(15) バレンタインは春
文字数 1,468文字
「バレンタインって春の季語なんだって」
学校近くのバス停で一人考えごとをしながらバスを待っていた森次弥生 は、不意に声を掛けられて我に返った。
見ると、小田島里美 が手袋をした手を思い切りパーに広げて振っている。自分と同じ学校指定のコートに身を包み、顔半分がマフラーに埋もれている。その姿は小動物のように愛らしい。
そのままでは喋りにくいのか、マフラーを少しだけ下げて口元を見せた。それでも愛らしさは減るどころか増すばかりだ。
「暦の上では立春は過ぎてるとはいっても、どう考えても冬の風物詩にしか思えないんだけど」
「そ、そうだね。でも、告白がうまくいけば、春が来るんじゃないかな」
「うまくいけばでしょ。その逆もあり得るわけだし、誰からも貰えなかった男子の気持ちを考えたら厳冬だよ。小島よしおばりにバレンタインなんか関係ねえって自分に言い聞かせている男子の心中を考えたら、こっちまで寒くなっちゃう」
「誰、小島よしおって?」
弥生は里美が少し苦手だった。どうして苦手なのか、具体的な分析は進まなかったけれど、人間関係なんてそんなものだろうと思っている。特に学校という社会の中では好き嫌いではなく、肌が合うとか合わないとかでもなく、それ以前の何となく合いそうとか合わなさそうとか、そんなことで最初の友人関係が作り上げられていくように思えてならない。
加えて最近では里美が樋山真武 と仲良さげにしていることも、彼女に対する警戒心を強めているのだが、弥生自身はそれを自覚することを拒絶していた。
「ごめん。考えごとの邪魔したかな?」
「全然そんなことないよ。ただぼうっとしてただけ」
「そう? どうやって樋山くんにチョコを渡そうかって考えてるのかと思った」
「え、やだ。なんで?」
こんなふうに、特別仲が良いわけでもない相手にいきなり直球で切り込んでくるところが、弥生が里美とは合わないと感じる一因でもあり、また一方では彼女のことを羨ましく思う点でもある。
図星を突かれて焦ってもいたけれど、正確にはどうやって渡そうかではなく、その前段階の渡すべきか渡さざるべきかで悩んでいるのだった。
「もしその気があるなら、渡してあげてくれると天文部の冬が長引かずに済むんだけど。そう思ってバレンタインの話題を振ってみた」
里美は無邪気に小さく笑う。それを見て弥生は内心ちょっとだけむっとした。
「違うよ、違う違う。そんなこと考えてないってば。それに、樋山くんなら小田島さんの方が仲良しなんだから、小田島さんからあげればいいじゃない」
弥生はわざとらしく否定し過ぎたかなと思いつつも、何とか矛先の方向転換を図ろうとした。
「わたしが仲良し? 無い無い。天文部の人数合わせに協力してもらったから、前よりは話す機会が増えたかもだけど、それだってあいつがテニス部の活動停止でヒマそうにしてたからってだけだし。テニス部の中から一番害が無さそうなのを選んだらあいつだったんだよ」
里美と樋山との接点が増えている正確な理由は、天文部がキキョウに襲われたためなのだが、そこに樋山が関わってしまったのは里美が彼を天文部に勧誘したからにほかならない。だから、あながち嘘でもないし間違ってもいない。
「それに」
里美は続きを言おうか言うまいか迷って、弥生の表情をうかがった。
「それに、なに?」
「樋山くんが好きなのは天文部の霧田部長なんじゃないかなって思って」
はっとしたように一瞬だけ目を見開いた弥生は、すぐに視線を落とした。
その表情を見て、やはり彼女もそのことには気づいていたのだと里美は確信した。
学校近くのバス停で一人考えごとをしながらバスを待っていた
見ると、
そのままでは喋りにくいのか、マフラーを少しだけ下げて口元を見せた。それでも愛らしさは減るどころか増すばかりだ。
「暦の上では立春は過ぎてるとはいっても、どう考えても冬の風物詩にしか思えないんだけど」
「そ、そうだね。でも、告白がうまくいけば、春が来るんじゃないかな」
「うまくいけばでしょ。その逆もあり得るわけだし、誰からも貰えなかった男子の気持ちを考えたら厳冬だよ。小島よしおばりにバレンタインなんか関係ねえって自分に言い聞かせている男子の心中を考えたら、こっちまで寒くなっちゃう」
「誰、小島よしおって?」
弥生は里美が少し苦手だった。どうして苦手なのか、具体的な分析は進まなかったけれど、人間関係なんてそんなものだろうと思っている。特に学校という社会の中では好き嫌いではなく、肌が合うとか合わないとかでもなく、それ以前の何となく合いそうとか合わなさそうとか、そんなことで最初の友人関係が作り上げられていくように思えてならない。
加えて最近では里美が
「ごめん。考えごとの邪魔したかな?」
「全然そんなことないよ。ただぼうっとしてただけ」
「そう? どうやって樋山くんにチョコを渡そうかって考えてるのかと思った」
「え、やだ。なんで?」
こんなふうに、特別仲が良いわけでもない相手にいきなり直球で切り込んでくるところが、弥生が里美とは合わないと感じる一因でもあり、また一方では彼女のことを羨ましく思う点でもある。
図星を突かれて焦ってもいたけれど、正確にはどうやって渡そうかではなく、その前段階の渡すべきか渡さざるべきかで悩んでいるのだった。
「もしその気があるなら、渡してあげてくれると天文部の冬が長引かずに済むんだけど。そう思ってバレンタインの話題を振ってみた」
里美は無邪気に小さく笑う。それを見て弥生は内心ちょっとだけむっとした。
「違うよ、違う違う。そんなこと考えてないってば。それに、樋山くんなら小田島さんの方が仲良しなんだから、小田島さんからあげればいいじゃない」
弥生はわざとらしく否定し過ぎたかなと思いつつも、何とか矛先の方向転換を図ろうとした。
「わたしが仲良し? 無い無い。天文部の人数合わせに協力してもらったから、前よりは話す機会が増えたかもだけど、それだってあいつがテニス部の活動停止でヒマそうにしてたからってだけだし。テニス部の中から一番害が無さそうなのを選んだらあいつだったんだよ」
里美と樋山との接点が増えている正確な理由は、天文部がキキョウに襲われたためなのだが、そこに樋山が関わってしまったのは里美が彼を天文部に勧誘したからにほかならない。だから、あながち嘘でもないし間違ってもいない。
「それに」
里美は続きを言おうか言うまいか迷って、弥生の表情をうかがった。
「それに、なに?」
「樋山くんが好きなのは天文部の霧田部長なんじゃないかなって思って」
はっとしたように一瞬だけ目を見開いた弥生は、すぐに視線を落とした。
その表情を見て、やはり彼女もそのことには気づいていたのだと里美は確信した。