第14話 マーク・アクリヴィクの話
文字数 1,401文字
(Googleマップ、カナダ、ケベック州、ヌナヴィク地区。左の赤い点で囲まれた「NU」の部分。ヌナブトというのは英語やフランス語の表記。)
(Wikipedia Creative Commonsより、ヌナヴィクの村の地図)
カナダ、ケベック州、ヌナヴィク地区のアクリヴィク村に住むマーク・アクリヴィクは14歳の少年で、先日父と一緒に初めて漁に出て、アザラシを仕留めた。
マークは、フィンランド人のネストリ・ミクライネンとスヴェン・イルマリネンにそのことを自分のアパートで語ってくれた。
「父に習いながら、銛でアザラシを仕留めたとき、はっきりと手ごたえがあったんです」
マークはまだ興奮がさめない様子で語ってくれた。
「それから父と一緒にボートにアザラシを引き上げて、陸に戻って海岸で、やはり父に教わって、ナイフでアザラシを解体したとき、その温かい血が身体に伝わってきました。生き物の命を頂くというのは、こういうことだと。それから村のみんなが僕の初漁を祝ってくれて、やはり父に言われて、そのアザラシを村のみんなで食べました。もちろん、父と僕も一口食べました」
「ところがそのことをSNSに書いたら、僕の村を見たこともない人たちから一斉に非難されたんです」
マークはダイニングテーブルに座り、自分のブーツを見ながら言った。
「僕らの村には、カナダの新しいものも入ってきています。インターネットもそうです。でも、父と僕の家族は、海で魚を捕ったり、アザラシを捕ったりして生きています。僕の村はヌナヴィク地区にあり、ここではイヌイットがこの土地のアザラシや魚を捕れるように、自治運動が行われている最中です。でも、インターネットの先にいる南の国の人たちから僕らの生活は理解されていません」
スヴェン・イルマリネンも、元はオストロボスニアで猟をして暮らしていた。だからマークの気持ちが分かった。マークにとってアザラシ猟はリクレーションではなく、生きていくための手段なのだ。スヴェンはだが口を挟むことなく、黙ってじっとマークの話を聞いていた。
「カナダエスキモーの連中は愛らしいアザラシやその他の海獣を殺して暮らす野蛮な民族だとか、私はカナダのアザラシを保護する動物保護団体に寄付しています。棍棒でアザラシを叩き殺したり、銛で突いたりする野蛮な活動をすぐ止めてください、とかいうコメントがたくさんつきました」
「誰も僕たちの生活のことは考えませんでした。ヨーロッパやアメリカ合衆国の人だって、生きるために牛や豚を殺して食べています。特に赤ちゃんアザラシは可愛いから、動物保護団体のイベントが行われると、白い小さな赤ちゃんアザラシのぬいぐるみがみんなに配られます。そして、彼らはアザラシのぬいぐるみやTシャツをたくさん作って、実際儲けているのです。そのおかげで猟は禁止されたり、制限されたりしています。彼らはアザラシが絶滅に瀕した動物だと言っていますが、イヌイットは昔からアザラシが絶滅するような猟の仕方はしません。それは自分で自分の首を絞めるようなものだからです」
「今は電気が来たし、カナダ風のジャケットもあるけれど、昔はアザラシの脂で灯りをとったし、アザラシの毛皮で服やブーツも作ったそうです。残念ながら僕はそれらの伝統的な生活を全部は知りませんが、ヌナヴィク地区の自治活動を通じて、イヌイット語や文化の継承に力をつくしたいと思っています」