだということは、何か有害な液体ということか。だが、そんなものの知識は乏しく、思いつくものは限られる。
『硫酸とか塩酸とか……何にしても、もしそうだとするなら、奥にいる二人が危ない』
二人——そうだ、中には里美のほかにもう一人いた。
里美が抱きかかえるようにしていた女子生徒。ほんの一瞬だったが、先ほど目にした光景を懸命に頭の中で再現する。その容姿には見覚えがあった。
『あれは……』
ひとつの顔が思い浮かび、扉の上に目をやった。
思ったとおり、そこには「天文部」と書かれた札が取り付けられている。
『やっぱり。ここは天文部の部室だ。ということは、あれはみーちゃんじゃないのか』
みーちゃんこと