第16話 ハンター・サポート・プログラム

文字数 1,259文字

『イヌイット 「極北の狩猟民」のいま』岸上伸啓(きしがみ・のぶひろ)著、中公新書では、このようなイヌイットの経済的問題を救うために、カナダ政府が行った対策を紹介している。

1975年にケベック州北方地域に住む先住民族クリーとイヌイットは、カナダではじめての土地権に関する総合諸権益問題処理協定である「ジェームズ湾および北ケベック協定」に調印した。彼らは、自らの社会を「狩猟・漁労・罠猟社会」とし、協定の中に狩猟・漁労・罠猟活動を維持、促進させ、カントリー・フードを確保するためのプログラム創出と運用を盛り込ませた。1982年にはケベック州議会が第83法案を可決し、「ハンター・サポート・プログラム」が創設された。

ハンター・サポート・プログラムとは、国家の制度を利用して、先住民の生業活動や食料源を維持、確保する制度である。プログラムの資金は、ヌナヴィク地域全体を管理するための資金と各村への資金に分かれる。後者は、一度村に配分されると、規則に抵触しない限り、運用は村に任される。アクリヴィク村では、このプログラムの資金を利用して村用の大型ボートや大型冷凍倉庫を購入した。

また、その資金で、村のハンターをシロイルカ猟やセイウチ猟に派遣し、村人に無料で獲物を配布している。食料が欠乏することが多くなる冬季には、村はハンターからホッキョクイワナやアザラシの肉、カリブーの肉を購入し、老人世帯に配布したり、食料を必要とする村人に無料で提供したりする。残った肉や魚は、村の大型冷凍倉庫に備蓄される。

同資金を利用して、村の古老を雇い、若者に狩猟の講習会や毛皮服や防寒具の製作を教える講習会も実施されている。これら以外にも、漁網や通信機器などの狩猟道具やソリを作るための木材などを村が購入し、ハンターに半額で販売したりもする。このプログラムの資金だけでは、一年分の食料を村人に提供することはできないが、個人のハンターでは捕獲することが難しいシロイルカやセイウチを手に入れたり、困った時には村の冷凍倉庫に備蓄されている食料をもらうことができるので、資金は村人の狩猟活動や生活に貢献しているといえる。

さらに、ヌナヴィク地域を代表する政治・経済団体であるマキヴィクは、1999年頃から、投資であげた利益を利用して「アザラシ毛皮プロジェクト」を開始した。このプロジェクトは、村の担当者がハンターからアザラシの毛皮を購入し、村人に半額で売る。ハンターは現金収入を得ることができ、村人は安価な毛皮が入手できる。買った毛皮で村人が作った手袋や防寒具を、今度はハンターが購入し、利用する。手袋や防寒具を作る技術の維持という点でも意味のあるプロジェクトだ。


Makiviik社のホームページ。赤丸で囲った部分はイヌイット語。

現在のイヌイットは、国家システムそして世界資本主義経済システムの中で生活を営んでいる。アクリヴィク村では既存の制度や「ハンター・サポート・プログラム」や「アザラシ毛皮プロジェクト」を利用し、したたかにかつ積極的に生活を営んでいる。





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登場人物紹介

スヴェン・イルマリネン。フィンランド・オストロボスニア生まれ。24歳で帝政ロシア軍中尉。3年間の流刑の後、27歳で言語学者ネストリ・ミクライネンの助手としてシベリアならびにアラスカ、カナダ、グリーンランドのエスキモー語の調査を行う。名狙撃手。

ネストリ・ミクライネン。フィンランド、サイマー湖畔出身の言語学者。大帝エカテリーナ(二世)の腹心、ダーシュコヴァ夫人に頼んで、スヴェン・イルマリネンを言語学フィールドワークの助手にしてもらう。年齢不詳。中年。おそらく40代。ヴァイオリンが得意。

エカテリーナ大帝(二世)。フランス革命後はロシアの自由を制限したが、農奴を自由にする法律を作った以外は、文化芸術に造詣が深い賢帝。例えば、自分の身体でワクチンを試しもした。ダーシュコヴァ夫人に、スヴェン・イルマリネンの恩赦を許した。

ダーシュコヴァ夫人。ロシアアカデミー総裁。ネストリ・ミクライネンの求めに応じて、スヴェン・イルマリネンを助手にするため、エカテリーナ大帝にスヴェンの恩赦を願い出て受け入れられる。醜女と言われているが、エカテリーナ大帝のクーデターに協力し、長く信頼関係にあった(が晩年は別れた)。

セレブロ(銀)。土星のイヌイット群衛星(本当にそういう衛星が土星にあるのです、仰天しました!)から時空を超えて地球の帝政ロシアに飛来した巨人族。女性科学者。ダーシュコヴァ夫人から依頼されて、ネストリとスヴェンのシベリア言語調査を支援する。その理由は故郷のイヌイット衛星群の名にあった。

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