(2) 天文部の攻防2
文字数 1,682文字
樋山が廊下であれこれと思考を巡らせている間も、天文部の部室の中では小田島里美と中和泉咲桜、瓜二つの美少女二人の攻防が続いていた。
樋山が意図せずとはいえ咲桜の気を逸らしてくれた隙に、里美は机の陰に逃げ込んでいた。それでも徐々に追い詰められているのは確かだ。意識を失っている霧田美波を守りながらでは、どうしても防戦一方になってしまう。
「部長っ、部長!」
そう呼びながら頬に手を当てて軽く叩くようにすると、美波の瞼が少し動いた、
「部長、起きてください、部長」
美波はゆっくりと目を開くが、明らかに事態が理解できていない。
「部長、わたしです。小田島です。大丈夫ですか⁈」
だが、里美の顔を認識したはずの美波は怯えたように抵抗を見せた。
「な、なに? え? なんなの、あっ、あなた! いや、離してっ!」
美波は里美の顔を見て、離れようともがき始めた。
「落ち着いてください、部長。小田島です」
「え? え? でも、さっき、」
未だ状況が呑み込めず戸惑う美波に手短に説明をする。
「向こうにいるのが、その、あんまり言いたくはないですけど、いわゆる中和泉 咲桜です」
「え、中和泉って、」
美波が不用意に顔を出そうとした。咲桜がすかさず腕を振って液体を飛ばしたので、慌てて身体を引き寄せて避けさせた。
「なにっ、今の?」
美波は目を見開き、飛んで来た液体が飛び散った壁を見た。
それはただ壁を濡らしたわけではない。いくつかに別れて壁に飛び散っていた液体らしきものは、アメーバのようにもぞもぞと動き出したかと思うと、やがて一箇所に集まって一つの塊になった。
「え、え、え、なにっ? なんなのっ?」
里美は取り乱す美波を背後に押しやり、その液体の塊に勢いよく指先を向けた。すると、その先端からも同じような液体が飛び出し、壁に付着していた液体を覆うようにして広がった。
「えっ、なに? あなたもなのっ? なんなのよっ?」
美波は里美からも距離を取ろうと後退 りしようとしたものの、すぐに壁に背中が当たってしまい、それ以上は下がれなかった。
「説明はあとです」
壁の液体はしばらくの間、まるでもがき苦しんでいるかのように不規則に形を変えていたが、徐々に動きが小さくなって、やがて全く動かなくなった。
「あいつの攻撃はわたしには効きません。今危ないのは部長です」
「え、どういうこと?」
「説明はあとですって。とにかく隠れててください」
だが、美波は黙っていることができないようだった。
「でも、あれって、あの人って、いったいなんなの?」
少しうんざりしながらも、相手の様子をうかがいながら同じ説明を繰り返す。
「さっきも言いましたけど、あれは中和泉咲桜です。アイドルの中和泉咲桜、知ってますよね?」
この間に、里美も気づいてはいなかったが、咲桜の方は密かに次の手を打っていた。
時々先ほどと同じように不気味な液体を飛ばしては注意を引き付けながら、一方で液体をそっと床に這わせたのだ。それは音もたてず、やはりアメーバを思わせる動きでゆっくりと床を這い、少しずつ二人の方に近づいていた。
「中和泉咲桜って、あのアイドルの?」
「そう言いましたよね?」
「どうして、そんな人がこんなところにいるの? 何してるの? 何飛ばしてるのよ、あの人」
「さあ、そのへんは本人に聞いてみて欲しいところですけど。はっきり言って、あいつ人間じゃないんで」
「えっ、えっ? 何? どういうこと?」
美波が気を失っていた原因については里美にも察しがついていた。信じられないような光景を目の当たりにして過大なショックを受けたのだろう。おそらくは部室のドアと床の隙間から滲 み入るように入ってきた液体が、みるみるうちに盛り上がって人の形を成し、中和泉咲桜の姿になった——まあそんなところだろうと。それを見ていれば人間でないことくらい分かりそうなものだが、人はそんな不可解な事実を簡単には受け入れられないのだろう。
「さすがに今は説明する余裕がありません」
そのとき、二人の死角から床を這うようにして進んで来た液体が、美波めがけて飛び跳ねた。
「しまった!」
樋山が意図せずとはいえ咲桜の気を逸らしてくれた隙に、里美は机の陰に逃げ込んでいた。それでも徐々に追い詰められているのは確かだ。意識を失っている霧田美波を守りながらでは、どうしても防戦一方になってしまう。
「部長っ、部長!」
そう呼びながら頬に手を当てて軽く叩くようにすると、美波の瞼が少し動いた、
「部長、起きてください、部長」
美波はゆっくりと目を開くが、明らかに事態が理解できていない。
「部長、わたしです。小田島です。大丈夫ですか⁈」
だが、里美の顔を認識したはずの美波は怯えたように抵抗を見せた。
「な、なに? え? なんなの、あっ、あなた! いや、離してっ!」
美波は里美の顔を見て、離れようともがき始めた。
「落ち着いてください、部長。小田島です」
「え? え? でも、さっき、」
未だ状況が呑み込めず戸惑う美波に手短に説明をする。
「向こうにいるのが、その、あんまり言いたくはないですけど、いわゆる
「え、中和泉って、」
美波が不用意に顔を出そうとした。咲桜がすかさず腕を振って液体を飛ばしたので、慌てて身体を引き寄せて避けさせた。
「なにっ、今の?」
美波は目を見開き、飛んで来た液体が飛び散った壁を見た。
それはただ壁を濡らしたわけではない。いくつかに別れて壁に飛び散っていた液体らしきものは、アメーバのようにもぞもぞと動き出したかと思うと、やがて一箇所に集まって一つの塊になった。
「え、え、え、なにっ? なんなのっ?」
里美は取り乱す美波を背後に押しやり、その液体の塊に勢いよく指先を向けた。すると、その先端からも同じような液体が飛び出し、壁に付着していた液体を覆うようにして広がった。
「えっ、なに? あなたもなのっ? なんなのよっ?」
美波は里美からも距離を取ろうと
「説明はあとです」
壁の液体はしばらくの間、まるでもがき苦しんでいるかのように不規則に形を変えていたが、徐々に動きが小さくなって、やがて全く動かなくなった。
「あいつの攻撃はわたしには効きません。今危ないのは部長です」
「え、どういうこと?」
「説明はあとですって。とにかく隠れててください」
だが、美波は黙っていることができないようだった。
「でも、あれって、あの人って、いったいなんなの?」
少しうんざりしながらも、相手の様子をうかがいながら同じ説明を繰り返す。
「さっきも言いましたけど、あれは中和泉咲桜です。アイドルの中和泉咲桜、知ってますよね?」
この間に、里美も気づいてはいなかったが、咲桜の方は密かに次の手を打っていた。
時々先ほどと同じように不気味な液体を飛ばしては注意を引き付けながら、一方で液体をそっと床に這わせたのだ。それは音もたてず、やはりアメーバを思わせる動きでゆっくりと床を這い、少しずつ二人の方に近づいていた。
「中和泉咲桜って、あのアイドルの?」
「そう言いましたよね?」
「どうして、そんな人がこんなところにいるの? 何してるの? 何飛ばしてるのよ、あの人」
「さあ、そのへんは本人に聞いてみて欲しいところですけど。はっきり言って、あいつ人間じゃないんで」
「えっ、えっ? 何? どういうこと?」
美波が気を失っていた原因については里美にも察しがついていた。信じられないような光景を目の当たりにして過大なショックを受けたのだろう。おそらくは部室のドアと床の隙間から
「さすがに今は説明する余裕がありません」
そのとき、二人の死角から床を這うようにして進んで来た液体が、美波めがけて飛び跳ねた。
「しまった!」