第9話 ユピックエスキモーに会う

文字数 925文字



スヴェン・イルマリネンは全地形万能車(ヴェズジェホート)を運転し、地続きになったベーリング海峡を渡り、アメリカ合衆国のアラスカに入った。ネストリ・ミクライネンが前から付き合いがあり、今回の再訪を約していたユピックエスキモーの村は、上記の地図のYUP’IKと書かれたオレンジ色の場所の真ん中あたりにある。

冬になればこの南西アラスカの地域は、零下40~50℃に下がることも珍しくないが、まだ短い「秋口」なので、分厚いフード付きのアノラック(アノラックはエスキモー語である)と、アンダーパンツの上のオーバーパンツでなんとか凌げている。

凍土帯(ツンドラ)には植物は乏しく、モミやトウヒなどの樹木がわずかに散在する程度だ。短い夏の間にい表面が溶けて、コケや地衣類が生える。地下の凍土だけが一年中凍結していて、永久凍土と呼ばれる。

セレブロは時間を曲げてフィンランド人たちをアラスカに行かせたので、ネストリ・ミクライネンの知っていた老人はおらず、辛うじて顔を知っていた少年が大人になっていた。

「大問題があるんだ」
男性はネストリに言った。
「地球温暖化で永久凍土が溶けてきて、洪水のおそれがある。数少ない集落の家は、地盤沈下で倒壊するかも知れない。だから私たちはもっと安全な場所に村ごと移住する予定だ」
と教えてくれた。

言語調査に来たのにそのうち引っ越してしまうだなんて、フィンランド人たちは面食らったが、まだ今日明日の話じゃないからと、青年は二人を自分の住居に招いた。プレハブみたいに見える住居には、ガスや水道、電気など最低限のインフラが揃っていた。
驚いたことにテレビもあった。

「いま、子供たちは学校に行っているが、ユピックエスキモー語は少ししか習わない。ここから移動したら、さらに英語化が進むだろう」
ストーブを点け、ネストリとスヴェンにホーローのカップで温かいコーヒーを出しながら、青年は言った。
「子供たちが海獣を獲って暮らす生活をしなければ、彼らは別の方法で生きていかなければならない。そのために英語は重要だ…子供たちは英語のテレビに釘付けで、私たちとユピックエスキモー語で話すことはどんどん少なくなっている。凄いよね、テレビの力は」
まだ漁師の暮らしをしているその人は、深いため息をついて言った。
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登場人物紹介

スヴェン・イルマリネン。フィンランド・オストロボスニア生まれ。24歳で帝政ロシア軍中尉。3年間の流刑の後、27歳で言語学者ネストリ・ミクライネンの助手としてシベリアならびにアラスカ、カナダ、グリーンランドのエスキモー語の調査を行う。名狙撃手。

ネストリ・ミクライネン。フィンランド、サイマー湖畔出身の言語学者。大帝エカテリーナ(二世)の腹心、ダーシュコヴァ夫人に頼んで、スヴェン・イルマリネンを言語学フィールドワークの助手にしてもらう。年齢不詳。中年。おそらく40代。ヴァイオリンが得意。

エカテリーナ大帝(二世)。フランス革命後はロシアの自由を制限したが、農奴を自由にする法律を作った以外は、文化芸術に造詣が深い賢帝。例えば、自分の身体でワクチンを試しもした。ダーシュコヴァ夫人に、スヴェン・イルマリネンの恩赦を許した。

ダーシュコヴァ夫人。ロシアアカデミー総裁。ネストリ・ミクライネンの求めに応じて、スヴェン・イルマリネンを助手にするため、エカテリーナ大帝にスヴェンの恩赦を願い出て受け入れられる。醜女と言われているが、エカテリーナ大帝のクーデターに協力し、長く信頼関係にあった(が晩年は別れた)。

セレブロ(銀)。土星のイヌイット群衛星(本当にそういう衛星が土星にあるのです、仰天しました!)から時空を超えて地球の帝政ロシアに飛来した巨人族。女性科学者。ダーシュコヴァ夫人から依頼されて、ネストリとスヴェンのシベリア言語調査を支援する。その理由は故郷のイヌイット衛星群の名にあった。

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